ミカド・ストロース対オージュ・カーネイ

「あの、パール? ルッツェン公とミカドさん、戦う流れになってますけど」

「そのようですね、殿下」


 ニーニャとパールは、窓から師弟を見下ろしていた。


「ルッツェン公のジョブは賢者メイガスと聞いています。広域にバフをばらまくバッファですよ。“尖風ミストラル”を相手取るには、少々寸足らずのジョブでしょう」


 パールの寸評に、ニーニャはしばし考え込んだ。


「あれ? 待ってください。たしかミカドさん、カーネイ流制圧術とか言ってたような……」

「オージュ・カーネイのカーネイであると?」

「え? 師匠って、そういう師匠なんですか? なんか、殴り合いの」

「オージュ・カーネイ公爵といえば、“ルッツェンの陸巻貝カラコール”。ルッツェン魔学院アンスティツにこもり、めったなことでは姿を現さないはずです。それが、格闘術の師匠とは。信じがたいですね」


 ルッツェン公オージュ・カーネイ。アルヴァティア史にとって伝説的な人物だ。


 未だ諸邦がエルヴン=ドワーゼン二重帝国の体裁を取っていなかったころ、エルフとドワーフのあいだには、果てしない小競り合いがあった。

 ドワーフを娶ったオージュは争いにうんざりし、アルヴァティアにやって来たのだという。

 その後、オージュの娘と当時のアルヴァティア王が婚姻関係を結んだことで、彼は王の外戚がいせきとなった。ルッツェン公爵位は、そのときに与えられたものだ。


「南朝征伐とか冬戦争にルッツェン公が出てきたって話、わたし聞いたことないですけど」

「故に陸巻貝カラコールなのですよ、殿下」


 先王アールヴがドワーフであるローヌを迎え入れた際、オージュは宮中から去った。ドワーフとエルフの不仲説を利用し、よからぬことを企む一派があったからだ。

 その後、オージュは直営地にルッツェン魔学院アンスティツを創始した。

 それから彼は、二度と歴史の表舞台に現れなかった。


「ノブローもいたんですよね、魔学院に。人文学の論文を書いてたって聞きましたけど」

「在野の才能を集める、研究の聖地ですからね。ルッツェン公自身、魔法研究では飛びぬけて優れた実績を残しています」

小杖しょうじょうの父、ですね。あの兵器がなければ、カルタン伯国に……帝国に抗戦することなど、お父さまは考えもしなかったでしょう。それが」


 ニーニャは、距離を詰めたり離したりする二人を見下ろした。


「桟橋でじゃれ合っているわけですか」

「じゃれ合っている? とんでもない! 我々は今、どれほど金を積もうと決して見られない、アルヴァティア最高の興行を目にしているのですよ! 殿下! 伝説の生き証人となる覚悟はできていますか!?」

「うわ」

「まずは大陸最強の賢者メイガスと目されながら、誰もその実力を目の当たりにしたことがない“ルッツェンの陸巻貝カラコール”、オージュ・カーネイ!」

「はい」

「対するは、文句なし! 星辰剣士ゾディアックフェンサーの最高傑作! 冬戦争の立役者! “尖風ミストラル”! ミカド・ストロース!」

「そうですね」

「さあ、おしゃべりはこれぐらいにしましょう。我らにできるのは、この一大決戦を見守ることだけなのですから。しかし私は確信していますよ。ミカド・ストロースが、必ずや勝利してくれるものと!」

「ありがとうございました」



 深く踏み込むなり、オージュ師匠の凄まじい右強振が飛んできた。当たれば骨が割れるだろうってぐらい、とんでもなく勢いのある拳打だ。


「本気じゃん師匠」


 俺は後退しながら、威嚇するように笑った。まあ虚勢だ。見抜かれているだろう。


「それでこそ練習です」


 踏み込ませて、あるいは振らせてからのカウンター。さっきから、何度もこれで撃退されている。

 師匠の反応精度は異常に高い。さて、どう崩したものか。


 俺は軽く右肩を持ち上げた。師匠は反応してガードを上げ――俺は一気に踏み込む、師匠が右を振るのは分かっていたから左腕で防御、軸足刈りの蹴りをカウンターでふくらはぎめがけてぶちこむ。


