ミカド・ストロース対オージュ・カーネイ
「あの、パール? ルッツェン公とミカドさん、戦う流れになってますけど」
「そのようですね、殿下」
ニーニャとパールは、窓から師弟を見下ろしていた。
「ルッツェン公のジョブは
パールの寸評に、ニーニャはしばし考え込んだ。
「あれ? 待ってください。たしかミカドさん、カーネイ流制圧術とか言ってたような……」
「オージュ・カーネイのカーネイであると?」
「え? 師匠って、そういう師匠なんですか? なんか、殴り合いの」
「オージュ・カーネイ公爵といえば、“ルッツェンの
ルッツェン公オージュ・カーネイ。アルヴァティア史にとって伝説的な人物だ。
未だ諸邦がエルヴン=ドワーゼン二重帝国の体裁を取っていなかったころ、エルフとドワーフのあいだには、果てしない小競り合いがあった。
ドワーフを娶ったオージュは争いにうんざりし、アルヴァティアにやって来たのだという。
その後、オージュの娘と当時のアルヴァティア王が婚姻関係を結んだことで、彼は王の
「南朝征伐とか冬戦争にルッツェン公が出てきたって話、わたし聞いたことないですけど」
「故に
先王アールヴがドワーフであるローヌを迎え入れた際、オージュは宮中から去った。ドワーフとエルフの不仲説を利用し、よからぬことを企む一派があったからだ。
その後、オージュは直営地にルッツェン
それから彼は、二度と歴史の表舞台に現れなかった。
「ノブローもいたんですよね、魔学院に。人文学の論文を書いてたって聞きましたけど」
「在野の才能を集める、研究の聖地ですからね。ルッツェン公自身、魔法研究では飛びぬけて優れた実績を残しています」
「
ニーニャは、距離を詰めたり離したりする二人を見下ろした。
「桟橋でじゃれ合っているわけですか」
「じゃれ合っている? とんでもない! 我々は今、どれほど金を積もうと決して見られない、アルヴァティア最高の興行を目にしているのですよ! 殿下! 伝説の生き証人となる覚悟はできていますか!?」
「うわ」
「まずは大陸最強の
「はい」
「対するは、文句なし!
「そうですね」
「さあ、おしゃべりはこれぐらいにしましょう。我らにできるのは、この一大決戦を見守ることだけなのですから。しかし私は確信していますよ。ミカド・ストロースが、必ずや勝利してくれるものと!」
「ありがとうございました」
◇
深く踏み込むなり、オージュ師匠の凄まじい右強振が飛んできた。当たれば骨が割れるだろうってぐらい、とんでもなく勢いのある拳打だ。
「本気じゃん師匠」
俺は後退しながら、威嚇するように笑った。まあ虚勢だ。見抜かれているだろう。
「それでこそ練習です」
踏み込ませて、あるいは振らせてからのカウンター。さっきから、何度もこれで撃退されている。
師匠の反応精度は異常に高い。さて、どう崩したものか。
俺は軽く右肩を持ち上げた。師匠は反応してガードを上げ――俺は一気に踏み込む、師匠が右を振るのは分かっていたから左腕で防御、軸足刈りの蹴りをカウンターでふくらはぎめがけてぶちこむ。
「ぐッ」
激痛に顔をしかめる師匠から一歩離れ、距離を設定し直す。明らかに効いている。追撃は休まない。更にもう一発、ふくらはぎを蹴り込む。骨と肉のぶつかる、ぱちんという音が夜に響く。
師匠はカウンターの左拳を放ってきた。上げた腕で顔を守りながら屈み、回避。ステップバックで距離を取る。
豪族のダン・パラークシ相手にもやったけど、ふくらはぎへの蹴り込みはやばい。信じられないぐらい痛いし、膝から下がビリビリ痺れて力が入らなくなる。
前重心にした相手の機動力を一発で奪うなら、これだ。
ってオージュ師匠に教えてもらったよ。
「カーネイ流制圧術は当身七分の投げ三分、だったっけ? そろそろ決めるよ、師匠」
俺のへたくそな挑発に、師匠は笑った。
「いいですね、ミカドくん」
口に出す言葉の途中で、師匠が奔った。
短い助走の後、地面を跳び上がる。
飛び膝蹴り、苦し紛れだ。右拳で撃ち落と――
俺の胴に師匠の両足が巻き付いていた。
「あ? は……え?」
「残念ですよ。怠っていたようですね」
俺の首に腕を回した師匠は、のけぞるようにして、後ろにめいっぱい体重をかけた。うわ本気か? 岩だよ下、やめよう絶対に痛いってほらあ!
拳打のために深く前傾していた俺は、師匠を下に、たやすく倒れ込んだ。
思わず地面に手を突いちゃったからめちゃくちゃ痛い、ぶつけた膝も死ぬほど痛い。でも背中を強打した師匠の方が痛いはず、違うぼーっとしてんな、来る!
地面に突いた俺の左手、その手首が師匠の右手に握られる。やばい引っこ抜け、とにかくエスケープ――
「遅い」
オージュ師匠は上半身を起こして俺の左腕に覆いかぶさった。で、左手を、俺の腋の下にずぼっと突っ込んだ。
俺の左手首を掴む自分の右手首をぎゅっと握って、クラッチ。すぐ外せ、いや無理、なんでこの人こんな力あるんだよ。
「これこそ、基本にして奥義。忘れてはいないでしょうね、ミカドくん」
「やめて……」
「では、いきますよ」
師匠は俺の左腕を、背中に向かって捻りあげた。
捻られた腕が鳥の羽根のような形を取るため、この技はこう名付けられている。
「カーネイ流制圧術、
「うごごごごご!」
肩がやばい、めちゃくちゃ痛い、このままだと肩関節がぼごって外れる。
「負け負け負け負け! まじで! いやまじで!」
俺は即座にタップした。師匠は翼緘を解き、俺の肩をぽんぽん叩いてから立ち上がった。
「体が硬い、反応が鈍い、考えすぎる。基礎からやり直しですね」
「参りました、師匠」
俺は立ち上がり、ぜーぜー言いながら一礼した。師匠はにっこりした。
「また
オージュ師匠は純ミスリルの杖を俺に向けた。
「私の“
「絶対に嫌なんだけど」
「残念です。ではミカドくん、呑みなおしましょうか」
けろっとしてんだもんな。あーあ! 負けた負けた!
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