第8話 遙と憲央

 「ふうん。あなたが、ねぇ。いいわ同席を許可しましょう。任務のことを考えたら、側で見ていてくれる子は必要だしね。で、飛鳥、やけに遅いと思ってたら、ぐずってたって?」

 「違うよ。遙が呼んでるって聞いたから急いできたよ。ただ聞いたのが、ついさっきだったんだ。怒るなら淳平に言えよ。あいつがまともな伝言なんかできないって知ってるだろ?」

 「へぇ、飛鳥って気を許してる人には、そんな風に接するんですね。僕も頑張らねば。」

 『うるさい。お前は黙ってろ。ていうか、出てけよ。』

 僕は、テレパシーで怒鳴りつけた。得意じゃないけど、これだけの近距離だと充分に使える。そもそもこいつならテレパシーじゃなくても、僕の気持ちぐらい分かってるはずだ。

 「えー、僕は遙先生に許可をもらったんですけどねぇ。ねえ、先生、私、ここに同席を認められたと思ったんですが、それは間違いだったんでしょうか。彼は私に出ていけ、と、わざわざテレパシーを使って言ってるんですが。」

 「ほー。私の前で堂々と内緒話?」

 「いや、そういうワケじゃなくて。」

 「ふうん。彼が嘘を言ってるんだ?」

 「・・・悪かったよ。」

 「ま、いいわ。時間がもったいない。さっさと座りなさい。そして、これを記入して。」

 僕に、紙に書かれたカレンダーみたいなのをすべらせてくる。

 7月に入ってからの、スケジュール帳みたいなやつ。それが朝・昼・夕・他、と4つに小分けされた表になっている。

 あ・・・

 僕は、げんなりとして、その表を見た。何度も書かされては、ひどい説教とその後の受けた罰を思い出して、青くなる。

 「なんですか、それ?」

 憲央が、肩越しにのぞき込んで不思議そうに言った。


 「ん?この一週間の食事内容を書かせるの。油断するとそこの馬鹿は、一切食事をとらないからね。あんた、不死者が食事をとらないとどうなるか知ってる?」

 「ええ、知識だけは。ああ、確か、それを公的に確認できたのって飛鳥の功績でしたよね。死にたくてハンストした、とか。それも何度も。」

 うるせえよ。それに2回だけだわ。見つかった後の処置を考えたら怖くてできねえよ。僕は思い出して、ぶるっと体を震わせた。


 不死者の呪いってのは、本当に死ねないんだ。死にたいって何度思ったことか。

 自殺だって何度も試みた。色々やった。

 それで、復活しては、ここに連れ戻される。今は自殺さえとっくに諦めてる。


 僕らは不死身だけど痛覚がないわけじゃない。むしろ僕の場合は、全身で鋭敏に気配を察知するという能力があって、普通の人より各種の感覚が鋭いらしい。淳平が通常の人の2倍近いと思う、と言っていたから、きっとそうなんだろう。あいつは人の体の状態を確認できるし、医者でもあるしな。テレパシー能力で、人の痛みとかも含めた感覚を探るから、かなり正確な話だと思う。


 不死者の体の復活には痛みが伴う。それは傷つくよりも、何倍も辛い。人によるけど、倍から5倍だそうだ。こっちの方は僕が不死者の中で特に鋭敏というわけではない。だいたい3倍程度だからマシな方、なんだそうだ。が、もともと人よりきついから、最終、人よりきついわな、と淳平に笑われたことがある。笑いごっちゃないけど。


 復活だが、復活自体は自力でできる。いやできてしまう。

 酸素とか、諸々の医療の補助は、それなりに復活を早めてくれたりはする。麻酔なんかもいったんは効くんだ。人より早く効果が切れてしまうという欠点はあるけれど、調整してもらえたら、それなりに痛覚も遮断されるし、体力の回復だって早くなる。

 ただし、体力がなくなると、意識が飛ぶ。いわゆるスリープ状態になるんだ。よく、吸血鬼がずっと寝てる、なんて物語なんかで表現されてるのは、実はこのモードが原因じゃないか、なんて最近では言われている。まぁ、本物の吸血鬼、というのもいるけどね。彼らは人外だが、人と共存している種族として有名だ。


 体力とかは栄養補給をしなきゃ戻らない。食事や点滴なんかが手段になる。


 昔、僕は、食べなきゃ死ねるんじゃないかって思ったんだ。実際体力がなくなるのは経験上知っていたし、案外簡単だろうと思った。何よりただ腹が減るだけで、痛みがないのがいい。腹が減るとだんだん思考力が無くなるし、ぼーっとしたまま意識がなくなっていく。


 ある年の7月10日。

 実験に嫌気と、何より恐れをなしていた僕は、とにかくそこから逃れたくて、食べるのをやめることにした。機構からなんとか当時の自宅に帰ってから、何も口にしなかったんだ。

 その状態でどのくらい意識があったのか。

 しばらくは、とりとめもないことを考えていたように思う。

 まだ父さんと、普通に暮らしていたときのこと。

 化け物たちとの、争いの日々。あの頃はまだ、父さんや仲間が殺されたことに対しての憤りや仇討ちの気持ちもあったし、何より、人々を救っているんだっていう意識でやりがいだってあった。ちょっとばかし、ヒーロー気分でいたのかもしれない。


