セヴァン一揆
「ミカドさん、なんか、負けちゃった? みたいですけど」
「あががががが」
パールは半びらきになった口からちょっとよだれを垂らし、その場に膝をついた。
「ええと、パール? なんて言えばいいのか」
「いや! この負けは負けではあるが、大局的敗北ではないのだ!」
「わひゃああん急に大きな動きを!」
がばーっと立ち上がったパールは、拳を固く握りしめた。
「そう、これはつまり、その、煤払いだ。いかな“氷原の
「いやだから、ミカドさんの全部を前向きに解釈するの、本当になんなんですか?」
「ミカド殿! あなたならばきっと再び、大地を割り裂いて湖を作れようとも! 私は信じているのだ!」
「厄介すぎる……」
◇
俺たちは酒を回し飲みし、鴨のサンドイッチをほおばった。
「うん、すばらしい小麦の風味です。鴨もいい。湖水地方の味ですね」
「ねー。いま南部にいるんだけどさー、たいがいとうもろこし混ざってるから、パンでもなんでも」
「あれはあれで、灰の風味が甘くていいものですけどね」
試合が終わればノーサイド。久しぶりに神経使った戦いができて、楽しかったな。いや悔しいわこんなん。柔軟と走り込みから始めよう。
「オージュ師匠がルッツェンから出てくるの、珍しいね」
「あなたこそ、ストロースにこもっていたそうですが」
「こもってたねえ十年ぐらい、子ども部屋に」
オージュ師匠はわずかに沈黙した。
「戦争はよくありませんね。人が、死にますから」
「そうだね。でも、オージュ師匠のおかげで生き残れたよ」
俺がそう言うと、師匠は気まずそうに、尖った耳の先を揉んだ。
「師匠が教えてくれたから、
「成長しましたね、ミカドくん。先回りして、後悔の機会を奪うようになるとは」
「でしょー? で、師匠はなんでこんなところに?」
「あれですよ」
師匠が指さす先には、セヴァンを見下ろす崖上の荘館があった。
「ブザンバルくんの荘館ですね。あそこに今、一揆勢が立てこもっているんです」
「え? 一揆? 今ここで?」
「町の雰囲気で気づきませんでしたか?」
「いや全然。酒呑んで寝たいぐらいしか考えてなかった」
「なるほど。成長したという評価はいったん取り消しておきましょうか」
「ひでえな!」
俺たちは笑った。
「一揆……一揆ねえ。なんでまた」
「ブザンバルくんの転封に際して、ゾートーンの大半が天領とされたのは知っていますか?」
「あー、それは聞いたな」
ノブローがめちゃ怒っていたの、かなり記憶に新しい。ブザンバル卿のこともゾートーンのこともほんとに好きだったんだなあ。
「王家が持っていったのは、ぶどう畑に湖畔の農地、ささやかながら利益を生んでいたミスリル鉱床です。ゾートーンは、収入の大半を奪われたことになります」
「ふんふん、ほいで?」
「よくあることですよ。ゾートーン伯爵位を得たバルタン卿は、埋め合わせの大増税をもくろんだのです。ワインとぶどうを専売にして買い叩いたり、升の大きさを公定のものより大きくすることで、事実上の増税としたり。その他、こまごまとしたものを挙げればきりがありません」
「最悪じゃん」
悪いやついるなー。
「そこで農民は使者を出し、巡見中のバルタン卿に増税の見直しを直訴しました。バルタン卿はどうしたかというと、その場で使者を切り殺してしまったのです」
「最悪じゃん!」
「ミカドくんの言う通りですよ。最悪以外の言葉がありません」
「で、怒った村人たちが結託して立てこもってるわけか」
オージュ師匠はうなずいた。
「実に優れたやり方です。暴力に訴えるのではなく、空き家となっていた旧荘館を静かに占拠する。まずはバルタン卿の面目を潰したわけです」
「でもさー、農民でしょ? 武器っつってもフォークとかじゃん。攻め込まれたら終わりじゃない?」
「そうですね。陛下の足元で一揆を起こしてしまったことが、たちどころに露見するわけですが」
「あ! そっか、相手が立てこもってるだけなら、バレずに事を収める目が残るのか」
なるほど、賢い。
まずこの一揆がハンビットに知られたら、新ゾートーン伯爵は容赦なくぶっ殺されるだろう。
で、寄せ集めの村人が居城にカチコミをかけてきたなら、迎え撃って殺せばいい。ハンビットに処刑されるとしても、農民にずたずたに引き裂かれるよりはましな死にざまだ。
でも、半端に逃げ道を残されたら、バルタンはそっちに飛び込んでいくしかない。
こうした要因が、領主と一揆勢のにらみ合いを作っているわけだ。
「うーん」
俺は腕を組んでうなった。
「なにか気になるところがありましたか?」
「いや……まあ、何が起きてるかは分かったけどさ。師匠の出る幕かな? って」
オージュ師匠は尖った耳の先端を揉んだ。
「“ルッツェンの
「そりゃね。
師匠は声を挙げて笑った。
「生意気なところは変わりませんねえ」
「いやいや謙虚になりましたよ、ほんとに。身の程を知っちゃったわ」
なるべく冗談っぽく言ったんだけど、師匠はまたちょっと無言になってしまった。
それから、俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
九歳の、泣きやまなかった俺にそうしたみたいに。
「出た出た出た、子ども扱いが」
俺は照れて悪態をついた。
「理由は三つあります。一つは、バルタン卿からの手紙を受け取ったこと。もう一つは、すこし調べてみたところ、どうも資金の流れが怪しかったこと」
「どっかから援助されてるってこと?」
「彼らが立てこもってから、もう二週間になります。その間、食事や武器が荘館に運ばれ続けているんです。大掛かりな資金援助があるようですね。反帝国派のものと考えるのが自然ですが……」
やや歯切れ悪く、師匠は言った。
「なるほどね。もう一つは?」
「自由地域の極左テロリストですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます