ルッツェン公爵オージュ・カーネイ

 無造作に縛った緑の長髪。

 くたくたでぶかぶかのだらしないダブレット。

 純ミスリルの、玉虫色に煌めくじょう

 無害そうな笑顔。


「えー? ちょっ、えー? なんで?」

「私も同じことを聞こうと思っていましたよ」

「オージュ師匠じゃん! わー! なんだ、どうしたどうした! えー! あ、うわだめだ料理冷めちゃう!」

「落ち着きましょうか、ミカドくん」

「いや無理でしょ、えーびっくりした、うわーびっくりした! あ、俺いまここの白鱒って部屋に泊まってて、えーとどうしよ、めし食ったら降りるから待ってて!」


 俺はキッチンワゴンを担ぎ上げ、大慌てで駆け上った。

 

「お待たせ! 食おう! 神鳴カンナリ!」


 部屋に飛び込んで、テーブルの上に猛スピードで食事を並べる。


「ミカドさん?」

「いただきます! あっうまいこれ!」

「ちょっと! なんでバフかけて食べるんですか!」


 ニーニャが椅子に飛び乗った。


「はいこれ食べて! パールさんも!」


 俺はAGI強化の護符チャームを点したまますごい速度で取り分け、ワインを注いだ。


「あの、ミカドさん。落ち着いて食べたいんですけど」

「戦場の倣いでしょう。いつ襲われるか分からないゆえ、急いで腹を満たすのです。見習うべき所作ですよ、殿下」

「パール、さっきからずっとミカドさんに甘いのなんなんですか? まあいいですけど」


 ニーニャは炙ったホッキョクイワナをぱくっとほおばった。


「わ……! わ、わ! すご、なんか、くにくにでとろとろだ! おいしい!」

「うまいね! ラクレットもうまいよ! ワインもうまい!」


 俺はチーズたっぷりのじゃがいもをほおばってわーってしゃべった。


「芋とチーズとワイン。これだけで十分だな」

「あとこれ鴨のコンフィね! 炙ってあるやつね! うまいよほろほろで!」


 俺は鴨に歯を立ててむしりながらわーってしゃべった。


「付け合わせの芋、鴨油で揚げ焼きにしたのか。うん、とてもい」

「このなんだろこれ、スープに入ってるのカジカだね! 焼き干しの! うまいね! 身がぎゅってしてて!」


 俺はスープをがばーっと飲みながらわーってしゃべった。

 そのへんでニーニャに限界が来て、うんざりしたようにフォークを置いた。


「ミカドさん、何があったんですか?」

「え? いやいやうまいじゃん。うまいからこう、気持ちがなんか」

「とぼけかたにもいろいろあると思いますけど、わたしが見た中では最悪ですね」


 びっくりするぐらいきつい言葉が来て、俺はしゅんとした。


「ごめん。ちょっと下で知り合いに会って」

「それ、とぼける必要ありますか?」

「やー、なんか、遊びに来たわけでもないのにあれかなーって」


 ニーニャは呆れ笑いを浮かべた。


「会ってくればいいじゃないですか。わたしたちを陥れたがっている、親帝国派のろくでなしというわけではないんでしょう?」

「ああ、そこはほんと安心して。そういうのと縁のない人だから」

「念のため伺っておくが、どんな方なのだ?」

「ルッツェン公オージュ・カーネイ」


 ニーニャは机に並べたカトラリーに顔を突っ伏し、パールはのけぞりすぎて椅子ごと後ろに倒れた。


「ね、安心でしょ」


 ニーニャの頭突きで跳ね飛んだスプーンをキャッチしながら俺は言った。


「よし、じゃあちょっと会ってくる。長話になったらもう適当に寝てて」


 俺は景気づけにワインを一杯ひっかけ、元気よく部屋を飛び出した。



 オージュ師匠は、光の届かない隅っこで、背を丸めてちびちびお酒をやっていた。


「見覚えあんなー」


 俺はなんか、ちょっと照れ笑いみたいなもんを浮かべながらオージュ師匠に声をかけた。


「うまい酒をちょっとだけ、ゆっくりと。オージュ師匠の飲み方だ」

「いじましいと笑わないのは、ミカドくんだけですよ」


 オージュ師匠は酒瓶とじょうを手に立ち上がった。


「どうです、星見酒は」

「えー? 行くでしょーそれは。先行ってて、俺なんか食べ物もらってくるから。あ! なんか食べたいもんある?」

「ありがとう。ミカドくんのお好きなものでいいですよ」

「めっちゃ子ども扱いじゃん。俺もう三十近いんだけど」

「エルフの尺度で言えば、ようやく一人で服が着られるようになった頃ですね。それじゃあ、港で」

「うーい」


 俺は鴨のサンドイッチと酒瓶を手に、宿の外に出た。

 オージュ師匠は、湖に突き出した石の桟橋の突端に立っていた。


「さて、ミカドくん。怠りなく励んでいましたか?」

「えー? どうだろうな。だいぶダラダラしてたから」


 俺はにやついたまま、おおげさにため息をついた。


「その前に、師匠も鴨でよかった?」

「ええ、ありがとう」

 

 投げ渡した包みを、師匠は護岸に置いた。俺もそうした。


 数歩離れて、向かい合う。


「では、りましょうか」

「おっす」


 俺も師匠も、足を大きく開いて前傾し、左腕を前に突き出す構え。いつもは利き手の右手を前に出す殴撃重視の右前サウスポーだけど、格闘術を分かってる相手には左前オーソドックスの方がいい。伸ばした前手で縦深じゅうしんを取れるからだ。


 グールのガッシュ・イル・フーだの豪族のダン・パラークシだの、知らん相手への初見殺しは通用した。しかしさすがに、オージュ師匠相手となると自信ないな。十年ぐらいさぼってたし。


 まあ、勝っても負けても試合が終わればノーサイド。どのみち師弟のじゃれ合いだ。

 下が岩なの、めっちゃ気になるけど。


 じりじりと近寄って、軽く拳を打ち合わせる。

 さあ、いってみよう。

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