参覲の触れ

参覲の触れ

参覲さんごんの触れ



 荘館のあっちこっちをうろついて、図書室の隠し部屋で俺はヴィータを見つけた。


「ヴィータさん、あの、これちょっと、なんとかしてほしいんだけど」

「んー?」


 めがねをかけて本を読んでいたヴィータが、顔を上げた。


「おじぴどした……やば! えーなにそれ! やば!」


 ぽっきり折れた俺の腕を見て、ヴィータは爆笑した。人の心がないな。


「なにおじぴー、折れてんじゃん。めっちゃ草なんだけど」

「いやほんとにね」


 ヴィータはけらけら笑いながら俺の腕を治してくれた。


「ありがと。あーいいね、すごい、なんだろうこう、痛いのも痒いのも熱いのも全部なくなった、わー、ありがと」


 あきらかに致命傷だったニーニャを即座に治したときも思ったけど、たいしたヒールの使い手だ。

 ヴィータは忍者ニンジャ巫覡フゲキ、ふたつのジョブのマスタリを持っているという。並ならぬ努力があったんだろう。


「なんで骨折ってんの? 無茶した?」

「したよ。俺じゃなくてニーニャさんが」

「あーね」


 苦笑して、ヴィータは本を閉じた。


「こっから先も無茶しかしないよ、姫ぴ」

「だろうね。どういうつもりか国をひっくり返そうとしてんだから」

「それな」


 けろっとした答えに、俺はやや目を丸くした。


「おじぴどした?」

「いや、なんか……こういう話のフり方したら、ニーニャさんの動機ぐらい話してくれるかと思って」

「考えてんじゃん、すごいね」

「そう? ありがと」

「ウチがここ来たときにはもうああだったし。だからさー、ほっとけねーなって思ったんだよね」


 俺はちょっと、考えてしまった。

 豪族を王権でねじ伏せながら、貧しいひとびとのために私財も命もぶん投げようとする。

 この矛盾は、どう説明したらいいだろう。

 

「おじぴ、怖くなってきた?」

「それは最初からだけど」

「うぁはははは! 言うじゃん!」


 いきなりクソザコ呼ばわりされてみなさいよ。意図が分からなすぎて本当に怖いから。


「怖いのは怖いけど、ちゃんと知りたいって方が強いかな」

「おー? なんだなんだー? 好きぴかー?」


 ヴィータがニヤニヤしながら言った。

 イジりながらも、値踏みするような目で俺を見てくる。探っているのだ。まあ仕方ない。全幅の信頼を置かれるようなこと、なんもしてないし。


「子ども部屋だからね、俺。ニーニャさんの」


 俺は言った。イジリには開き直りをぶつける、これが子ども部屋おじさんの対人技術だ。


 ヴィータはちょっときょとんとしたあと、


「ん、よき」


 にっこりしてうなずいた。納得してもらえたらしい。


「ヴィータ! ミカドさん! 見つけた!」


 当のニーニャが、隠し部屋に飛び込んできた。

 手には一通の、ぐっしゃぐしゃにされた封書が握られている。


「姫ぴどした?」

「来た……来たんですよ! うぎぎぎぎ!」


 なんか、歯を食いしばって足をどたばたさせている。


「がー!」


 ニーニャは丸めた封書を放り投げた。書架にぶつかってこっちに飛んできたので、キャッチする。


「ああもう、ぐちゃぐちゃじゃんニーニャさん」


 くっしゃくしゃの封筒を机の長辺で擦り、しわを伸ばしてから手紙を引っ張り出した。


「おっと。これは……」


 目を通し、俺はけっこうしっかり言葉を失った。


参覲さんごんれ。来たんですよ、ハンビット陛下から」


 ニーニャが言った。


「がー!」


 で、どたばたした。


「今こんなんやってんだ」

「おじぴ知らなかったの?」

「なんか年一ぐらいで父さんと兄ちゃんいないなーとは思ってた」

「……おじぴさー」


 ヴィータは絶句した。


「陛下は年に一回、国内の貴族を呼びつけるんですよ。そこで反帝国派の貴族にいやみを言ったり、昨日急に思いついたような臨時税を課したりするんです。それから、カルタン伯国の使者も来ますね。これまた臨時課税のために、あと、わたしたちの土下座を見るために」

「えー、めっちゃ悪趣味じゃんそれ。土下座? ほんとに?」

「しますよ。陛下の主目的です」

「すごいことさせてんねえ陛下」


 そりゃ封筒をくしゃくしゃにもするわな。


「来たもんはしゃーなしだね。今年はどうする? またウチといっしょに行く?」

「いえ、ヴィータとノブローには豪族との折衝をお願いしたいので……パールと」

「あ、俺行こうか?」


 軽い気持ちで口にしてみたら、ヴィータとニーニャが『ほんと分かってねーなこいつ』の顔をした。


「え、その顔えぐいんだけど。せめて口に出してよ」

「ほんと分かってませんねミカドさん」

「ほんと分かってないねーおじぴ」

「これはこれでしんどいな。いや、行ったら行ったでろくな目に遭わないんだろうなーとはちゃんと思ってるよ。廃王女が“尖風ミストラル”といっしょにいるの、なんか政治的にあれってんなら諦めるけど」


 ヴィータとニーニャは目線を交わして、なにやらうんうん頷きあった。


「良んじゃね? ウチらナメられてっからね、宮中貴族とかに」

「そうですね。親帝国派にとってはいい脅しでしょう」

「お、じゃあついてっていい感じ?」


 ニーニャは髪を一束つまんでくりくりした。


「あの……楽しいことはないですよ」

「だからでしょ。辛いことすこしでも減らすために、これまではヴィータさんもいっしょに行ってたんじゃない?」


 ヴィータはへらへらし、ニーニャは耳までまっかになった。


「むぎぎぎぎぎ……」


 むぎぎぎぎぎ?


「うごごごごごご」


 それは分かる。


 これはあれが出るパターンだね。

 待ってましたと言う他ない。


「んくくくくくっ♡ざーこ♡ざー……なんですかその顔。その、ふたりともなんか、好きなお菓子出てきたときみたいな」


 ニーニャは俺とヴィータを等分に睨んだ。


「俺らそんな顔してた?」

「してねーし」


 俺たちが空っとぼけると、ニーニャはみるみる不機嫌になっていった。


「もういいです! 分かりました! ヴィータ、旅程出しといてください! 寝ます!」


 ニーニャは隠し部屋を飛び出してから、


「しまった!」


 なんか室外でばかでかい声を出すと気まずそうに戻ってきて、


「ミカドさん、その……ありがとうございます」


 ぺこっと深く頭を下げた。


「ヴィータさんにいろいろ聞いとくよ。なるべくうすのろだなーって思われないように」

「はい、えと、あの……う、うれしいのは、本音ですから」

「そっか。ありがとね」

「うごごごごご……ううー!」


 ニーニャは顔を両手で覆い、ダッシュで消えていった。

 ヴィータと俺は、かなり呆気に取られたまま、とりあえず笑った。


「むずかしいお年頃だねえ、ニーニャさん」

「やーでも正解引いたと思うよおじぴ。姫ぴにはごり押しが一番通るし」

「あそう? それならいいんだけど」

「いよっし!」


 ヴィータは膝をぱんと叩き、書架から本を引っ張り出した。


「そんじゃおじぴ、宮中儀礼おぼえよっか! 時間ないぞー?」


 威嚇するようにめがねをくいくいしながらヴィータが言った。


「よろしくお願いします、ヴィータ先生」

「おけまるっ」

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