子ども部屋おじさんのユニークスキル
「……殺せよ」
手で顔を覆って、兄ちゃんは言った。
率直に、なに言ってんだこいつ? って俺は思った。
「いや、殺せよじゃねーよ。ふざけてんのか? あんたらが……」
あんたら、だって? なに他人事のつもりで口にしてんだよ俺は。
「ストロースが、俺たちがまずしなきゃなんないのは、ニーニャさんへの償いだろ! 殺せよ? ふざけんな、頼むよ兄ちゃん、他にやんなきゃなんないことが――」
「僕にはこれしかないんだよ!」
兄ちゃんは俺の言葉を遮り、怒鳴った。
「これ、しか……? いやだから、俺が言いたいのは」
「オマエに何が分かるんだ! 嗣子(しし)で! 最強の星辰剣士(ゾディアックフェンサー)で! “尖風(ミストラル)”で! 殿下の信頼をやすやすと勝ち得て! そんなオマエに、僕の、何が!」
兄ちゃんは立ち上がり、曲げた足の腿に手をつき、顔を上げた。怒りと涙で煮えたぎる目だった。
「どうでもよかったんだろ昔から! 父さんも僕もストロースも何もかも! 縛られるつもりも無かったし憎む価値もなかったんだ、オマエにとっては! だから傷つけようとしないんだ! そんな、にっ、そんなに、僕は弱いか!?」
「そんなことは……俺、違うよ、兄ちゃん、そんなことないよ」
「だったら、一度ぐらい――」
兄ちゃんは“悪疫”を拾い上げて、俺に投げ渡した。
「人生で一度ぐらい、僕に勝ってくれよ……」
希(こいねが)う声だった。
兄ちゃんは突き飛ばされたみたいにへたりこみ、伏した額に手の甲を当てた。そうでもしないと頭が落っこちちゃうみたいに。
俺は――
俺は“悪疫(ダークプレイグ)”の柄を強く握って、意志を流した。
瑠璃(ラピスラズリ)が星辰剣士の力に応じ、宇宙の漆黒に変状していく。
金と白の斑点がリムに閉じ込められた宇宙を泳動し、星辰のかたちを採る。
灼けるように熱い右目が綵剣(あやつるぎ)に強く反応し、“黄色い印”に変状していく。
知ってたんだな、兄ちゃん。
いっつも俺が勝負を提案して、いっつも俺が負けて、ヘラヘラしてたの、全部わざとだったんだって。
だからさっきも俺にかまをかけられたんだ。いつもと同じく、俺がわざと負けるつもりだったの、見抜けたんだ。
そっか。
俺、間違ってたんだな。
いいことだと思ってやってた。そうすれば兄ちゃんが喜んでくれると思ってた。
兄ちゃんにとっては、侮辱だったんだな。
ばかだったよ、本当にばかだった。
――分かってるのか? 僕は今、オマエを侮辱したんだぞ!
――なんなんだ……なんなんだよ、オマエは! ここまで挑発されて、なんでまだ笑っているんだ!
――もう、いい。どうでもいいんだろう? 家のことも、お父さまのことも、僕のことも。無駄な時間を使わせて悪かったな
ちゃんと兄ちゃんはサインを出してくれてたのに、俺はずっと受け取り損ねてたんだな。
ふてくされて、どう答えても無意味だって自分を正当化して。
ごめん。
ごめん、兄ちゃん。
今まで気づけなくて、ごめん。
「本気出すよ」
全てのジョブは、ユニークスキルを持つ。
ジョブのマスタリを持つとか、極めるとか、言い方はいろいろあるけど、いずれも修練の先にジョブ専用スキルを獲得することを指した言葉だ。
正節二十四剣(せいせつにじゅうよんけん)。
それが、星辰剣士のユニークスキル。
すぐれた綵剣(あやつるぎ)を持った星辰剣士が、宮(サイン)に正しく星辰の護符(チャーム)を揃えたとき、全てのバフと引き換えに放てる奥義。
バフを込めてぶん殴るだけの降星縁覚乘(くだりぼしえんがくじょう)を戦術兵器とするならば、正節二十四剣は戦略兵器に準(なぞらえ)えられるだろう。
それゆえ、星辰剣士の間でもこの奥義は禁忌とされてきた。そもそも使い手が現れなかった。
俺以外には。
俺と、工房の最高傑作である“悪疫(ダークプレイグ)”以外には。
「あのさ、兄ちゃん」
俺は静かに兄ちゃんを見据えた。
「骨も残らなかったらごめんね」
俺は“悪疫”を顔のすぐ脇まで上げ、刃を倒して刃先を兄ちゃんに向けた。
雄牛(オックス)。
「火竜」
――オマエは嗣子(しし)なんだ。分かるか? ちゃんとした母親の、ちゃんとした息子ってこと。ストロース家はオマエのものになるんだぞ。
――は? 僕のでいい? 僕、ので、いい!? いいわけあるか、あほ!
