243.最後のライブ

 最後の祭りとなった十八回目のアカバネ祭。


 『ライブ』と『アカコレ』などのイベントはなくならないが、祭りはこれで最後となった。


 そんな最後のアカバネ祭だが、最後の最後にとても大きな事件が起きた。


 アカバネ祭の最後の恒例の『ライブ』が終わり、『アンコール』も二回が終わった。


 ステージに参加者全員が並び、観客に挨拶をする。


 いつもの光景だった。


 見ている観客はこの光景が最後かも知れないと涙を流す者も多くいた。



 挨拶が終わり、両端から一人、また一人、ステージを降りていった。


 そして、最後にナターシャが一人だけステージ上に残る。


 ナターシャは一歩前に出ると、右手人差し指を唇に当てた。


 それを見た観客達が一斉に静かになった。



「今まで『アカバネ祭のライブ』を愛してくださった多くの方に感謝申し上げます」


 言葉で深々と顔を下げた。


 観客は暖かな拍手を送った。


 顔を上げたナターシャは一つ大きく深呼吸をした。


「実は、私事で皆様に発表があります!」


 観客達がざわついた。


「実は……この『ライブ』を持ちまして、わたくしナターシャは――――表舞台の『ライブ』から――――引退させて頂きます!!!」


 その言葉に、これまでに声援を送っていた観客達から悲鳴が上がった。


 今までの『ライブ』を作って来たナターシャ。


 数多くの人々を楽しませ、『ライブ』というイベントを広めたナターシャだからこそ、これ程までに多くの人から愛されていたのだ。


 観客の悲鳴を聞いていたナターシャは一筋の涙を流しながら、また右手人差し指を唇に当てた。


 再度、広場に静寂が訪れた。


 ――――そして、ナターシャは自分の左手を空高く挙げた。






「わたくしナターシャ――――これまでずっと憧れていた方と……結婚する事が決まりました! これからは――表舞台ではなく裏方として、多くの新しい『アイドル』達を――――」







 言葉を詰まらせるナターシャに、観客からは惜しみない拍手と共に、「おめでとう!!」や「これまでありがとう!!」の声援が上った。


「私! 今、とても幸せだから! この幸せを独り占めしたくないの! ――――次世代の、新しい、アイドル、と、一緒に――――」


 そして、ナターシャは言葉が言えず、ステージ上で号泣した。



 今まで『ライブ』を牽引けんいんしてきたナターシャだからこそ、『ライブ』想いも深く、そして、誰よりもこのステージを愛していた。


 だから、このステージに自分しか立てない現状が、これ以上続くと良くないと考えたのだ。


 人はいずれ歳を取り、子供達が大人になり、社会の主軸となる。


 いつの時代もそう。


 此度の戦争で、権力にしがみついた教皇を見た多くの者達は、その危険性を知った。



 自分が、この『ライブ』に居座れば居座る程、『ライブ』はこれ以上に成長しない。


 世界は大改革の真っただ中、自分の所為で大好きな『ライブ』が廃る事だけは、絶対にしたくなかった。


 そんなナターシャだからこその想いに、ステージ上で言葉も出来ない程、泣いてしまった。


 それを見ている観客達も、その事はしっかり伝わっていた。




 ◇




 ◆十三度目アカバネ祭の直後の貿易街ホルデニア◆


 二年前開催された十三度目のアカバネ祭が終わり、数日後の夜。


 恋人達の聖地の一つになっているホルデニア街の公園に美しい女と男の姿がいた。


「本日は……このような場所にお越しくださり、ありがとうございます」


「いいえ、先日の『約束』通りに来ましたから」


 嬉しそうな男に比べて、女はあまりそういうではないように見える。


「僕は、貴方に数々の……いや、数えきれない悪事をしてしまった――――ですが、貴方様に救われたあの日から、僕は変わりました」


「ええ、貴方はとても変わりましたわ。以前の面影なんて一切ありませんもの」


 その言葉を聞いた男は、嬉くなった。


 今、目の前にいる女性は、今の自分の最も夢に近い女性なのだから。


 そんな女性が自分の事を――再度、見てくれたのは、とても嬉しい事だろう。


 そして、男はとある小さな箱を取り出した。


 その箱を開けると、そこには真っ赤に光る美しい指輪があった。


「どうか、僕と――――結婚してください! 確かに僕は昔、貴方様に酷い仕打ちをしてきた……でも、人は変われると、貴方様に教えて頂き、僕は生まれ変わりました。どうか、僕の奥さんになってください!」


 誰から見ても、羨ましむ程の男から、とびっきり美しい指輪でのプロポーズ。


 誰もが憧れているものだろう。


 しかし、女は悲しい表情で、男が開いた指輪を取らず、その箱をそっと閉めてあげた。


「ごめんなさい。貴方は確かに生まれ変わりました。とても素敵な男性になりましたわ。それは私にとっても、とても嬉しい事です」


「なっ……なら何故!」


 男に女は首を横に振った。


「私は今の立場から転げ落ちようとも、人々から指を指されようとも――――誰からも見向きもされない程……歳を取ったとしても――――生涯、一人の男性しか愛せません。私は……彼に受け入れられ貰えなくても、彼を永遠に愛します。だから、折角生まれ変わった貴方の告白も、とても嬉しいのだけれど……私は受ける事が出来ません」


「ですが……貴方が好きな彼は…………」


 男が悔しそうに呟いた。


「ええ、それでも、です。彼は私の事なんて、女としても見ていないでしょう……なにせ、歳も沢山離れてしまっていますから……それでも…………」


 女の瞳から決心を垣間見た男は――。











「分かりました……変わりに、僕はこの街を……貴方が生まれたこの街を、生涯掛けて守ります」


 それは――――親に見放され悪事に手を染めた男が、自分の手で痛めつけた女性から人は変われる事を教わり、生まれ変わった一人の領主の物語だ。

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