第24話 鞍馬
翌日も、2枚の札を貼られて、僕は寮を出ることになった。
さすがに優秀ということで、僕のパートナーに選ばれただけのことはあるのだろう、2枚の札は腹が立つほどに有効で、しかも帰宅してから、ゼンの呪文できれいにはがれた。今日の札は昨日の使い回し。そう、何も起こらなきゃ、2日使い回しても大丈夫って自信があるんだろう。だからって、付けるときに思いっきり叩くのはやめて欲しいが。
相変わらず、京の町は、無駄に低級な霊というかあやかしが跋扈している。
本当はズバっと消せれば空気も変わるし、見た目も良いんだが、と思っていると、ノリはめざとく察知して、僕の頭をエルボーでグリグリしてくる。僕は、その腕を払いのけながら、極力あやかしと目を合わさないように、駅へと急いだ。
鞍馬と貴船。
両方とも、京の奥座敷としてそこそこメジャーだと思う。
実はこの両者は山で続いていて、普通に簡単なハイキングコースだ。一般の人でも2時間ぐらい。4キロほどの道のりだ。
だから、僕たちの目指すこの辺りの有力な一族ってのも、勢力圏が主にこの山だってだけの話。広い土地ってわけじゃない。だけど、この辺りは普通の人だって開運だのパワースポットだの言って訪れるような土地。山自体が大きな霊場といってもいい。鞍馬寺や貴船神社を中心にいくつかの寺社仏閣なんかも点在する。そして、この土地は、天狗と呼ばれる一族、そう鞍馬天狗が、その守護を担っているんだ。
天狗の面、は見たことがあるだろうか。
赤くていかつい顔。長い鼻。
彼らの格好といえば修検道といったところか。
牛若丸が鞍馬で天狗に鍛えられた、なんて逸話も聞いたことがあるかもしれない。
これは事実で、鞍馬の寺には彼らの集落がある。実際には誰でもが入れるいわゆる鞍馬寺よりもさらに奥、本当の鞍馬寺とも言うべき場所が、牛若丸が暮らした地。そして、僕らの今回の目的地。当然、牛若丸は当時、霊能者としても凄腕だったらしい。少なくとも鞍馬の歴史書ではそうなっている。
彼ら、鞍馬の人々は元をたどれば、アメリカに渡り原住民とか、ネイティブアメリカン、インディアン、そんな風に呼称された人々とDNA的に近いことが分かっている。太古、太平洋に大陸があり、そこが沈んだため、各地に逃げ出した、そんな人々の生き残りではないか、などと言われているが、真実は分からない。
少なくとも、日本に多くいた、弥生系だの縄文系だのという人種とは異なる人種を発祥としており、赤っぽい肌とくっきりした目鼻立ちが特徴の、明らかに異質な容貌として、昔は怖れられていたらしい。
各地に残る鬼伝説の一部は、彼らと同様、人種の違う人々を怖れ追いやった結果、でもある。実際に僕も見たことのあるあの鬼と、彼らの風貌を混同して、鬼として伝えられた物語も多い
彼らは、人間であって、魔物ではない。
だが、異能を持つ集団でもあった。
その異能は怖れられつつも、多くの人々を魅了した。
力を欲する権力者と持ちつ持たれつしながら、影から表から歴史を司ってきた。
牛若丸もその一例。
政権争いに敗れた子供だったが、鞍馬はその霊能力を惜しく思い、力を授けたと言われる。弁慶との五条大橋での逸話は、あれはあくまで逸話であって、牛若丸を鍛えた鞍馬の霊能者が弁慶として知られる人物だったようだ。五条大橋は、牛若丸が初めて霊能者として仕事をした場所。あのあたりはそもそもがあやかしが多く、幾内の有力な家系から、初めての討伐を行う場所として、今でも重宝がられている。
そこでの話を、師であり後の部下でもある弁慶との出会いとして面白おかしく脚色した、というのが真実なんだろう。
いずれにせよ、今、僕らがいるのは、そんな鞍馬の集落。
ずっと公家と共に日本を支えてきたとプライドが高い、霊能者集団。
僕も何度かここを訪れている。
