第6話 生き残りの腐れ縁

 「飛鳥~!こっちへおいでよぉ。」

 だらしなく、座るような、いやむしろそれは寝てるだろう、という形で、僕のベッドに腰掛けた蓮華が、自分の横をバシバシと叩く。

 その力で叩いたら、ベッドが壊れてしまう。そして怒られるのは、・・・僕だ。

 だからこれ以上バシバシやられてはかなわない、と、僕は、大きなため息をついて、蓮華の横に、腰を下ろした。

 僕が完全に座るかどうか、というタイミングで、蓮華は僕の首を腕でホールドし、顔をのぞき込んできた。


 「で、どうだった?」

 「・・・何が?」

 「あの、お坊ちゃん達でしょうが。捕まってたんでしょ?」

 分かってたんなら、とっとと救出しろよ。って、そんなことを思っていると知ったら、余計に放置されるか。こいつらは、揃いも揃って、まともじゃないからな。

 「・・・何が知りたい?」

 いらん情報を与えるのも面倒だが、欲しい情報を与えないと、何をされるかたまったものではない。この年月で身につけたのが、こんな会話術だというのも空しいけど。


 「あんたねぇ、ちょっとは自分の頭で考えなさいよ。まぁ、それも飛鳥のいいところだけど。まずは情報の少ない、幸楽の末、ねぇ。」

 最後の「ねぇ。」は淳平への言葉か。

 淳平がにへら、と軽薄そうに笑う。

 「幸楽のじいさんのマジな後継、と言われる秘蔵っ子。分家出身とはいえ、産まれてすぐに本家に引き取られて隠された、というのは有名な噂話。」


 ひょっとして、あの子か?

 僕はかすかに引っかかった記憶を思い出した。

 もう15年以上も前だったか?仕事の関係で、山梨に住むじじいの家でしばらく住まされたことがあった。確か、小さなクラック=次元の裂け目が出来て、それを修復するまでの間に出てくる化け物どもを退治する、っていう依頼だった。

 僕にはクラックを閉じるような力は本来は無い。あの1999年の大災厄の時に、無茶を承知でやった、という例外はあるけれど・・・

 そもそもが、こういう修復を得意とする連中もいるわけで、各国がそれぞれ抱えているそれに特化した奴らが、そういうことはやっているんだが、僕は、その後方支援的な役割を与えられ、地元の霊能者たちと、その時は雑魚狩りに狩り出されたんだ。


 本来ならホテル住まいの予定だった。が、強引にじじいが自分の家で寝泊まりさせたんだ。じじいは当然重鎮で、しかも僕の滞在費用は自分が持つ、というんだから、僕が拒否する権限なんてない。

 で、その時に、最初に挨拶に行ったときに、なぜか赤ん坊がじじいと一緒にいた。赤ん坊は最初身じろぎもせず僕を見ていたんだけど、急に僕に向かってハイハイしてきたんだ。

 僕はギョッとして、身を引いたんだけど、体を念力でぐぐっと押さえつけられるのを感じて、思わずじじいを見た。じじいはいわゆる念動力なんかは強くないけど、使えないわけじゃない。もちろん、僕はそっちに特化してるからはじき飛ばすのは簡単だけど、じじいがにこにこと好々爺然としてこちらを見ていた、その姿を見て、ぞっとしたんだ。

 『動いたら、どうなるか分かってるな?』

 テレパシーで言ってるわけじゃないけど、じじいの思惑がそう言ってるのを感じ、僕は、迫るその赤ん坊を好きにさせた。


 赤ん坊は、僕の所まで来ると、ぺたぺたと両手で体を触りまくってきた。そして、僕の肩にまでよじ登ると、なぜか、頭をなで始めたんだ。しばらく撫でたら満足したのか、肩からずり落ちるように降りて、どういうわけだか正座していた僕の膝の上にチョコンと座ったんだ。


 「ほぉ。○○は飛鳥が気に入ったか。よきかなよきかな。」

 じじいは満足そうに、何度も頷いた。



 僕は、そんなできごとをうっすらと思い出した。

 じじいが言った名前は覚えてないけど、あの憲央で間違いないだろう。

 ハハ、まさかの再会だったのか。



 「あの、憲央とかいうガキ、じじいと同じ能力者だった。阻害かけるのは、僕では無理だった。」

 「あらら、どの口がそんな悪い言葉遣いしてるのかなぁ。これか?これでちゅか~。」

 蓮華が、僕のほっぺたを思いっきりひねった。300越えの握力だぞ。簡単に僕の頬などつぶれてしまう。もちろんその程度なら、すぐに元に戻る。だけど、痛いものは痛い。というか、再生の方が数倍痛いんだ。もだえる僕をケラケラ見てるこいつの神経は信じられない。


 「ハハハハ。まぁ、飛鳥ちゃんにその口調は似合わないもんね。自業自得だよ。って、何かな、その目は?ひょっとして反省足りない?」

 良平はウインクしつつパチン、と指を鳴らした。

 指を鳴らすのはフェイクだ。だってかっこいいだろ?と言っていたから、単なるポーズ。だけど、僕の痛みはさらに追加される。こいつは人の神経を鈍らせたり過敏にさせたりできるんだ。今は、僕の神経を無駄に過敏にしたんだろう。本来なら気絶ものの痛みが僕を襲うけど、気絶すらさせてもらえない。これも淳平の能力。