――……まあ、オマエはあほのあほミカドだからな。オマエの代わりに僕ががんばってやるよ。行政補佐ぐらいはやってやる。
――ならいけるね? なら、いける、ね!? あほミカド、オマエの、その、なんだ、あああ苛立ちすぎて言葉が出てこない! オマエも努力するんだよ! お父さまのように善政で領民に答えるんだよ義務だろそれが! 侯爵家の!
「火竜」
――ルッツェン魔学院(アンスティツ)に送られることになった? 急な話だな。
――おい、泣くな! オマエは跡継ぎなんだぞ、この程度のことで泣くんじゃない、あほミカド!
――……分かった。十日にいっぺん手紙を送ってやる。僕の馬も連れて行っていいぞ。昔から乗りたがってたろ?
――僕が行けるわけないだろう! 魔学院(アンスティツ)は寄宿学校じゃないんだぞ! あああ、泣くなって! 分かった、たまに会いに行けるようお父さまに掛け合ってやるから!
――だから……泣くなよ、あほミカド。
「火竜」
――あほミカド。よく生きて帰ってきたな。
――ローヌ陛下のことは残念だった。でも、オマエのせいじゃない。今は難しいだろうが……自分を憎むのは、やめてくれ。
――オマエはしばらくぼーっとしてろ、そもそも期待してないんだから。
――オマエの代わりに、僕ががんばる。もともとそういう約束だろ? あほのあほミカドがややこしいことを考えるんじゃない。
「白梟(シロフクロウ)」
――お父さま、ミカドには時間が必要なのです! 今は、休ませてあげましょう。
――……聞いていたのか? 本心なわけないだろう、あほミカド。ああ言っておけば、聞き耳を立てている使用人が勘違いするんだよ。おお、なんてお優しいパラクス様!
――だから! 感謝される筋合いじゃないと言っただろう! 余計なことに気を回すんじゃない、あほミカド!
「白梟」
星辰が、正しく揃う。
宮(サイン)から離脱した五つの護符が、楕円軌道を描いて“悪疫”に撃ち込まれる。
リムで接がれた瑠璃(ラピスラズリ)が、渦巻くように流動して力の解放に歓喜する。
「春の秘剣」
刀身にたゆたう星辰が白熱光を帯びる。
沸騰した闇が貴石から這い出して瞑(くろ)い天蓋となり光を鎖(とざ)す。
「春分の型」
“悪疫”からとめどなく溢れ出した闇が、周囲を深淵に書き換えていく。
「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」
腕の交差を解きながら剣を振り上げる。
闇の空に紫黒(しこく)の遠雷が奔る。
俺の手から、“悪疫”が滑り落ちる。
「ごめん、兄ちゃん。ごめん」
闇の幕が崩壊し、灰のように千切れ飛ぶ。
「できないよ。俺、兄ちゃんのこと好きなんだもん」
膝をついて、俺の眼から勝手に涙が流れ出した。
魔学院(アンスティツ)に行きたくないって兄ちゃんに泣きついた、八歳のときと同じように。
兄ちゃんは口の端をかすかに持ち上げた。
呆れたように、笑った。
「……泣くなよ、あほミカド」
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