ゴーダチーズとパンチェッタ

「ざーこ♡ざこ農奴♡」


 え、渾身の持ちネタここでもやるんだ。大丈夫? 相手は飢饉待ったなしの小作人だよ? スベらない?


「ねーえー、こーんなメスガキにぃー、土下座してまでごはん食べたいのぉー? だっさーい♡」


 俺はかなり高い緊張感で事の成り行きを見守った。今にもキレた村人が刺しに来るんじゃないかと想像して手汗がやばい。持ちネタとはいえ、言っていいこととやっていいタイミングってもんがあるんじゃないかな。

 

「ざこ農奴♡子どもも孫も小作人♡未来永劫ニーニャのおもちゃ♡かっこわるわるぅー♡おもしろすぎて草生えちゃう♡」


 ニーニャはくねくねしながらふにゃふにゃ声で罵倒をつづけた。多分まゆ毛がハの字になってるんだろう。

 村人はというと、平伏しながらブルブル震えていた。どういうブルブルだこれ。ブっ殺してやるのブルブルじゃないかな。


「おお……おお……! 姫殿下……!」「ニーニャ様のいつものやつ……! ありがてえ!」「寿命が伸びた!」


 高評価だった。

 異文化のコミュニケーションだ。


「んくくくっ! みんながいいこいいこでぇ、ニーニャはごきげんさんだからぁ、ざこ農奴のみんなにごはんあげちゃおっかなぁー? どうしよっかなぁー?」


 ニーニャは突如くねくねをぴたっと止め、電撃的に指揮杖を抜くと天高く掲げ、


直卒じきそつ抜窯ばつゆうっ!」


 威厳に満ちた声で、叫んだ。

 

 地鳴りが起こった。

 ときの声が上がった。

 木立から、バーレイ荷駄部隊の輜重車と荷運び人が飛び出してきた。


「バーレイ荷駄部隊! 行動開始ッ!」


 抜剣したパールが指示を出し、荷物がかたっぱしから展開されていく。


 耐火煉瓦が積まれてかまとなり、火がくべられた。


 棒が地面に打ち込まれ、棟木と垂木が並べられ、帆布がかぶせられ、天幕が出現した。


 天幕の下にテーブルが出され、兵士が陽気に歌いながら生地を捏ねはじめた。

 なんで生地って分かったかというと、


「ふるった小麦粉に粗びきのとうもろこし粉とぉー、清潔な水にあんずの酵母♡」


 このとおり、ニーニャが解説をはじめてくれたからだ。


「ゴーダチーズとグリュイエールチーズをたーっぷり使ってぇ、パンチェッタいーっぱい散らしてぇ、大蒜にんにくましましケッパーどさどさ、カラシナの葉っぱも乗っけちゃう! んくくくくっ♡」


 薄い円盤状に広げられた生地に、具材がたっぷり乗せられる。


「パンがなければぁ?」


 ニーニャがコールし、


「ピザを食べればいいじゃない!」


 村人がレスポンス。


 生地が耐火煉瓦の窯に放り込まれると、たちまち良い匂いがしはじめた。あーくそ、チーズが焼けてく匂いだ、むちゃくちゃ腹減ってきた。


「へい、一枚あがり!」


 髭もじゃのおじさんが、木のシャベルで窯からピザを取り出した。

 テーブルにどかんと置かれたピザを、バーレイ荷駄部隊の連中がぱっぱと切り分ける。


「整列! 縦隊!」


 パールの指示が飛び、村人が列を作る。

 切り分けたピザを配るのも、ニーニャだった。


「ご苦労様です、リッケンさん。よく耐えてくれましたね。賊と、戦いたかったでしょう。本当に、よくこらえてくれました」

「はい……姫殿下、儂は、儂は……」


 老いた村人は泣きながらピザを受け取り、泣きながらほおばり、


「あっうっまっ」


 泣きながら膝からすとーんと落ちた。

 飢えて絶望したところに、チーズの油とパンチェッタの塩気と生地の甘さが効きすぎたのだろう。


「エマ、シラス、熱いから気をつけてね。ちゃんとお母さんの言うことを聞いていい子にしてた?」

「してたよ! エマはねーバッタつかまえて怒られてた」

「シラスも水車乗ろうとしてたもん!」


 双子がわあーっと走っていって、もらったばかりのピザを母親にあげようとした。

 母親は泣きながら笑って、双子を抱きしめた。


「ルカ、あなたはとくにいっぱい食べなきゃだめですよ。赤ちゃんいるんですから」

「ええ、そりゃあ、ええ……ニーニャ様」


 葉っぱとチーズが多めに乗った一切れを手に、妊婦が泣いた。

 ニーニャは、突っ伏して泣く女の肩に、そっと手を置いた。


 俺とヴィータは、そんな様子をすこし離れたところで見ていた。


「まめだよねー、姫ぴ。初夏のピザ祭りだ」

「なるほど、食事パン興行サーカスか」

「そゆこと」


 ピザづくりがそのままパフォーマンスになっているのだ。こんなに合理的な人心掌握術もそうそうない。

 

「姫ぴが考えたんだよ。ウチは効率悪いと思うんだけど」

「そりゃね、私財で作った村を救うのに、私財どばどば放出してるしね」


 モッタ村の上げた利益が、この“ご行啓”一発で吹き飛ぶんじゃなかろうか。

 しかも、村人ひとりひとりの素性まで把握している。おそらくこの村一つのことではないだろう。


「いやなるほど、これはたしかに俗悪だ」

「ブラドー領の俗悪廃王女だし。重いっしょ?」

「重い?」

「おっとっとなんでもなし! ピザ食べよピザ。やばいよ」

「あー……そだね。食べるかぁ」

 

 俺たちは村人の列に混ざろうとし、


「ん?」

「おー?」


 二人同時に振り返った。


 草木を踏み分ける足音、荒い息遣い、体臭。

 それらが入り混じったもの。


 戦場の気配。

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