第3話 AAO日本支部
「エヘヘヘ、お帰り~」
僕らが、日本支部の中枢部、通称隔離部屋へと入って行くと、ロビーには、支部長自ら出迎えに立っていた。
見た目は僕ぐらい。が、当然、僕らと同類だ。否。先輩と言うべきだろうか。通称やや様。一般には
僕らが生きる、この21世紀の日本。
第二次世界大戦での戦争を最後に、繁栄と平和を享受してきた、と一般には思われている。
昨日と同じ今日に倦み文句を言いつつも、なんの不安もなく週末の約束を取り付ける。明日も来月も来年も、当然のごとく計算できる未来として、何の疑問もなく生きている。
が、果たしてそうだろうか。
おいおい、明日のことはわからないよ。事故に遭うかもしれないし、地震が来るかもしれない。病気が見つかることだってあるだろう。それどころか未知のウィルスが現れて、ロックダウン、も、経験したよ。そんな風に言う者もいるだろう。
が、それでもなお、今まさに、生死がかかった戦いに身を投じなければならない、そんな世界に、現代日本人が挑んでいる、なんて話を、まともに聞いてくれる者が果たしてどれだけいるだろうか?
今の平和な日常が、そんな者達の犠牲によって保たれてる、そう言うと、一体どれだけの人々が、信じてくれる?
まぁ、僕がずっとそんな戦いに身を置いています、なんて言うつもりはない。僕はたまたまそんな戦いに巻き込まれて、諸々の4年半があって、最後に神の望みを無視した、それだけの男だ。
その後60年。なんだかんだと、逃げては捕まって、仕事という名の戦闘をさせられてきたけれど、ただそれだけだ。
この機関には、僕なんかと違って、産まれながらに使命感を持ち、戦い続けている者も関わっているんだから。
それどころか、1000年以上も、裏の世界を支え続けた一族、なんてのも、それこそ腐るほどいる。世界中に、ひっそりと根を張り、時に権力者を操り、時に権力者に虐げられ、それでもなお、この世界を侵食する敵を排除し続けてきた、守り人達。
彼らの本当の働きを表の世界だけで生きる者達は知らない。
神話や伝説、物語の中にひっそりと語り継がれることはあっても、時に大災害として記録されることはあっても、その真実が詳らかにされることない。なぜか。
「エヘヘヘ、お帰り~」
そう言って、僕たちを迎え入れたこの少女に見える化け物。彼女を筆頭に、神の呪いを受けた者=不死者は、今、日本支部には全員で5人所属している。今ここについた僕ら3人に、支部長たるやや様、それに実質的なボス、次長の竹内辰也だ。
世界中には、どうだろう、3桁に届くか届かないか、だとは思う。
少ないと思うか、多いと思うか、人それぞれだが、それだけ人類は神の意志にそむいた証拠、とでも言えるだろう。
ただこの大多数は、あの日呪われたんだ。そう1999年7月7日。
当時、僕らは、侵攻する化け物達と日夜戦いを繰り広げていた。そう。次元の壁を越えて異界、異次元、異世界、名前なんてどうだっていい、この世界ではないどこからか、進入する化け物どもの侵攻を防ぐ、そのこじ開けられた次元の綻びを閉じる、そのために必死に戦い、大いなる意志に反し、なんとか、奴らの大侵攻だけは食い止めた。その代償が、ハハハ、まさか死ねない体、だとは、その時は知るよしもなかったんだ。
僕らは、やや様に連れられて、ミーティングルームに誘われる。毎年のことだ。
ここに入ると、その1年にあったことや、まぁ僕らが知っておくべきことを知らされる。また、年によっては、任務が与えられることもある。緊急の要請以外では、この先1年の、僕らの過ごし方が伝えられる、そんな会議だ。
僕は、ミーティングルームに入ると、思わず「ゲッ。」と言ってしまった。
ここにいるのは、毎年必要最小限。時には、僕ら不死人5名のみの時もある。多いときには、こっちじゃなくて、本部講堂にて、という時もあったか。戦後50年。つまりはちょうど10年前だ。あのときは特に何があったわけではなくて、この国の主要人物が、無事まだ世界が存続をしていることを祝い、くだらない式典を行ったんだったか。そんなのが何回かはあった。
僕が、思わず声を出したのは、思いの外面倒な事態だ、と直感したからだ。
そこには、僕らの世話係とでもいう、まぁ、実質は監視要員のスタッフ=サポーターと、不死者が二人。あとは知らない人物が2人。通常の年にはない、大所帯だ。
僕らが入ると、サポーターは無表情に、知らぬ2人は、多少の敵愾心をもって、こちらに視線を送る。
不死者の一人徐福が、
「かけたまえ。」
と、僕らに着席を促した。
