第23話 市内散策

 翌朝、貴船に行くために、3人で寮を出発する。


 京都は何度も来たことがあるが、朝の段階でこれほどひどいのは初めてだ。

 基本的にあやかしは朝の太陽を嫌うものが多い。

 黄昏時=誰そ彼は?と聞かずば人の顔を確認できない夕暮れ時、もしくは丑三つ時=午前2時頃の深夜時、この時間がなぜか彼らの活発になる時間とされている。

 

 この世界は、別に人間が目に見えるもののみが住んでいるワケじゃない。光だって紫外線、赤外線といった目に見えない波長があるし、耳だって可聴域にある波動しか聞き取れない。聞き取れる領域が年齢によっても違うのは、モスキートーンの話なんかでも分かること。

 人間はすべてを見たりすべてを聞いたりすることはできないし、これには大きな個人差がある。そして第6感ともいうべき、人の持つセンサー。これこそが特に個人差がある、といえるかもしれない。


 人は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、といった5感を持つと言われている。そしてそれにプラスして直感ともいうべき第6感。これらを駆使して世界を認識する。

 けど、これに個人差があるのは知られるところだし、霊能者は第6感が優れている、というもよく言われるところ。

 そう霊能者の第6感がすぐれている、というのは誤解だ。

 すべて、もしくは5感のいずれか、が人より感知に秀でている、それが霊能者といえる。


 そう、今、僕の、そして僕の両隣にいる2人の目には、通常人には見えないものが見えている。


 あやかし、とか、雑霊とか、化け物とか、呼称はなんでもいい。多くの目に見えぬモノが、道を歩いている人に絡みつき、引っ張りうざ絡みしているのが見えているんだ。と、同時に、可聴域を超えた波長で、人にささやくざわめき。時折、ちょっと強い奴らだろうか、頭らしきものを人間の体内にツッコんで、、という奴もいる。彼らの多くは、人の霊力を食うんだ。


 中には、不快を感じて、肩を払う人。体調が悪くてだるさを感じている人もいそうだ。

 大半は、道から生えているあやかしの影を気づかず踏みつけ、前に飛び出したヤツらの体を、それと知らずに通り抜け、何一つ変わらない朝の道程を繰り返しているのだろう。


 僕は、建物から一歩出るなり、そのむさ苦しく不快な光景を見てうんざりし、防御替わりに自分を中心として3メートル程度の範囲で強めの霊力を展開した。

 彼らは霊力を食うが、自分よりも強い霊力には存在を保てず消滅してしまう。僕は防御は苦手だけど、攻撃は最大の防御。今見えてるような雑霊レベルなら、これでほぼ防御、というか消滅させられる。本当は無視して普通の人と同じように歩ければ良いんだけど、見えててヤツらに当たったり踏んだりするのは、やっぱり気持ち悪い。それに、ヤツらは自分が見えていると分かったらアピールがすごくて近づいてくる。認識されることが力になることを知っているからだ。しかも霊力というのは視線にも言葉にも息にだって含まれるもんだ。これは一般人だって同じで、単に質や量に差があるだけ。ほら、目の前でも、体に頭ツッコまれてむしゃむしゃと霊力を食われている女子高生が貧血だ、なんて、友達に騒いでいる。


 問題は、僕の視線や息、言葉に含まれる霊力や、皮膚からもにじみ出るそれらは、とってもごちそうに写るらしいということだ。見えるからついつい視線を運んでしまう。息が上がってしまう。それを見るとごちそうじゃないか、そう思ったヤツらは僕へと一直線だ。そんな未来が見えるからこその防御。近寄らせない、それに尽きる。


 なのに・・・


 ゴン!


 僕が力場を形成して、一歩踏み出そうとしたその瞬間、頭に手刀が打ち据えられた。身長差もあって、しかも容赦の無いその痛みに僕は頭を押さえて思わずしゃがみ込む。


 「まったく、何考えてるんだか。」

 そんな僕を見下ろして、腕を組んでそういうのは、ノリだ。

 が、僕に手刀をたたき込んだ人物、ゼンは刀の形にしていた手をそのまま自分の目に当てて、やれやれ、とつぶやいている。

 解せない。

 「とりあえず、戻ろう。」

 「だね。」

 ゼンが言って、ノリが答える。

 なんだよ!

