子ども部屋おじさんの父
ブラドーとストロースは隣接しており、ストロース家は反帝国派だ。というより、ブラドー家派と呼ぶのが正しい。傍系だった先王アールヴ・ブラドーを引き立てたのは、大侯爵たるストロース家だった。
それゆえ、ニーニャとストロース家の付き合いは長い。お互いの領地を行き来する仲だった。
クロード二世は、ニーニャがブラドーに送られるなり挨拶しに来たという。そのときのことは覚えていないが、それからのことは記憶にある。
「誕生月に贈り物をくれて、いっぱい遊んでくれて、馬であちこち連れて行ってもらいました」
乗馬技術は、クロード二世から学んだものだ。ストロースには健脚の中型馬がよく産する。ニーニャの愛馬も、クロード二世からの贈り物だった。
――
叱られた記憶は、一切ない。口数の少ないクロード二世は、いつも不器用に微笑んでいた。
「家庭教師も用意してくれて、
――殿下がどのようなジョブを選ばれるにせよ、魔法士のマスタリは有用でしょう。基準? いいのですよ、お心のままになされば。何者かを従えたいのであれば、そのように。民草を救いたいのであれば、そのように。
魔法士は、
「そういうの全部、当たり前だと思ってました」
「忠臣だしね、ストロースは。ウチも諸邦の頃から聞いてたよ。南朝征伐ですり減って、それでもブラドーに忠節を尽くすって」
ブラドーはかつて、ハンビットが建国した南アルヴァティア帝国の版図だった。隣接するストロースは、
ストロース家の精強を誇る
「からの敗戦じゃん? 馬は減る、民は逃げる、ミスリル原石は帝国に召し上げられる。これもう諸邦の準男爵の方が良い暮らししてるよね」
王都から離れた南部では、敗戦によって中央集権のたがが緩んだ。農民は不作の耕地から逃げ出し、たやすく領主を鞍替えした。水利だの入会地だので揉めれば、近隣の村同士で勝手に
「何が言いたいかっつーと、おじぴがクロぴを疑う理由、めっちゃあるってこと。おじぴ、忠義とか分かんない人じゃん?」
「それは……そうですね」
先王妃をローヌと気軽に呼び捨て、廃王女とはいえニーニャ・ブラドーに気安く接し、ありとあらゆる貴族にざっくりした敬語でへらへら対応する。それが、これまで見てきたミカド・ストロースだった。
「忠義なんてさー、突き詰めたら理由ないっしょ。意地だよあんなの基本は。それ分かんなかったら、なんか裏あんじゃねーのコイツって思うよね」
ミカドを疑うに足る状況証拠は、たしかに揃っているようだった。
「じゃあ、はい、そこまでは分かりました。反論はとくにありません。それでヴィータは、ミカドさんがなにをすると考えてるんですか? “ぶちのめす”って、具体的には?」
ニーニャは両手の人差し指と中指を鉤のように曲げた。
「分かんないから怖いんだよ。“
「まあ、そうみたいですけど」
「ああー! もう、なんだ、危機感がずーっと共有できねーし!」
もどかしさに、ヴィータは頭を振り回した。銀髪が馬の尾のように揺れ、空気を裂いてぶんぶん唸った。
「姫ぴは冬戦争の“尖風”も知らないんだもんなぁー!」
「ごめんなさいねえ子どもですんで」
さすがのニーニャもやや苛立ってきて、無知を責めるようなヴィータの言い回しにきつめの皮肉で応じた。
「姫ぴ、ミカドが何したか知ってる?」
「お母さんといっしょに戦って、冬戦争を講和に持ち込んだんですよね」
「ぼんやり正解。でもそれだけでさー、騎士ぴがあんなんなったりする? あがががががっつってんだよおじぴを前にしたとたん。言う? あがががががって」
「それは、フェーヴ卿があることないこと吹き込んだからでしょう……うーん、あでも、そうですね。たしかに、行く先行く先でみなさんの反応が過剰かなとは思っていましたけど」
パールだけではない。ノブロー、シッスイ氏の義勇兵、ダン・パラークシ、セヴァンの一揆勢力。誰もかれもが、ミカドに相対するなり興奮していた。
「なんか正直、ミカドさんをイジってるのかなって思ってました。だってミカドさんですよ」
「三千人」
「うん?」
「おじぴが、冬戦争で一日に殺した数」
ニーニャの笑顔が、凍った。
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