第5話 始まりの日
「遅かったね、飛鳥ちゃん。」
デスクで何か読み物をしていた淳平が、当然のように声をかけてきた。
「坊ちゃん達、しかけてきた?」
クスクス、と、笑いながらそんな風に言う。
「あいつら、なんだ?」
「やっぱり聞いてなかったんだ。しばらく、行動を共にするお友達だって。」
キラリ、とサングラスが光ったような気がした。
そんなわけないか、と、自分で自分にツッコむ。そもそもこいつには目が無いんだ。
同じように、ザ・チャイルドなんて呼ばれている僕や淳平、そしてベッドに腰掛けて、こちらを見ている蓮華だけど、僕とはそもそも違う。彼ら2人は、もともとこっち側の人間だ。すなわち、霊能者の家系ってやつ。
僕は元々、普通の家庭で育った。霊能力だ超能力だ、なんてのはテレビやマンガの中だけの話。安倍晴明も小野篁も、後生の人間が作り出したお話しにすぎない。そんな普通の家庭で、まぁ、ずっと父子家庭だったけど、特に問題もなく平和な一般家庭で育ったんだ。
父さんは優しい人だった。そこそこ有名な上場されている会社の課長で、何の過不足もなく、そこそこ裕福に過ごさせて貰っていたんだ。僕は女の子に間違われるのがイヤで、そこそこ有名な男子校に行っていた。容姿のせいで、ちょっぴり引っ込み思案だったとはいえ、それなりにいい奴らに囲まれて、楽しく中学生をやっていたんだ。そう、あの日までは。
あの日。
1995年1月17日。
その日の出来事を、いまだに覚えている人はどれだけいるだろうか。
その日、僕が住んでいた神戸は、大きな地震に襲われた、と、公式には残っている。
しかし、本当の現実は違う。
ズシン、という音が響いたときは、僕はベッドの中だった。
毎日午前6時に目覚ましを合わせていたんだが、そのちょっと前。
突如、ズシン、という音と振動を感じた僕は飛び起きて、部屋から飛び出した。
父さんは、その時間、いつも朝ご飯と弁当をつくってくれていた。
ズシン、という音と共に、その場にしゃがみ込んだ父さんだったけど、僕が飛び出してきたのを見て、慌てて立ちあがり、調理の火を消したんだ。
その時だった。
僕は何かを感じて、後ろを振り返った。
そこにあるはずの窓がない。
僕の家は高層マンションの1室で23階だったんだけど・・・
僕は見た。
空中に開いた巨大な穴を。
その穴からうじゃうじゃ出てくる化け物を。
「あれは何?」
僕は半分パニックになりながら、父さんにその穴を指さした。が、父さんは首を傾げるばかり。
僕には見えて、父さんには見えていない?
僕はますますパニックになった。
そのときだ。父さんは優しく僕を抱きしめてくれた。
揺れは続いていた。
けど、その原因が化け物達が暴れているからだって、僕には見えている。
一体何が起こってる?
!
目があった?
そのうちの一匹、まるで物語に出てくる鬼のような奴が、一瞬僕と目があったと思ったら、こっちに向かってやってきた?
僕は、唖然として、それを見た。
そいつは、物語まんまの、とげだらけの鉄の棒を僕に向かって振りかぶった。
父さんはその時、僕の様子に何かを感じ取ったのか、それとも虫の知らせってやつか。僕を抱きしめていた体をくるりと回転させると、僕に覆い被さったんだ。
ずしり。
父さんの体を通して、打ち付けれた感覚が走る。
父さんは、ぴくりと反射してその後、だらり、と、体が力を失った。
「父さん!」
僕は父さんを逆に抱きしめると、一生懸命、体を揺さぶった。
一瞬、うっすらと目が開いたのか?
「・・・あ・・・す・・か・・・・」
声にならない声が唇から漏れ、ゆっくりと手が持ち上がる。
心持ち、微笑んだ?
僕の顔に触れようとしたのか。が、途中で力つき、ぱたり、と腕が落ちた。
『ガーーーー!』
僕の後ろで、通常の音声ではない声が聞こえる。
僕は父さんを抱いたまま、首だけで後ろをふりかえった。
赤い鬼だ。
鉄の棒を振り回す赤い鬼。
奴は僕を威嚇するように吠え、再び棒を振り上げた!
てめえ、父さんに何してくれてるんだよ!
怒りが僕を支配する。
誰の許しを得て、僕の父さんを手にかけた?!
体の奥底から怒りがわいて、怒りと同時に見知らぬ力が無限に湧くのを頭の片隅で感じていた。無限の力を怒りと同化させ、僕はそいつを睨み付ける。
怯えてる?
