幽閉王ハンビット

「ようし、全員いる……んんー? 去年と顔ぶれが違うじゃねえか」


 手を庇に居並ぶ顔ぶれを見回しながら、ハンビットはにやにや笑った。


「ご立派な門閥のよォー、ベルトルト君はどうしちまったんだ? って、あー」


 ぽん、と、手を打ってみせる。


「そうだったァー! あいつ、借金で債務監獄にぶち込まれたンだったなァー! へ、へ、へ!」


 ひじ掛けに平手を繰り返し打ち下ろしながら、ハンビットは体を折って大笑いした。


「あいつどうしてっかなァー今頃? ガレーでも漕いでんのか? なあ、どう思う? ベルトルト君、ガレー漕いでると思うか?」


 答える者はいなかった。ハンビットは片手に杖を、片手に花瓶を取って、萎えた足を引きながらゆったり歩いた。


「返事ねえなァ。なんだ、死んでんのか? お前らみんな死んじゃった?」


 杖をごつごつと威嚇するように鳴らし、ハンビットは、ニーニャの前で立ち止まった。


「なあ、なあ、おい、ニーニャちゃんさァ」


 杖をニーニャの顎に当て、ぐいと持ち上げる。


「喋らねェーんだからさァ、もしかして死んでンの? よかったなァ、アールヴのとこにいけて」


 ハンビットは花瓶をひっくり返した。ぬるくかび臭い水が降り注ぎ、鼻から喉の奥へと一挙に滑り落ちた。


「かッ、げほっ、はっ、げっ、う、おぇ……」


 むせながら嘔気をこらえるニーニャの眼に、反射的な涙がにじんだ。ハンビットはさかさにした花瓶を振って、生けられた花をニーニャの頭に落とした。


「死に水取ってやったぜ。感謝してくれっかなァ、死んじゃったニーニャちゃんは!」

「……ありがとう、ございます。陛下」

「へ、へ、へ! 言わされてんじゃねェか! 情けねえ廃王女だなァ、えェ?」


 ハンビットは花瓶を床に放り捨て、椅子に戻った。組んだ足に肘をついて、退屈そうな表情を浮かべた。


「まァだこんなに生き残ってやがるンだからな。つまんねェ連中! ナメられるのと命、どっちを取るかって話なンだよな」


 藍色の髪から汚水を滴らせ、ニーニャは、屈辱に震えながら目を伏せた。


「俺はさァ大好きなお前らがさァ、もう、こう……すっごい無様に死んでくれれば満足なンだよ。急に内臓を口から全部吐くとか、前後からゆっくり迫ってくるガラス板に挟まれてぶちゃっ! って潰れるとか、なんかそういう感じでさァ、へ、へ、へ!」


 参覲さんごんの実態とは、このようなものだった。ハンビットが玉座に就いた目的といえば、幽閉された四半世紀への復讐でしかなかった。その憎悪が、カルタン伯国の離間工作と噛み合ったのだ。


「あ、そうだ。良い話もあるンだぜ。俺は寛大だからさァ。優しくもしてやるンだ。今年から、カルタン伯国様の使者は来ねえってよ」


 ハンビットが言うと、誰も口を開かないまま、空気がわずか緩んだ。無茶な臨時課税だの、言いがかりでしかない徴収だの、土下座だのがなくなるのだ。貴族たちが安堵したのも無理はなかった。


「お? 勘違いしたな? へ、へ、へ! 分かりやすい連中で大好きだぜ! 臨時課税の通達は書面で来た。帰ったら確認してくれや」 


 歯を食いしばり、涙する者があった。多額の借金を負い、明日をも知れぬほど追い詰められた貴族の涙だ。この一撃で彼は持てるものの全てを失い、一人の債務奴隷として一生涯を惨めに送ることになるだろう。


「そこでさァ、俺、考えたわけよ。なんか物足りねェよなァ? 俺はさァお前らが泣いて謝るところを見たかったのにさァ、無くなっちゃったじゃん! 大好きなお前らを苦しめられなくて、このままじゃ寂しくて眠れねェよ!」


 ハンビットは胸をかきむしってみせた。


「だからさァ、思いついたわけよ。面白ェことを。悪ィけど準備あるからさァ、先に中庭で待ッててくれや。はい、解散」


 手を打ち鳴らし、ハンビットは簡素に宣言した。

 誰よりも早く立ち上がったのは、ニーニャだった。髪についた花弁を払い、水をぼたぼた滴らせたまま、一礼するなり謁見室を飛び出していった。


「ニーニャちゃん、後でなァー! へ、へ、へ!」


 小ばかにするように手を振って、ハンビットは嗤った。

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