バーレイ荷駄部隊

 庭園に整列したのは、輜重隊しちょうたいだった。

 荷物を山盛りにした輜重車を牽く馬が十頭、たぶんストロース産の中型馬。

 荷運び人は二十人ほど。重い荷物を抱えている。


「バーレイ荷駄にだ部隊、参りました」


 輜重隊を指揮するのは、バーレイのとこのパールだ。


「ありがとう、パール。では――」


 白馬にまたがったニーニャは、鞍上あんじょうで指揮杖を抜いた。


「進軍開始」


 ニーニャが指示を出すと、ヴィータが信号喇叭クラリオンを吹き鳴らした。

 車輪が並木の石畳を噛み、がたがた揺れながら輜重車は進む。

 教本通りにできている。たいしたものだ。


「行ってらっしゃーい」


 俺は手を振り、ニーニャを見送った。

 するとニーニャが馬でこっちに駆け寄ってきた。


「なにをやってるんですか? ミカドさんも来るんですよ」

「え? そうなの?」


 このタイミングでブラドーから出ていくつもりだったんだけど。


「わたしの秘密、見ましたよね」

「あー」


 俺はあーって言った。

 なるほど、そういうことね。俗悪領地経営に一枚噛みたいなら、仕事をしろと。

 スジが通っていて反論のしようがない。

 あのときは最善の策だと思ったけど、俺またコミュニケーションを間違えてたんだな。

 いつも正解が分からん。


「分かった。んじゃ荷駄隊に就くよ」

「よろしくお願いします」


 ということで、俺は荷駄を率いるパールのところに向かった。


 並木道を抜けたバーレイ荷駄部隊は、丘とか岩のすきまを縫うように作られたしょぼい道をのろのろ進んでいた。

 パールはその先頭、鎧をがちゃがちゃ言わせながら元気よく歩いている。


「や、パールさん」

「うむ――あがっ!」


 パールは頷きかけてからぶっ飛んだ。


「かっ――みか……あがががっ」

「どーもね、ミカドです。荷駄の護衛に回るよ」

「それ……なっ……ん、ううんっ!」


 咳払いひとつ、パールはきりっとした表情を取り戻した。


「感謝する、ミカド・ストロース。バーレイ荷駄部隊は見ての通りの弱卒だ。私も含めてな。ミカド殿が護るにしては、寸足らずだろう」

「いやいやいや。このへんなんか物騒みたいだしね」

「食い詰めた野盗から積み荷を守るのに、救国の英雄を持ち出すなどと。父は私の首を刎ねるだろうな」


 まじめな人だ。

 たぶん『俺ただの子ども部屋おじさんっすよ』とか自己卑下したら、コミュニケーション失敗するんだろう。


「これ聞いていいのか分かんないけど、何があってここに来たの?」

「では、父の末路は知っていよう」

「まあ、おおむね」


 バーレイ家は国境付近にあって、カルタン伯国とよく戦った。戦後もばりばりの反帝国派として、あっちこっちで息巻いていた。

 まあ、目立ちすぎたんだな。そんで、カルタン伯国に目をつけられた。

 帝国が濫発する臨時課税だの、戦後補償金なる謎の徴収だので資産を吸い上げられ、借金まみれになってバーレイ家は潰れた。


「館も土地も小作人もむしり取られ、父は蒸発した」

「え、うそじゃん。フェーヴさん逃げちゃったの?」


 一人娘を残してばっくれやがったのか。なんかイメージ変わっちゃうな。


「私もあわや、奴隷の身の上となるところであった。しかし、ニーニャ殿下が債務を肩代わりしてくださったのだ」

「ニーニャさんが? へえ、なるほど。そりゃあ、恩義だね」

「うむ。私は殿下のお役に立ちたい一心で、離散した家臣団を再結集したのだ。我々はどんな仕事でもやってみせよう。死ねと命じられれば、躊躇なく死ぬつもりだ」


 俺はちょっと後ろを向いた。荷物を担いで歩く屈強な男どもは、もともとバーレイ家に仕えていたのか。


「そんなら、パールさんはニーニャさんの騎士ってことだね」


 ジョブもたぶんナイトだしね。


「そうありたいものだがな。断っている」

「なんでまた」

「これ以上、殿下の私財を私ごときに使っていいはずがない」

「あーそか。人一人騎士にするにも金かかるもんなあ」

「そういうことだ」


 騎士叙勲は課税対象で、王宮の重要な資金源だ。領主は名誉のために騎士団を持ちたいし、王宮は濡れ手に粟で儲けたい。利害は一致している。


「つまらない話を聞かせてしまったな」

「話してくれてありがとね」

「そう言っていただけるか、ミカド・ストロース」

 

 パールは苦笑を浮かべた。

 

「失礼。すこし後ろの様子を見て来たいのだが」

「いいよいいよ、行っといで。前は俺が見とく」

「感謝する、ミカド殿」


 鎧をがちゃがちゃ鳴らして、パールは去っていった。 


 人生、いろいろだ。

 敗戦国の貴族の人生も、また。


 パール・バーレイは没落し、もと家臣といっしょに荷物を運んでいる。

 ノブロー・コッデスは廃王女を領内に抱え、甲斐甲斐しくも毎日お茶を淹れている。

 ニーニャ・ブラドーはクーデターを企んでいる。

 そして俺は、子ども部屋おじさん改め廃嫡無職の住所不定。


 馬といっしょに平原を歩きながら、俺は自分の来し方行く末に思いを巡らせた。

 いやほんとどうなっちゃうんだろうね。

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