やっちゃったかなあ?

「わ、わしは、いやじゃ」


 ジリー・シッスイが、かちかち鳴って震える歯で親指の爪を噛みながら、ニーニャを睨んでいた。


「王家が……王家が、わしらをこんなにしたんじゃ! この地で相争って! 土地に塩を撒いて! 命を無意味に奪って! 勝ち負けが決まれば浮かれて帰って、わしらのことなど見向きもしなかった! そのっ、あああ! その責を、貧しさと飢え死にの責をわしらに取らせて、それは、おまえらが、おまえらがっ……!」


 ニーニャは顔を伏せ、瞑目した。


 ジリーはふらりと立ち上がった。警戒態勢を取ったミカドは、ニーニャが静かに首を振るのを見て、緊張を解いた。


「うぐうううう!」


 ジリーは両腕をがばっと持ち上げ、


「す、すまん! 皆の衆、すまんっ!」


 ニーニャに背を向けると、民に向かって土下座した。


「わしの、わしのわがままじゃ! どうしようもなくばかげた、完全なる身勝手じゃ! その身勝手で、皆の衆を飢えたままに置こうとしておる! それでもわしは、許せんのじゃ! おまえたちを棄てた王家のことが、どうしたって許せんのじゃあ!」


 額を荒れた地面にこすりつけ、ぼろぼろ涙をこぼしながら、ジリーは枯れた声で叫んだ。


「追い出してくれてかまわん……というか、そうしろ! 鉱山の権利などくれてやるから! 荘館も寄合所も畑もなにもかも、おまえたちにくれてやるから! わしのくだらん怨恨は、わしひとりで終わらせるから! おまえたちは、殿下のもとで生きて――」


 ぽんと、ジリーの肩に手が置かれた。


「ひっでえ顔だなあ、ジリー様」


 顔を上げたジリーを見下ろして、ヤコブは笑った。


「あんたねえ、そんなべしょべしょに泣くもんじゃないですよ、ジリー・シッスイなんだから。なあ、みんな。そうだろ?」

「ヤコブ……よせ、やめるんじゃ、わしは、わしひとりで」

「うっせーなクソジジイ。なあおい! ジリー様にここまで言わせてさあ! おれたち、この後ぬくぬく暮らせっかあ?」


 ヤコブの問いかけは、民の間を波のように寄せ返した。


「ばかもんが……」


 ジリーは頭を抱え、泣きながら震えた。

 

 粘りつくような期待の視線が、ニーニャから退いていった。ひとびとは呆れたような笑みを浮かべて立ち上がり、ジリーに寄り添った。


「ニーニャ殿下、ミカドきょう。来ていただいてほんっと嬉しくてありがたかったです。勇気もらいました。でも、申し訳ないですけど、うちんとこのあほがこう言うもんですから」


 ヤコブは片手を挙げ、朗らかに申し訳なさそうな顔をした。


「そう……ですか」


 ニーニャは打ちのめされたように呟いた。


「分かり、ました。みなさんがそう仰るのであれば、わっ、わたし、は、あなたがたのご決断を尊重します」


 民に背を向け、肩を震わせ、小さく鼻をすすった。


「ニーニャさん、いいの?」

「はい」

「そっか」


 ニーニャはミカドの腰に腕を回して、ぴったりくっついた。ミカドは手を持ち上げ、迷ったように動かしたあと、おそるおそるの手つきでニーニャの頭に触れた。


「まあその、俺、襲ってきたやつらに言い含めてはおくよ。またやったらひどいぞ、って。それぐらいはね」


 ミカドとニーニャは、坑道を後にした。無力だが決意に満ちたひとびとが、採掘場には残された。


「ほら、ジリー様。お顔を上げてくださいよ。あんたにしてはよくやりましたって、いや本当に」

「わし……」


 ジリーはぐしゃぐしゃの顔でヤコブを見上げた。


「わし……やっちゃったかなあ?」


 ヤコブは完全無欠に言葉を失い、


「ぶぁははははははは!」


 直後、爆笑しながら崩れ落ちた。


「やっちゃったかなあ……て、やっちゃったに決まってるでしょあんた! あんな小さい子に、なんの関係もねえ恨み節を叩きつけて! 畏れ多くも差し伸べていただいた手をひっぱたいて! 助けてもらったお礼も言わねえで! ぶぁははははは! あほだ、あんた本当にあほですよ!」

「あぶぶぶぶぶぶ!」


 尻もちをついたヤコブは、まなじりに浮かんだ涙を親指でぬぐった。


「あんたはねえ、ジリー・シッスイ。俺が生まれたときからずうっとこんなんだ。だれか死ぬたびぎゃあぎゃあ泣きわめいて、子どもが生まれるたびにやっぱりぎゃあぎゃあ泣きわめいて、豊作だろうと不作だろうとのたうちまわってるんですからね。放っておけませんよ」


 背中をヤコブにはたかれて、ジリーは恥辱に耳まで赤くした。


「ま、殿下に謝るぐらいのことはしましょうや。殿下と俺たちの貧乏とは、関わりのねえことでしょう」

「あぶぶぶぶぶ……」


 ジリーは親指の爪を噛んだ。


「こりゃだめだ。どうも参っちまうなあ」

「いえ、ジリーさんのお怒りは当然ですよ」

「やあ、こりゃサー・ノブロー。いらっしゃったんで」


 ノブローは苦笑いし、ヤコブの横に腰を下ろした。


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