目の前にいる今の頭目は、僕を懐かしそうに見ているから、きっとそのうちのどこかで会ったんだろう。
「それにしても、面白い組み合わせだね。」
頭目は、そのいかつい風貌から考えられないような高めの声で、おだやかに言った。
「さとりに、
高野、とは密教のことだ。高野山に密教の大きな宗派があるためそう呼ばれることも多い。
しかし、僕を名前で呼ぶとすると、本当に昔、面識があったようだ。全然思い出せないが。
「お初にお目にかかります。設楽憲央と申します。今回、京にてしばらく活動をさせていただくことになりました。何分若輩者故、至らぬ所もございましょうが、諸々お目こぼしいただきつつ、ご協力の程、お願い申し上げます。」
きれいな姿勢で、お辞儀をするノリ。
「同じく、海里善と申します。此度、設楽と共に、ザ・チャイルドのパートナーを任ぜられました。お目汚しの際は、平にご容赦の程を。」
同じく、きれいにお辞儀をする。
いや、僕、そんなの知らないからね。
どうせ僕のことを知ってるんだろ。飛鳥って言ってるし。
僕は、軽く会釈をした。
と、左右から二人が強引に頭を下げさせてくる。ゴチン、と、額が床に当たって目から火花が出たじゃないか。
「クックッ、飛鳥は変わらないなぁ。外見もだけど、そのふてぶてしさもそのままだ。いいよ君たち。飛鳥が真面目な挨拶なんてできないのは分かってるから。あんまり飛鳥をいじめると嫌われて口をきいてもらえなくなるから、気をつけるんだよ。いくら命を預けた仲でも、任務終了で簡単に記憶から消去されたくなけりゃ、ちょっとは優しく接した方がお得だよ。これは先輩からの忠告。だろ?飛鳥。私のことは記憶にないんじゃないかい?」
顔を上げた僕は、スーッと目をそらせた。
たまにこういう輩が現れる。自分は僕のことをよく知ってるんだぞ、と、アピールする輩が。
「確か倉間様は、飛鳥とは20年ぶりぐらいかと。」
「ほぉ、よく知ってるね。」
「飛鳥も覚えていないのではなく、立派になられた御頭目に気づかなかっただけかと。」
「ハハハ、フォローありがとう。そりゃ20年も経つと、青年もじじいになるか。こっちは若い気でいても、ダメだね。」
「いえ、そういう意味では。」
「まぁ、いいさ。飛鳥の顔を見れば分かる。覚えてないんだろう。一応この傷は、君を救った時の名誉の負傷なんだけどね。ハハハ。」
そう言うと、左腕を見せる。うっすらと、牙のような跡が残っていた。
だとすると、ああ、あのときか。貴船のやつに無茶やらされたときだ。でっかい6つ目の霊獣だった。そうか、あのとき僕の前に飛び出した奴か。正直不要だったんだ。むしろ邪魔だった。あのときは蓮華がいたから、あの程度の牙なら噛ませて、剣で祓えたんだ。そっか。あいつか・・・・
僕の心でも読んだんだろう、ノリが笑いをこらえようと、息を止めているのが分かる。ざまぁみろ。勝手に人の心を覗くからそんな風に目の前の偉そうなオヤジの馬鹿さを突き付けられるんだ。
僕とノリが視線でそんな攻防をしているのを気にしつつ、ゼンが素早い退散に頭を巡らせたんだろう。早々だがなどと、言いつつ、ややこしい言い回しでいとまを告げている。
まぁ、とりあえずの義理は果たせた。
頭目の方も、なんなとなく満足げだ。
二人のような、エライ家から着任の挨拶をされるのは気分が良いのだろう。
僕らは、頭目にわざわざ玄関まで送られて、早速帰ろうとした。
「そうだ飛鳥。君たちが潜り込む頂法寺学園だがね、中等部の3年生に娘の葵がいてね、なんでも生徒会で書記だかをやっている。何か困ったことがあったら娘に相談するがいい。役に立つと思うよ。」
最後に爆弾をぶち込まれた。
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