お控えなすって

「へ、へ、へ! 宰相、なァ、オージュ・カーネイ宰相、やると思ってたんだよなァ俺は!」

「……いかようにもご処断ください、陛下」

「ばか言えよ! やっと手に入れたンだぜ、お前のこと! 離すもんか!」


 ハンビットはオージュを突き飛ばし、萎えた足を引きながら歩きまわった。


「俺はみんな大好きなんだけどさァ、お前みたいなやつがとりわけ大好きなんだよな。なんでか分かるか? 定命の連中は儚いねえ……みたいな顔してさァ、人生をもったいぶってるだろ? そういうやつをさァ、俺は当事者にしてやりたいわけよ。泡食ったり泣いたり怒ったり、やむを得ず愛弟子を手にかけちゃったりさァ、味わってほしいわけよ人生を」


 針先のような瞳がオージュを捉え、エルフが沈黙の裡に秘めた感情を掬いあげようと這いまわった。


「なんの酔狂か知らねえけどよ、来てくれたからにはいっぱい経験させてやるからさァ俺、お前に。楽しンでくれよなァ、へ、へ、へ! いろいろ考えちゃうよ、俺って妥協を知らないんだよなァこういうとき。努力家の側面があるんだ」


 黙然と突っ立っているオージュに、ハンビットはありったけの侮蔑を浴びせかけた。満足がいったのか、ハンビットは壁にもたれて大あくびをした。


「で、宰相よ。一揆に噛んでたあほについて、知見を聞かせてくれよ。自由地域のカスだろ?」

「ご存じでしたか」

「俺さァ、けっこういろんなこと知ってンだよね。これでも君主だから。ニーニャちゃんと“尖風ミストラル”が組んだこととかも、とっくに気づいてたわけよ」


 オージュの冴えた美貌にかすかなひずみが生じたのを、ハンビットは見逃さなかった。


「へ、へ、へ! そこだよなァ! お前、そうだと思ったよ! そう、そうだよ、お前はもう当事者だ、楽しいよなァ当事者は! 情だよ情、泣けるじゃねえか!」

「……セヴァンの一揆に潜り込んでいた極左テロリストは、リウ寧寧ニンニンツァイと名乗ったそうです。蕃神の依代であり、目的は、アルヴァティアの対テロ能力を量るため、と。実際のところは定かではありませんが」

「そんで?」

「追っ手を差し向けましたが、フルン川の中流域で足取りが途絶えました。彼女はミカド・ストロースに手傷を負わされています。回復のため、しばらくは潜伏するでしょう」

「ふーん。なんとかして殺してえな」

 

 ハンビットは蓬髪に手を突っ込んで掻きむしった。


「この国のことさァ、俺、大好きだろ? 邪魔されたくねえわけよ、誰にも」


 髪から手を抜くと、爪の間に黒く脂っぽい垢がびっしりたまっていた。ハンビットは垢を爪でほじくり返しながら、しばし思案した。


「追撃だ。弱ってる内にブチ殺して、首を晒す。雷弥ライジャ、やれるか?」

「へェ」


 闇の中から、ぬるりと、気配が生じた。


 ニーニャとさして変わらぬ背丈の、ハーフリングだった。

 着流しに分厚いマントを羽織り、手甲と脚絆。右腕には、ランタンシールドを嵌めている。


「ルッツェンの親分さんと御見受けしやす」


 ハーフリングは股を割り、オージュに右手を差し出した。 


「や、どうぞお控えなすって。俺ぁつまらねえ渡世人ベイグランドでござんす。手前から発するのが筋ってもんでござんして、どうぞ、お控えなすってくだせえ」


 名乗ろうとしたオージュは、儀式めいたなめらかな口上に目を丸くした。


「生まれはリウ、璃は九申クザル、名は雷弥ライジャ、姓はウー、親分さんご賢察の通りしがねえもんにござんす。此度このたび親分さんとは初めてのお目通り、何卒お見知り置きのほどお願い申し上げやす」

「オージュ・カーネイと申します。これはご丁寧に……」

「へ、へ、へ! おもしれェだろ! 拾ったンだ!」


 ハンビットは雷弥の頭に肘を置いた。雷弥は嫌がる素振りも見せない。


「ご趣味ですか、陛下」

「それもある。でも俺ってさァ無駄なく生きたいところあるからさァ、趣味と実益は兼ねてるンだ。なァ、雷弥、そうだろ?」


 雷弥はランタンシールド裏面のレバーを下ろした。盾前面のフラップが持ち上がり、青緑の魔力光を放った。

 粒子状に分裂した魔力光が、蛍のように飛び交い中庭を光で満たしていく。


渡世人ベイグランドの主器は、持ち手を導くと聞いていますが……」


 オージュが息を呑むほど、強大な魔力だった。

 

「こいつぁ“傷悴ハートエイク”にござんす」

「私の“烏滸アブサーディティ”と同門ですね」

「へェ、そのようで」


 ストロース家の“悪疫ダークプレイグ”、オージュ・カーネイの“烏滸アブサーディティ、先王妃ローヌの“深手ガッシュ”……とあるドワーフの工房には、鍛えた武器にまがを与える文化が根付いている。いずれも持ち手に規格外の力を与える逸品であるが、使いこなせる者はそう現れない。

 

「こいつで探して、殺しやしょう」


 雷弥がレバーを上げた。フラップが降りて光をとざし、中庭に闇が染み出した。


「へ、へ、へ! よろしく頼むぜ!」


 フードを被った雷弥は、現れたときと同様、音もなく闇の中に消えた。

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