のんびり帰ろう、ニーニャさん
夜明けの帰路を、俺とニーニャは相乗りして進んでいた。俺の乗ってきた馬はノブローに貸したのだ。
そのノブローは、ジリー、ダンと打ち合わせをしてから帰るという。
というわけで、二人きりの道行きだった。
「ふわぁあああ……」
ニーニャは俺の胸にもたれ、大あくびした。
「寝てていいよ」
「いえ……ねむ……」
ニーニャは目をこすり、口をむにむにさせた。
豪族相手に国家転覆を誓った廃王女とは思えないな。
「ねむ……あ!」
「うわあ! なになになに、ニーニャさんなに? 忘れ物?」
「あああああ……」
ニーニャは青ざめた顔で俺を見上げた。
「あっあの、ミカドさん、えと……その、わたし、王がどうとか、共に戦うとか、なんか、その」
「言ってたねえ」
「それは、その、つまりですね、どういうことかと言いますと」
「知ってたよ」
「知ってたの!?」
俺は笑ってうなずいた。
「隠し部屋見ちゃったからね。あんな無造作に反帝国派からの手紙置いとくのやばいと思うよ」
「うごごごごごご」
うんうん、言うよねうごごごごごご。気持ちすごい分かる。
「知ってて、なんで……ストロースだからですか?」
「家は関係ないよ。廃嫡されたし俺。それ以前に子ども部屋おじさんだったし」
「じゃあ、どうして」
「なんでだろうねえ。まあ最初は成り行きだったんだけど」
「成り行きで!? 頭いかれてるんですか!?」
いやまあそう言われてもおかしくないのはそうなんだけど、本人に言われるのちょっと面白いよね。
「今、ニーニャさんの支えになれればと思ってるのは事実だよ」
「うごごごごごご」
「やばい橋渡るんだったら、どこにも利害のない戦闘要員が一人いるだけでも違うかなーと思って。無手のところに棒きれ一本拾ったぐらいの話だけど」
自己アピールが貧相すぎて哀しくなるな。同世代はとっくに当主の座を譲り受けて領地経営したりしてるのに、俺は今回、何人か張り飛ばしただけだ。
「そんなこと! ミカドさんは自己評価が低すぎます」
「そうかなあ、客観的じゃない? どこにも政治的繋がりはないし、ごりっごりのノンポリだし、できるの暴れまわることぐらいだし。それに、棒きれ一本でしかないけど、ニーニャさんなら棒きれなりの使い方を見出してくれるでしょ」
「んっぐ、ぐ、く、ぐぐぐぐ」
ニーニャは顔をまっかにして唸った。防御力が低すぎる。
これはあれかね、そろそろあれが出てくる頃合いかね。
「ざっ、ざーこ」
待ってました。
「ざこ、おじさん。流れ者。お金、も、人脈も、えと」
あれ? なんか歯切れ悪いね?
「………………ぷいす!」
ニーニャは罵倒を打ち切りそっぽを向いた。新しいパターンだ。飽きさせないねえ。
「寝ます! わたしは! ただちに! お屋敷まで!」
ニーニャは、俺の胸にぼすっと頭を叩きつけた。閉じたまぶたがぷるぷる震えてる。
「おやすみ、ニーニャさん」
「すぴー! すぴー!」
返事の代わりに、あまりにも露骨な寝てますアピールが飛んできた。
俺は笑って、馬をゆっくり歩かせた。
「……これから寝言を言います」
なんか、ニーニャがかつて聞いたことのないような前置きをした。
「腕、折れちゃいましたね。わたしのせいで」
目を閉じたまま手をふらふら動かして、添え木を当てた俺の腕に、指先でおずおずと触れた。
「これ自分で折ったんだよ。話したでしょニーニャさん」
「でも、わたしが」
「あれ、寝言じゃなかったっけ? なんか返事があるな」
「うごごごご……」
言うよねえ。
「平気平気。俺けっこう強いからさ。冬戦争では足の骨折れてんのに二十キロぐらい駆けずり回ったよ」
ニーニャは馬上でもぞもぞ動き回って、姿勢を反転させた。
で、俺の胴に腕を回した。
「……ごめんね」
「こんなことで謝らなくていいよ。ニーニャさんはこの先、いっぱい人を殺すんだろうからさ。敵も、味方も」
でも、と、俺はニーニャが何か口にするより早く言い添えた。
「ありがとね。心配してくれて」
ニーニャは何も言わず、俺の胸にほほをくっつけた。
それ以外になんにもやるべきことを思いつけない、みたいな感じで、俺を抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。
「いろいろ大変だろうけどさ、最後まで付き合うつもりだよ」
だから、今日はのんびり帰ろう、ニーニャさん。
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