赤い鬼は、一歩後ろに下がった。怯えるような戸惑うような表情をして僕を見てる。
今更、何を怯えてるんだ?ふざけるな!僕の父さんをこんなにして、怯えた程度で許されるはず、ないだろう?
僕は、溢れる力のままそいつをグーで殴りつけた。
殴った瞬間、そいつは、あり得ないものを見る目で僕を見た。
僕の拳は奴の体に触れなかった。触れる前にほとばしる力がそいつの腹を突き破り、でっかい穴を開けたまま、遠くに殴り飛ばしていた。
はぁはぁはぁぁ・・・
僕は肩で息をしていた。
その場で座り込む。
その後のことは、あまり記憶が無い。
その後、僕は父さんを抱きしめたまま、台所に座り込んで、ぼうっとしていたらしい。生存者を探しに来た自衛隊に発見され、保護された。
しばらくは、被災者、として、某校の体育館で寝泊まりしていたが、あるとき、知らないスーツの男達に、連れ去られた。
文科省の下部組織だ、というその組織の中で、僕はしばらく過ごすことになる。
そして、その後、その施設の1つで、あるチームに入れられた。そこで、この二人、蓮華と淳平と出会うことになる。約65年近くも前の話だ。
蓮華は、平安時代から続く某家の血筋だ。そもそも霊能力的な力を持つ者が、あやかしと対峙することで人々を異形から守り、そうやって支配者層ができる、というのが、国を問わず、人間の社会の成り立ちである、そう、組織で僕は教えられた。日本も類に漏れず、そうやって貴族層ができ、さらにそれを守るための武士層が産まれたのだという。
蓮華は遡れば、そんな平安貴族まで遡れる生粋の貴族の子として生まれ、幼い頃から霊的な訓練を受け、力を開花させていた。
蓮華の力は「守り」に特化する。
いわゆる結界術だ。
結界、と一口に言っても、様々である。
僕が入れられたのは、直接にあやかしと戦闘をするチーム。
そう、僕は何故か市井の身でありながら戦える者として、スカウトされたらしい。
いやも応もなく、気づくと文科省の嘱託職員だ。
そして一番危険な所に振り分けられたんだが、それはいい。蓮華だ。
蓮華は、戦闘中の空間を切り取り、次元を少しずらす。完全にずらすと、こっちが生きていけなくなるから、ほんの少しだけずらすらしい。
それにより人の目から避けて、戦闘を行うことができるのだそうだ。
これは、蓮華の一族には、かなり多く発現する力だそうで、術者はそれなりの数がいて重宝されている。
それだけでなく、蓮華が優れているのは、結界を人に纏わすことが出来る、ということだ。特に自分自身に。
それにより、何よりも頑丈な盾として、敵の攻撃を防ぐのが仕事だ。時に結界を纏った肉体で接近戦をする。何よりも、そして誰よりも頑丈な人間、それが四天寺蓮華という女だ。
もう一人の屋良淳平もこの時のチームの一人だ。
こいつも、どこぞの有名な霊能一家の御曹司。
霊能というのは、どうやら血筋がものを言うらしい。
だからポッと出の僕みたいなのは珍しいし、一段下に見られたもんだ。
ただし、血の濃さを望むあまり近親相姦がざらだ。昔の話じゃない。2059年の今現在でさえ、行われている。
そして濃すぎる血は、時として、不遇な子をつくる。
淳平もその一人。
彼は産まれながらに、目がなかった。
そう、目の玉がそもそもなく、瞼もない。ただそこには、皮膚が頬と同じようにつながっている。それを隠すように、サングラスを常備しているのだが、そもそも彼には、目は必要ない、らしい。
彼は第3の目と呼ばれる能力があった。僕らとは違う方法で、周囲を認知する。色も形も表情も分かるらしい。それはマスクをしてようが、サングラスをしてようがしっかりと見えるし、見ようと思えば、皮膚の中も見える。簡単に言えば透視能力の一種。彼の一族には多い。
だが彼の力の真髄はそこじゃない。
化学だよ、彼はそう言う。
錬金術、人はそういう。
彼の特技は、体内のあらゆるものを調整すること。
特に脳内物質を発生させたりまたは減少させることを息をするようにやってしまう。ドーパミンやアドレナリンなんかを操って、人の状態を変えてしまう。
ゲーム風に言えばバフやデバフの名手、といったところか。
色々えげつない技はあるが、まぁ、そんな奴だ。
当初は、このチームはもっとたくさんの数がいた。
基本各チームは5~20人一組となっていた。差があるのは、少数精鋭部隊と組織運営が得意なチームの差というところか。僕らのチームは中間、隊長を除いて10人だ。
が、今現在、生き残ったのは、この3人。
あとは、・・・あの日までに全員死んでしまったよ。
この50年。僕らは3人のまま、ずっと生き続けている。
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