343.根源

 イカリくんが残してくれた手紙からは、イカリくんの辛かった気持ちが痛いほど伝わって来た。


 ごめん……。


 本当に……ごめんね……。


 ずっと僕を待っていてくれたのに……僕は君を助け出す事も出来ずに、ただ君がいなくなったと泣いてばかりだった……。


 何故君が生きていると信じ続ける事が出来なかったんだろう……。


 僕は……いつも後悔ばかりだ……。


 何が神の力だ。


 何が女神の力だ。


 人より優れた力?


 自分の大事な親友を助けられなかった僕に……こんな力を持つ資格なんて……。




【クロウくん……人が『魔石』を体内に取り込むと、それは『魔人』に近づく事になるわ。取り続けると、『魔人』と化してしまうの……『魔人』となった人は……永遠に痛みと悲しみを感じるとされているわ…………だから、君は彼を助け――】




「助けたものか! 元々は僕がっ!」


【……彼は最後に何て言ったの?】


「…………」


【今でも覚えているでしょう?】


「イカリくんは……っ…………最後に……ありがとうっ……て…………っ」


【『魔人化』によって無限に続く痛みから救われたのよ……あのまま生き続けていたとしても、無限に続く痛みをずっと耐えないといけないの……だから、ね? 彼を……ああしてしまったモノが悪いわ。クロウくんは悪くない。だから顔を上げて。泣いてばかりじゃ彼も浮かばれないわ。君には……君を想ってくれる人も沢山いる事を忘れないで】




 ごめんね……。


 本当に……ごめん……。


 僕を待ってくれている人達がいるから……僕は前に進まなくちゃ行けないから……。


 だから。


 行ってきます。


 許して貰えるかは分からないけど。


 これからも――――ずっと僕の親友でいてください。




 ◇




 クロウティアは腫れた目を拭い、憤怒の間を後にした。


 憤怒の間を抜けたクロウティアの前には、アリサ、セナ、ディアナ、レイラ、ヒメガミ、そしてソフィアが出迎えてくれた。


 真っ先にソフィアがクロウティアに抱き付いた。


 優しく抱いたクロウティアは、何も言わず、一筋の涙を流した。




 落ち着きを戻したクロウティアは正面を向いた。


 ――玉座。


 そこに座っている一人の人影。


 彼の『無』に近い視線が、クロウティアを向いた。


「ほぉ……アハトシュラインが敗れたか……」


「……それも予想済みだったんでしょう?」


「…………ああ」


「っ! じゃあ、どうして彼らを苦しめたんですか!!」


「…………苦しめた……か。それは違うな」


「っ!」


「我は彼らを苦しみからってあげたに過ぎない」


「痛めつけて救うっておかしいでしょう!!」


「ふむ、ではお前に取って『痛み』とはなんだ?」


 何もない虚空のような瞳。


 人影の言葉にも虚しさが伝わっていた。


「人と繋がりを断つ……それが僕が思う『痛み』です」


 人影は目を瞑り、何かを考える。


 そして、目を開け、続けた。


「人の感情そのものが『痛み』ではないのかね? 感情さえなければ……人は、『痛み』など感じずとも生きていける」


「そんな事はない! 辛い事も、悲しい事も、虚しい事も、全て……人と繋がりがあれば、『痛み』を感じる事さえない……私達はそうやって『絆』を繋いできたんです!」


「だが、人類の全ての者がそうは出来まい。現に、地上の民の全員が恐怖し、震え、来るかも分からぬ明日に怯えているではないか」


「……確かにそうかもしれない。でもそれは……貴方がこういう事を起こすから! 最初からこうしなければ、人々が怯える事もなかったはずです!」


「我は人の『負の感情』で生まれし魔王。我が存在している時点で、人の『負』は肯定される。我が戦争を起こしたのではない。人が、その心の弱さの中にいる『不安』から、滅びを願っているのだ」


「そんなはずはない! ここにいる僕達も、僕達が知っている人達も、みんな明日に向かって精一杯生きています! 確かに……貴方の言う通り、何が訪れるかも分からない明日が怖い日だってあります。それでも……それでも僕達は明日に希望を繋ぎたいから! こうして、自らの足で明日に進んでます! 僕が知っている多くの人は、決して希望を捨ててなどない! 貴方がどれくらい世界を陥れようと、僕が、僕達が必ず止めてみせる!」


「くっくっくっ、女神の因子を継ぎし神の子よ。お前も我も人々の『願い』そのものだ。お前が存在しているなら、その対極に必ず我も存在している。そうやって人々は永遠に終わらない戦いを続けるのだ」


「…………いえ、我々の戦いはここまでです。だって、貴方は…………」


 クロウティアは一つ大きく息を吸い込み吐いた。


 そして、続けた。




「貴方は、私を二度も助けてくださったのですから。ディグニティ様」

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