 僕の様を見て、ケラケラ笑う蓮華と、にやにやしている淳平。

 悔しいけど、この二人に反撃するには、僕の力は相性が悪すぎる。世界最強の能力者なんて言われてる僕だけど、実際には世界最弱の能力者であることは、半世紀以上この世界にいれば、とっくに知られてしまっている公然の秘密だ・・・


 「まぁ、それはいいとして、やっぱりやっかいなのが出てきたねぇ。ここにきてさとりの秘蔵っ子を出してくるか。思ったより面倒っぽい?」

 僕がなんとか復活したのを見て、笑いをおさめた淳平は、蓮華に対してそんな風に言った。僕は極力、裏の連中と関わり合いたくなくて、情報は仕入れない。仕入れたところで、やることは一緒だ。いらない情報は、憂鬱の上塗りでしかない。これも長生きして培った知恵。マジでやるせないな、僕。


 「うーん。そうねぇ。本部をわざわざ日本に持ってくることと言い、今回の大規模異変は、どこかからの侵攻の可能性がある、と思ってるんでしょ。しかもこの国を狙った、ね。」

 蓮華は、やってらんないわー、と叫びながら、上体をベッドにごろんと倒した。


 この世界は、人が見ているままのものではない。

 人外、と一言に言えば人外か。人でないもの人の見えざるものが跋扈している。それはもう昔から。そもそも人間と奴らがどちらが先住者か、なんて、誰も知らないんだ。

 そういう人外、と言われるものは、正直なところ、僕らの住むこの地球の同じ次元でもたくさん住んでいる。幽霊、妖怪、鬼、化け物・・・呼び方はなんでもいい。そういったものは紛れもなく同居していて、時にそれが見える者も産まれてくる。

 が、しかし、すべてがすべて、人に害をなすものではない。

 人類は、時に討伐し、時に協力し、そんな人外のものとも共存してきたんだ。


 だが、この世界、実は多くの世界が薄皮一枚でつながってる世界でもある。その一つ一つは「次元」とよばれる霊的階層が異なっている。しかし微妙に重なり合っている場所や時があり、そういった場合、互いの次元を侵食することによって、そこに住む生き物の交流が起こってしまう。違う次元の生き物が来ると、化け物として戦うこともあるし、こっちに住み着く場合もある。主に「妖精」なんて呼ばれる生物は、そういうものの場合が多い。

 逆にこっちの世界のものが別の次元に行ってしまうこともある。基本的には一方通行だ。そもそも、息ができないなどの、生存環境が違う場合が多いから、次元を渡ると生き残ることすら難しいと言われている。

 それでも行って帰ってきた例がないわけじゃない。日本人がよく知っている有名なのは浦島太郎だ。あれは、海の底ではなく、別次元に行って帰ってきた男の話が物語となったもの。息が出来ないから海の底、として語られたのだろう。たまたま異次元での人間のようなものが友好的で、この世界の生物でも生きられる生存環境をつくってくれた、それが真実なんだろうと思う。


 そんな感じでたくさんある次元だけど、時に互いの次元を敢えて浸食する、ということが行われる。

 自然に、か、敢えて、かに関わらず、次元が重なるとまず、クラックと呼ばれる次元の裂け目があらわれる。その裂け目から、互いの次元へと飛び出し、危害を与えるものは多い。強くて、ある程度の侵略意志がないとこちらに飛び出しても生き残れない。だから、人類の敵となる化け物ばっかりが現れるんだろう、と、解析されている。

 自然に、か、敢えて、か。先ほどはそう言ったが、「敢えて」の方が面倒だ。「敢えて」クラックを作り、侵攻するんだ。何らかの侵略意志があって当然だ。こういう「敢えて」穴が開けられる場合、「侵攻」される、と言う。蓮華たちが面倒な侵攻だ、と語った裏には、そういう状況があった。


 「で、もう一人はどうよ、飛鳥ちゃん?」

 淳平は、気を取り直したように、聞いてきた。

 「・・・口べた?」


 一瞬、部屋が凍った。


 そして、二人して、爆発したように大笑いを始めた。


 「ヒィーーおかしい、飛鳥ってば私を笑い殺す気?ヒィーーーハッハハハハ。」

 「ほんとにもう。飛鳥ちゃんに口べたって言われるってどれだけよ、ハハハハ。」


 放っといてくれ。


 「あ、そうそう、飛鳥ちゃん、さっきハルカちゃんが来て、戻ったらすぐに出頭させろ、だって。なんか、えらく怒ってたよ。」

 お腹を抱えて笑いながら、淳平は爆弾発言をした。


 医療スタッフの西岡遙。いろんな意味で、この二人よりやっかいな奴だ。

 僕は、顔色をなくして。慌てて、医務室へと走った。

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