 僕はそんな風に思って二人をしゃがんだまま睨み付けていたけど、どこ吹く風。ゼンがでっかい手を伸ばしてきて、僕の頭を掴むとグン、と引っ張り上げた。

 最近、こいつの中でこれがはやりのようだ。

 下手すりゃ、このまま足が浮くぐらい持ち上げられる。

 身長差と、腕力にまかせたパフォーマンスかもしれないけど、自分の体重がこめかみに全部かかるから、無茶苦茶痛い。しかも動いた方が痛いから、おとなしく引きずられるようについていくしかない。ガキがつまらんことだけは覚える。

 「先輩だから。」

 「へ?」

 「ここじゃ俺は高2、飛鳥は中2。ガキがとか思ってるかもしれんが、俺が年齢も上だから。」

 こいつまで心を読むのかよ。そりゃ触れてれば読める奴は腐るほどいるけどさ。

 「俺は、こうすれば心が読めんことはないが、今は読んでないぞ。」

 「え?」

 「飛鳥の顔を見てれば考えてそうなことは分かる。」

 「まじかよ。」

 「だからわかりやすすぎると言ってる。よくそれでやってこれたな、と思うぞ。」

 そんなところで部屋へ戻ってきた。投げ出すように放り投げられた僕を見て、すでにダイニングテーブルに設置された椅子に座っていたノリが大げさにため息をつく。


 「あのさぁ、飛鳥。いったいどういうつもり?」

 「なにが?」

 「まじか・・・」

 ノリは天を仰ぐ。

 だからなんだってんだ。


 「なぁ、飛鳥はいつもああって町を歩くのか?」

 「ああやって?」

 「粗霊を無差別に消しまくって。」

 「え、・・・まぁ、いつもじゃないけど・・・だって、あれじゃ歩けないじゃん。」

 「あんなもん無視すりゃ良いだろ。害はないし。」

 「害はあるだろ。見えてんのに踏んだりとかすり抜けたりとか、気持ち悪いだろ。それにさ、やつら人を見たらたかってくんだよ。で、霊力喰らうんだよ。で、勝手に爆発すんだよ。放っておけるか!」


 沈黙が流れた。

 質の高い霊力を誤ってとりこんだ化け物が爆発するのはよくあることだろう?

 てか、それだけじゃないのか?この沈黙は・・・


 「あ・・・それは、面倒だよね。あいつらからすれば、そっか。飛鳥はごちそうか。・・・・でも、マジでそんなんで町中歩いてるの?」

 「いや、さすがに普通はできるだけ霊力押さえて歩いてるよ。近づいてきたやつだけ、爆発される前に叩くけど。でも百鬼夜行的な大量発生の時は、ああやってる。ゾンビ狩りとか、そんときも。雑魚の数が多いときは、下手に戦うより楽だし。」


 「なぁ、善。僕はいま常識とのギャップで戸惑ってるよ。」

 「気にするな。俺も同じだ。」

 なんだよ、僕は何もやってないぞ。


 「まず一つ。飛鳥がしてたような広範囲で霊力を広げて闊歩する、なんてことは普通の人からしたら、死活問題だ。すぐに霊力欠乏症で倒れる。」

 オーバーな。たかだか身長の倍程度。そんなんで霊力が無くなるわけ無いだろ。やつらが大量発生ってことは、このあたりに霊素とでもいうのか、エネルギーは溢れてる。自然に取り込んで回復する分で充分おつりがくる。


 「ハハ、ねぇ善。今、飛鳥の思ってたこと通訳して上げようか。」

 「やめてくれ。大体検討は見当はつくが、確認したくない。」

 「今思ったの、正解。」

 「教えるな!たく。霊力が多いとは分かっていたが、とんでもないな。しかもその辺の霊素で回復するなら、ガス欠なんて分からんのはムリもないのか。」

 「あのなぁ、僕だって霊素欠乏で何度も倒れたことあるよ!」

 「そのレベルって何人で対応できるレベルなんだろ。」

 「気にしたら負けだな。」

 どうせ僕は化け物だよ。

 「飛鳥は、アタッカーとして有名だけど、本質は受け入れることだからね、そこは目を瞑ろう。」

 「ああ、世界中の霊能者の力をその身に受け入れて、収束し、神をも追い払った、ってやつか。眉唾だと思ってたが、存外、本当のことかもと思えるよ。」

 「あ、それ。僕は飛鳥のことなら何でも調べたからね、マジだよ。ほとんど次元融合は確実だったっていう、巨大なクラックを、集めた霊力をぶつけて強引に閉じたっていうのが真相。」

 「へぇ。」

 二人が、ヒーローを見るような目を僕に向けてくる。やめてくれ。あれは火事場の馬鹿力。たまたま成功しただけ。失敗していたら、何もなくなっていた、それだけだ。


 「かわいい、飛鳥照れてるね。」

 うるさい!