「ぐッ」


 激痛に顔をしかめる師匠から一歩離れ、距離を設定し直す。明らかに効いている。追撃は休まない。更にもう一発、ふくらはぎを蹴り込む。骨と肉のぶつかる、ぱちんという音が夜に響く。

 師匠はカウンターの左拳を放ってきた。上げた腕で顔を守りながら屈み、回避。ステップバックで距離を取る。


 豪族のダン・パラークシ相手にもやったけど、ふくらはぎへの蹴り込みはやばい。信じられないぐらい痛いし、膝から下がビリビリ痺れて力が入らなくなる。

 前重心にした相手の機動力を一発で奪うなら、これだ。

 ってオージュ師匠に教えてもらったよ。


「カーネイ流制圧術は当身七分の投げ三分、だったっけ? そろそろ決めるよ、師匠」


 俺のへたくそな挑発に、師匠は笑った。


「いいですね、ミカドくん」


 口に出す言葉の途中で、師匠が奔った。

 短い助走の後、地面を跳び上がる。


 飛び膝蹴り、苦し紛れだ。右拳で撃ち落と――


 俺の胴に師匠の両足が巻き付いていた。


「あ? は……え?」

「残念ですよ。怠っていたようですね」


 俺の首に腕を回した師匠は、のけぞるようにして、後ろにめいっぱい体重をかけた。うわ本気か? 岩だよ下、やめよう絶対に痛いってほらあ!


 拳打のために深く前傾していた俺は、師匠を下に、たやすく倒れ込んだ。


 思わず地面に手を突いちゃったからめちゃくちゃ痛い、ぶつけた膝も死ぬほど痛い。でも背中を強打した師匠の方が痛いはず、違うぼーっとしてんな、来る!


 地面に突いた俺の左手、その手首が師匠の右手に握られる。やばい引っこ抜け、とにかくエスケープ――


「遅い」


 オージュ師匠は上半身を起こして俺の左腕に覆いかぶさった。で、左手を、俺の腋の下にずぼっと突っ込んだ。

 俺の左手首を掴む自分の右手首をぎゅっと握って、クラッチ。すぐ外せ、いや無理、なんでこの人こんな力あるんだよ。


「これこそ、基本にして奥義。忘れてはいないでしょうね、ミカドくん」

「やめて……」

「では、いきますよ」


 師匠は俺の左腕を、背中に向かって捻りあげた。


 捻られた腕が鳥の羽根のような形を取るため、この技はこう名付けられている。


「カーネイ流制圧術、翼緘ツバサガラミ

「うごごごごご!」


 肩がやばい、めちゃくちゃ痛い、このままだと肩関節がぼごって外れる。


「負け負け負け負け! まじで! いやまじで!」


 俺は即座にタップした。師匠は翼緘を解き、俺の肩をぽんぽん叩いてから立ち上がった。


「体が硬い、反応が鈍い、考えすぎる。基礎からやり直しですね」

「参りました、師匠」


 俺は立ち上がり、ぜーぜー言いながら一礼した。師匠はにっこりした。


「またりましょう。今度は、あなたの“悪疫ダークプレイグ”と」


 オージュ師匠は純ミスリルの杖を俺に向けた。

 

「私の“烏滸アブサーディティ”で」

「絶対に嫌なんだけど」


 じょう持ちの賢者メイガスと戦うなんて怖すぎる。どんな搦手でぶちのめされるかわかったもんじゃない。


「残念です。ではミカドくん、呑みなおしましょうか」


 けろっとしてんだもんな。あーあ! 負けた負けた! 

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