 そしてやっぱり、あの日のこと。

 この多元宇宙のさらに外側にいる存在との邂逅。そしてそれの望みの拒否。そう奴らは、僕たちに戦いを諦めろ、そうのたまったんだ。


 あの頃、いくつもの次元が重なり合い、同化を繰り返す、といった異常が発生した。それは、その神ともいえる高次の存在による実験が原因だと知らされた我々は、彼らの提唱する次元の融合を拒絶した。融合を認めれば、この次元は崩壊、そこに住む我々だって消えてしまう。そんなことを認められるわけがないだろう。


 我々に接触してきたその存在は、宇宙の集合意識とでもいうものだったが、その一部、僕らの消滅を悲しむ者、が、分離した存在が、僕たちに協力をした。その代償として、この戦いに関わる者に、永遠、という罰を残して。


 <仮に融合がなされなくとも、融合をしようとした実績は残る。そのため、今まで以上に、次元の綻びは起きやすくなる。それを高次の存在たる自分たちは、今後関知しない。そのため、自分たちの代わりに、守護せよ。>


 言葉にすれば、そんな感じだったか。実際はテレパシーに近いもので、一瞬でその内容を理解した僕らは、その案に飛びついた。まさか守護するのが、その阻止した者達にかけられた呪いみたいなものだと知ったのは、その後数年が経ってからだったけど。


 初めは、あのときの戦士達が、異常な回復力を身につけたことが話題になった。

 と、同時に、髪や爪、ひげですら、一晩もすれば戻ることも笑い話のような形で話題になった。

 不老不死、が言われ始めたのは、最年少だった僕に成長の兆しがなかったことからだった。18歳になったとはいえ、まだ成長期が終わっていない僕が、まったく大人の体型になっていかないことに気がついたのは、うちの優秀なスタッフだった。

 そこから他の、あの大戦に参加した戦士達が調べられ、まったく人体が酸化しない、ということが発見される。

 人が不老不死になることを見たら、どうなるか。

 そこは想像にお任せする。

 僕たちは、さんざんな目に遭い、そして、現在、これは神の呪いとして結論づけられている。彼ら、実験をした者達の希望は叶えられなかった。そうして、僕らは、となったんだ。


 そんなことをとりとめも無く考えていた僕は、そのうち意識をなくしたんだろう。



 僕は、強烈な痛みで意識を取り戻した。


 そこは、当時あった日本支部の持つ実験施設の一つだった。

 僕は衰弱して、外見は変わらないままに意識を失っていたようだ。

 次の7月7日に、僕を連れに来た機構のスタッフが眠るように意識を失っている僕を見つけ、連れ帰ったのだという。胃やその他の状態から、僕が栄養を取らずに意識を失ったのだ、とすぐに理解した医療スタッフは、僕に栄養剤の点滴をぶっさした。


 僕たちの体は異様な回復力を持つ。

 それは意識を失っていても同じようで、点滴の注射は、普通ならすぐに押し出されてしまう。それを解決する非人道的手段を、このとき、機構はすでに手に入れていた。ある意味簡単なことだ。点滴の注射の針をそこに固定すればいい。そこで機構は針に細かい刃を無数に取り付けた。そして、針自体を回転させる。一種のドリルだ。そして、ことで、点滴を常在させることを可能にした。


 が、やられる方はたまったものではない。

 傷つけられる苦痛と回復する苦痛がエンドレスだ。

 その時は、気づかなかったのか、僕に腹を立てていたからなのか、点滴の中に痛み止めを入れてくれることもなかった。

 その時のトラウマは、白衣を見れば簡単に未だに蘇ってくる。



 僕は、とっさにそんなことを頭に描いて、きっとそれが憲央にも伝わったんだろう。一瞬眉をしかめたが、渡された紙をトントンとしながら、

 「まさか、何も食べてないってことはないですよね?」

 などと、言いやがった。

 正直言うと、この一週間、何かを口にしただろうか。

 僕は、こんな体になって、人との接触を極力減らしてきた。実際色々と億劫なんだ。食の楽しみ、なんてものもそれと同時に、とうになくなってる。気がつくと1日食べてなかった、なんてこともある。わざとじゃない。ただ時間が過ぎていた、というだけなんだ。わざわざ食べるために台所に立つのも、買い出しに行くのも面倒だ。そうして1日が過ぎていく。

 時折、遙や蓮華といった機構の面々がやってきては、僕の食の状況をはじめなんやかやとお節介を焼いていく。それが今は何にもまして鬱陶しい。その時遙が持ち出すのがこのスケジュール表だ。最近の僕の恐怖の対象にもなっている。


 僕は一生懸命食べたものを思い出そうとして、愕然とした。

 ひょっとして、今月に入ってから、何も口にしてなかった?

 「先生。彼、ちょっと忙しかったみたいで思い出せないみたいだから、今回は僕の顔に免じて、これ許してくれませんか?その代わり、と言いますか、しばらく、そうですね、最低でも今回の任務が終わるまで、私がきっちり3食食べさせますんで。ダメでしょうか?」

 その時、憲央がスケジュール表を掴んでヒラヒラさせながら遙に言った。

 「思い出せない、ね。そもそも思い出す材料がないんじゃないの?ま、いいわ。あなたに任せる。その代わり、毎日報告してね、この子の食事の内容。任務のため以外で一日でも抜けたら、あんたには飛鳥との接触を一切禁じるわ。そして、飛鳥、容赦なく点滴ぶっさすからね。」

 「お任せください。」

 何が嬉しいのか、ニコニコと憲央は答え、僕の頭に手をおいて、無理矢理遙に頭を下げさせた。

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