子ども部屋おじさんのすねホイッスル
ホールに、二脚の椅子と二基の振り子が運び込まれた。
俺と兄ちゃんは椅子に座り、ひじ掛けに腕を縛られている。
振り子の
当たり前だけど、脛にそんなもんが当たったらめちゃくちゃ痛い。声だって出てしまうだろう。
「ヴィータさん」
「あいよ」
ヴィータが、俺と兄ちゃんの口にホイッスルを咥えさせた。
今から始まるのは、名付けてすねホイッスル。振り子の角度をだんだん大きくしていき、脛の痛みに耐えかねて先にホイッスルを鳴らした方の負けだ。
「…………いやなんで!?」
ニーニャが力いっぱい叫んだ。
「家督を賭けた勝負の内容が!? 脛に!? 振り子を!?」
「ペンデュラム、セット、チェック。Θ=10°スタート。オーケー?」
ヴィータが指さし確認した。審判役を買って出てくれたのだ。
「なんで手慣れてるんですか! このゲームもともとあるやつなの!?」
「あるわけないでしょう、殿下! ミカドはいつもこうなんですよ! 何度も申し上げた通り!」
ホイッスルを吐き捨てた兄ちゃんが叫んだ。
「勝手に決めて勝手に巻き込んで、負けてはヘラヘラする! あほなんだよ!」
俺はくすっと笑って、その拍子にホイッスルが落ちた。
「昔さ、五秒に一回ぐらいあほ呼ばわりしてたよね俺のこと。あほミカドって」
「オマエがあほだからだ! 分かっているのか、オマエ、オマエは……こともあろうに、すねホイッスルだと!? 見たことも聞いたこともないぞそんな決着の付け方!」
「俺が勝負の内容を決めていいって言ったじゃん。だからすねホイッスルにしたんだよ。これなんか間違ってるかな? スジは通ってると思うんだけど」
「いかれてる……ミカドさん、いかれてますよ……」
ニーニャはわなわなした。
なんか調子出てきたんじゃないのニーニャさん。
「次にホイッスルを吐いたら失格にするからね」
ヴィータが俺と兄ちゃんに警告を出し、ホイッスルを咥えさせた。両者ともに減点一、勝負の趨勢に影響はないだろう。
「姫ぴ、手伝って。おじぴ
「あの、ヴィータ、わたしがおかしいみたいに淡々と進行するのだけはやめてくれませんか? 最悪やれって言われたことはちゃんとやりますから、本当にそれだけは」
「Θ=10°スタート」
「ねえー!」
ニーニャはぶちぶち言いながら振り子についた。
で、ホイッスルを咥える俺を見上げて、苦笑した。
「ごめんね、ミカドさん。ありがと。大声出したら、ちょっとだけ、元気出てきました」
俺はにっこりした。
まあその、これ以上おおまじめにやってたら、ニーニャの心に限界が来ちゃうからね。
おおまじめにやりたいだろう兄ちゃんには悪いけど、跡目争いよりそっちの方が重要なんだ、俺にとっては。
「Θ=10°。三、二、一、リリース」
空を裂いた振り子が、脛に激突した。円錐の先端が、こりっと骨に食い込む。
痛みが走る。耐えられないほどではない。
「ネクスト。Θ=20°。三、二、一、リリース」
こつん。
いや、まだいける。けっこう痛いけど、声を出すほどではない。
俺は横目に兄ちゃんを見た。内面はどうあれ、涼しい顔をしている。
「ネクスト。Θ=30°。三、二、一、リリース」
30°ともなると、それなりに痛い。ローテーブルをうっかり蹴ったときぐらいの衝撃が走る。
「ネクスト。Θ=40°。三、二、一、リリース」
ひゅっ。
こつん。
「ネクスト。Θ=50°。三、二、一、リリース」
ひゅっ。
こつん。
「ネクスト。Θ=60°。三、二、一、リリース」
ひゅおっ。
ごつん。
「……!?」
今のは、かなり来た。骨に響く痛さだ。円錐にしたの失敗だったな、これ多分穴開いちゃってるよ脛に。
横を向き、兄ちゃんと目が合った。こめかみに一筋の汗を垂らしてる。効いてるようだな。
「ネクスト。Θ=70°。三、二、一、リリース」
ひゅおっ。
ごつん。
《~~~~~~~ッッ!!!》
来た、これはやばい。今ほんとに声が出そうだった。確実に穴が開いたし出血してる。痛すぎるし、なんか当たり所が悪かったのかビリビリしびれてる。
再び兄ちゃんと、視線が交錯する。兄ちゃんは顔が真っ赤になってた。たぶん俺もだろう。
お互い限界が近い。次の一投が勝負の別れ時だ。ここさえ耐え抜けば、勝ちが見える。
「ネクスト。Θ=80°。三、二、一、リリース」
びゅっ。
がつんっ。
ピュヒー!
決着を告げるホイッスルが、高らかになった。
「ああああああ!」
俺はホイッスルを落とし、身もだえして絶叫した。
「いだだだだだほんとまじで! まじで! ああああ!」
「そこまでッ!」
ヴィータが鋭く叫んだ。
「勝者、パラクス・ストロース!」
笛を鳴らしたのは、俺だった。
「ぴふぃー……」
兄ちゃんがゆっくりと息を吐き、咥えっぱなしのホイッスルが鳴った。兄ちゃんはこめかみを苛立ちにぴくぴくさせ、笛を思いっきり吐き捨てた。
「いや、負けたよ兄ちゃん。まさか俺が、もっとも得意とする競技で敗れるとはね」
腕の拘束をヴィータに解かれた兄ちゃんは、立ち上がるなり、振り子を俺の方に蹴とばした。
「なに? まだ文句あんの?」
俺も椅子から立ち上がる。
「勝負の内容は俺が決めていいって、兄ちゃんが言ったんだろ? で、俺が決めて、俺が負けた。それで終わりじゃないの?」
「オマエ、それで潔く負けてやったつもりか?」
「あ……」
ざーっと血の気が引いた。
「やはりか。オマエの考えそうなことだ」
うそでしょ、かまかけられたんだけど。
「え? なんですか? なにがどうしたんですか?」
ニーニャはきょとんとしている。兄弟の手短なやり取りだ、よその人間には分からないだろう。
兄ちゃんは、二つの振り子の錘を手にした。
これでもう完全にバレたな。
そう、俺はいかさまをしていたのだ。
振り子の錘の、兄ちゃんサイドは
どういうことかって、つまり、そりゃ重い方がぶつかったときに痛いよね、っていう話。
勝算は――いやこの場合は敗算か――あった。糸の長さを揃えておけば、錘の重量に関係なく振り子の周期は一緒だ。錫と鉛は色も似ている。あと、なんか勢いで押し切れるかなと思ってた。
「次は僕が勝負内容を決める番だな」
兄ちゃんは軽蔑と失望を隠さない、心底冷たい声で言った。
「練兵場に来い」
反論の余地は無かった。兄ちゃんは足早に館を出ていった。
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