第7話 医務室へ

 僕は、すぐ近くにある医務室へ向かった。

 僕の部屋は、一番奥にある。どこに行くにも、面倒な人の私室の前を通り、医務室を通り、ロビーを通らねば行けないつくりだ。

 昔、何度も逃げ出して取られた対策、だろうけど、最後に逃げ出したのはもう30年も前の話。そろそろ勘弁して欲しいもんだ。


 しかし、僕の願いも空しく、どうやら僕は警戒され続けている。長年の研究成果で、時の止まってしまった人間、というのは、どうやら精神的成長も止まってしまうことが多いらしい。実際は、人の精神的成長というのは、生きた年数ではなく、生きた社会的環境による、というのが正しいらしいが。

 責任ある地位や役割が、その人の精神を変えるんだそうだ。基本は自分自身ではなく、周りの目や扱いがそこには関与する。社会の扱いが変わらなければ、人間は成長しない。そういうもんらしい。

 僕は13歳で化け物との戦いに巻き込まれ、18歳で呪われた。ずっと潔癖で反骨精神が溢れるガキ特有の精神状態から成長するには、それ相応の地位が得られないと難しいだろう、ということだ。なら、それ相応の地位を寄こせ、と言ったけど、そんな精神状態の、しかも力だけは化け物の僕に、地位なんて渡せるわけはないだろう、それが、VIPたちの総意、だそうだ。鶏が先か卵が先か。結局、真実はともかく、やつらの都合がいい解釈で、僕はいつまでも反抗期のガキ扱いだ。たぶん、エライ奴らにはそれが都合がいいんだろう。僕はそういうことだと、自分を納得させ続けるしかないんだ。


 そんな環境だから、僕の扱いは生かさず殺さず。敵に対する生体兵器として、誰が駒を手にするか。勝手に上の方で牽制しあいつつ、保護、と言う名の監視が続く。

 保護、と言う名を大々的に推し進めているんだ。当然、医務室、なんてところは、僕に対してのアドバンテージを多く持っているわけで、接触の機会も多い。

 日本支部所属のザ・チャイルド。その健康管理、および観察を一手に担っているのは主に2名。この下にたくさんの部下がいるけど、僕らに直接接することはない。もちろん実験室の中では別だけれども。

 その医務室に勤務するのがこの2人てことで、当然普通に医務室としての権能も持つ。支部の人間が怪我や病気で担ぎ込まれるのも、当然ここで、重傷者はここから専門的な部署に送られるから、機構の医療の受付みたいな役割も担っている。


 が、僕らには、死も病気も関係ない。

 医務室に呼ばれるのは、機能低下を起こすような行為をしたときがほとんどだ。

 または毎年7月8日。

 すなわち、徹底的に様々な実験をして、不死者の記録を取る時。

 僕らが7月7日に強制的に呼ばれるのも、半分以上この実験のためでもある。

 僕が憂鬱になる理由の1つがこの実験だ。

 肉体的にも精神的にも、耐えられる要素がない。何度も昔逃げ出した要因の大きなところを占めるのがこの実験だった。

 が、今回の呼び出しは、実験の話ではないはず。例年、それは8日のみなんだから。


 僕は、とりあえず医務室に駆け込んだ。

 多分、呼び出した遙は、僕がこの前を通って部屋に戻ったのを確認してるはず。あれから、二人のせいで随分時間が経ってしまってる。怒ってたのなら、さらに怒りを倍増させそうな時間だ。遙はもう一人のスタッフ、タンタンこと田口洋と違って、完璧なマッドサイエンティストらしく、容赦なんて言葉を知らないんだから。


 僕が医務室に入ったとき、タンタンが患者らしき者と話をしていた。

 遙の姿はない。

 僕に気づいたタンタンが、その患者に断って僕に声をかけてきた。

 「飛鳥か。遅かったね。奥の資料室の方に遙がいるから、さっさといっといで。あ、くれぐれも逆らわないようにね。」

 僕は、タンタンに小さく頷いた。

 ろくでもないやつらだらけの、この機構だけど、このタンタンは、数少ない良識派だと思ってる。心配そうなタンタンに小さく笑いかけて、奥へと入って行こうと診療室を通り抜けようとしたとき。


 「なんだ。そんな風に笑えるんじゃない。笑った方が断然いいよ。」

 声をかけてきた人物。

 どうやら今、タンタンが相手していた患者の付き添いに来ている奴みたいだけど。


 僕が振り返ると、そこにいたのは設楽憲央だった。

 僕が顔をしかめると、

 「善、僕この子の付き添いするわ。」

 近づいて来つつ、患者に声をかける。

 患者は、もう一人の方か。

 僕はさらに苦い顔になった。

 「もう、そんなに嫌そうな顔しないの。さ、怒られに行くよ。」

 僕の心を読んだのか、今の会話が原因か、憲央は僕の肩を組み、資料室へと誘ったんだ。



 「遅い!」


 資料室、といっても資料自体はPCから取り出すから、見た目は会議室。持ち出し禁止のデータが、仮装HDに入っているらしいが、本体PCは隠されている。複数の許可IDを介して、その人の権限に合うレベルの資料にアクセスできる、スタンドアロン型のサーバが、どこかに存在するらしい。

 データアクセス自体は、自分のPCで可能になっている。ただし外部接続はこの部屋に入ったとたんに消えてしまう。噂だが、この部屋そのものの次元を少しずらすことにより、霊的にセキュリティを確保しているのだとか。むしろあり得そうな、納得のいく話だ。



 そんな資料室へ入ると、開口一番、遙は、「遅い!」と怒鳴ってきた。

 僕は、肩をすくめ、素直に「ごめん。」とだけ言う。

 「さっさと座りなさいよ。て、誰あんた?」

 遙は座っている長机の先をコンコンと叩きながら僕にそう言っていたが、途中で憲央に気づいて、彼に言った。

 「初めまして、遙先生。私は設楽憲央と申します。次の任務で飛鳥と組む予定の若輩者です。本日は、たまたまそこでぐずっていた飛鳥に会いまして、任務に必要になると思われる彼の現状を把握するため、ぶしつけですが同席の許可をいただきたく、参上いたしました。どうかよろしくお願いします。」

 なんだ、それ?きれいな礼だが、これもたたき込まれたエリート教育の成果か。っていうか、なんだよ、僕がぐずってたって。冗談じゃない。ふざけやがって。

 それに、次の任務?僕は何も聞いていない。


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