 「ま、それはおいておいて、2つめ。雑魚は最悪良いとして、大物に見つけられたけど、わかってる?この辺りの御霊ごりょう、何柱かが見てたよ。」

 「ああ・・・御霊って神様にされてる、あれだろ?別にいいよ。ほとんど知り合いだし。」

 「なぁ、ノリ・・・」

 「言わないで。伊達に長くこの世界にいない、ってことでしょ。彼的に拙いとしたら、奉られていない力を持つあやかし衆だろ。ただ、それだと、そもそもターゲット、だよね。」

 「だったら、あれで正解なのか?」

 「・・・そうは思いたくない。本当に普段からああなの?淳たちはそれでOKしてるの?」

 「あいつらがいたら、適当に防御してくれるから・・・」

 淳は視覚をいじって見えなくしてくれるし、霊力をコントロールして外に漏れないようにしてくれる。蓮華は結界で完全に僕の霊力を外から消してくれる。二人か、そのどちらかがいれば、僕だってあんな無双しないよ。

 「原因はあの二人か。」

 「そうみたい。どうする?」


 二人は僕を放置してなにやら相談し始めた。

 なんでもかんでも消してしまうあのやり方は、二人にはお気に召さないらしい。小耳に挟む会話から、僕は彼らに襲いかかられないよう、霊力を消す訓練をすべきだけど、今は間に合わないからどうするか、と真剣に話し合ってるようだ。全く、余計なお世話だよ。

 いや、そもそも、外に行って無双するのがNGなら、全然一人で留守番してるし、二人で貴船でもどこでも行けば良いのに、そんな風に考えたら、キッと鋭い目でノリに睨まれたよ。こそこそと善に言ってるから、なんだよ、告げ口か?

 二人で怖い目を向けてくるけど、外に出るのが拙いなら中で待つのは変な案でもないだろうに。


 どうやら、案がまとまったらしい。


 ゼンは何か札でも作るのか?わざわざ低い机を出して正座し、墨をすり始めた。

 うわぁ、マジで札かぁ。

 そういや何度か貼られたことがあるな。神道だとか密教だとかはすぐに札を使いたがる。僕の力を削るために、とか、逆にムリに引っ張り出して自分たちが使うために、とか、かなり無茶なことをするイメージがあって、あんまり嬉しくない展開だ。貼られている間もなんかずっとチクチクするし、最悪は札が負けたとき。ちゃんと使えて、術者がはがしてくれるときは、せいぜいガムテープを引きはがすぐらいの感じだけど、僕の霊力に負けたり、何らかの攻撃で術が失敗して札が負けることもある。そんなときは札は破られたように引き裂かれ、焼失するんだ。そのときに僕の肌も一緒に引き裂かれ、燃やされる。しかもそんなときは術者にも跳ね返りがあって最悪死ぬから、本人や周りの人に僕の責任みたいに責められることなんてしょっちゅうだ。踏んだり蹴ったりってのはこういうことを言うんだろう。


 僕はゼンに跳ね返りでの負傷とかされるのもイヤだし、そんな話をしたけど、当然失敗したときの覚悟はあるから問題ないの一点張り。

 こっちに覚悟がないんだよ。そう思ったけど、二人に強引にうつぶせに組み伏せられた。服を剥かれて背中を丸出しにさせられる。

 ゼンが用意した札は2枚。なにやら密教の呪言を唱えて、「カーッ!」と叫びながら、背中をバシッて叩かれた。貼るのにそんなに強く叩きつける必要ないはずなのに、これは絶対嫌がらせだ。そう思っていたら、2発目、叩かれた。

 ゼンは蓮華とタメが張れるぐらいに力が強い。反射的に涙が出て動けないぐらいには、キツい。僕が痛みに耐えていると、ノリがパンって軽い音を立ててケツを叩いた。

 「さっ、早く立って服を着る。さすがに今から貴船に行ったって時間ないから、今日は、飛鳥の町歩きの練習ね。そんな恨みがましい顔をしてもだめ。大体、ここはこれっぽっちでお仕置き終わってよかったよかったって喜ぶところでしょ?それとももっと泣かされたい?僕は飛鳥のプロフェッショナルだからね、いくらでも泣かせる方法知ってるよ。」

 冗談じゃない。僕は慌てて服を降ろし、立ちあがった。

 

 ?


 何の札貼ったんだ?ちょっとくらっとする。

 「1枚目が霊力拡散の札。2枚目が陰行の札だ。拡散した霊力を使って陰行を行うことで、外に霊力が漏れるのを抑制している。陰行は並の術者なら霊力を完全に消して、肉眼でも見えづらくするが、飛鳥の場合はそこまではムリだ。だが、低級霊の目ぐらいはごまかせる。後は、見えてることに気づかせないように行動する。それぐらいはできるだろ?」

 僕は頷く。気持ちはいいもんじゃないけど、できないことはない、・・・と思う。

 「あ、ちなみに飛鳥、霊力は使用禁止ね。もし下手に使っちゃうと、善、死んじゃうから。」

 え?

 僕はゼンを見る。

 「問題ない。俺が札をはがす前には使わなければ、札が破れることはない。飛鳥が霊力を使って俺を殺したい、と思わせるほど嫌われてはいない、と信じてる。」

 いや、重いよ、普通に・・・


 といっても、僕の抗議なんて聞く二人じゃない。

 僕らは、今度は市内散策、という新たな目的のために、部屋を出た。


 相変わらず、京都のあやかしがおかしなことになっている・・・

 僕らは、ほとんど変わらない京の町を、夕方まで歩き回った。

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