相変わらず、難しい顔をして、上から目線のいけすかない奴だ。なぜか自分を不死者の教師とでも思っている。常識人を自負しているようだが、いったいいつの時代の行儀作法をいつまでも持ってるんだか。
ちなみに彼は、中国支部の支部長だ。秦の始皇帝って知っているだろうか、その始皇帝の命令で不老不死の薬を探しに日本までやってきて、結局神に嫌われ、不死の呪いを受けたらしい。こういうのもミイラ取りがミイラに、とでもいうのだろうか。
なお、うちの支部長だが、彼女の場合は、境遇が悪かった。貧しい集落で産まれた彼女は、山で取れる草や獣でなんとか食いつないでいたんだが、あるとき病気をした。それを見かねた父と将来を誓った男が二人、滋養のあるものを、と、神の住む、と言われる池から、その主を獲り、彼女に与えたんだそうだ。神は怒り、二人は即死。彼女自身は気がつくと不死の呪いを受けていたという。これが伝説では人魚を喰ったって話に転化したらしい。
僕らは、いちいち徐福の高慢な物言いに噛みつくこともなく、少なくとも僕は憮然として、指定された場所に着席した。僕を見て眉をひそめるのに気づいたが、そんなのは今更だ。
「ハッハッハッ。相変わらず飛鳥は可愛いね。いつまでも反抗期が終わらないのは、見ていて飽きないよ。」
拍手をしながら、場違いにはしゃいだのは、サンジェルマン。フランス支部の支部長だ。こいつは、というか、こいつも苦手だ。すまし顔で人を嬲るのが何よりも好きな変態。くだらないちょっかいを出してきて、いつも僕をいらつかせる。18世紀、フランス貴族が華やかなりしころには、その名が散見される。当時から仕える、今も影のようにやつの後ろに立っている使用人が、当時「自分はまだ伯爵に仕えて500年しか経っていない」と言ったという逸話が残されている。真実は知らない。興味も無いが。
僕はサンジェルマンをキッと睨んだだけで無視をした。
そんな様子を見ていた徐福がこれ見よがしに大きなため息をつく。
「さて、今年もこの日がやってきた。が、知っての通り、60年。ちょうど干支が巡った、ということだ。それもあるのかどうか、この半年、世界中から不穏な報告が寄せられている。そこで、君たちザ・チャイルドには、AAOにて居住し、要請に応じて出動して貰いたい。」
僕は顔をしかめた。
毎年、ここに来るのは、正直苦痛だ。
が、3日ほどの滞在は、その後の1年の平穏のため、と、諦めていた。
それが、しばらく監禁かよ。
ハハハ、笑えない・・・
「飛鳥、楽しみだねぇ。本当は私も徐福も自分の国での仕事が山積みだけど、どうやらこの国が一番危険なようだから、我々自ら視察に来て上げたんだよ。君たち、日本のザ・チルドレンも、ちょっとばかり鍛え直したいしねぇ。フフフ。楽しみだねえ。」
ザ・チルドレン。
それは、あの日、1999年7月7日に呪われた人々を差す、コードネームみたいなもんだ。次長は別として、直接あの日世界中で戦っていた者が、一斉に呪われたことが、世界中の首脳陣やオカルティストというのか、そっちの世界の人間を震撼させた。このザ・チルドレンを保護・管理・活用するために産まれたのがAAOだ。
情報と、ザ・チルドレンの所有権を求めて、世界中のブレインやら裏の世界の者が押し寄せた。おかげで、立派な、そう今となっては世界一でかくて、権力を持った世界組織だ。しかもお互い牽制し合う国や組織が名を連ねているから、相互監視の下、もっともピュアな国際組織でもある。
その後、知らない二人が、自己紹介をした。
どうやら完全に知らなかったのは、僕一人だったみたいだ。
なんせ、残りの二人は、一応あっちの世界の人間だから。
そう、この二人は、そこそこ有名な術者の家系の若手有望株、らしい。
名前を言ってたが、忘れた。
僕らと一緒に、この危機的状況を救うチームメイト、らしい。
ハン、ご立派なことだ。
なにやら、会議でもいろいろ言ってたけど、どうやら世界中で異変が起こり、魔物が溢れつつあるのだそうだ。特にこの日本での事例が多いということで、世界一丸となってこれに対処するための部署を作るために、アジアとヨーロッパを代表として有力者がやってきた、ということだった。
まぁ、詳しいことはいい。
どうせ、僕はその戦いに投入されるんだろうから。
言われるままに戦うこと、それが一番僕にとって優しい結末を届けてくれる。
この60年で学んだことだ。
あの、激動の日からちょうど60年目の今日。
日本支部に
『還暦期危機対策世界本部』の設置が宣言された。
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