123.稽古の被害

 ◆セレナディア・エクシア◆


 弟が久しぶりに稽古がしたいと言い出した。


 寧ろ自分から稽古がしたいと言い出したのって、初めての事なのではないだろうか。


 そして稽古が始まると、いつもの『闇の手』は使わなかった。


 もうそれだけで、嫌な予感しかしなかった。


 そして、私の予感が的中した。



 先ず、魔法で私達を一度引かせた弟は、「神々の楽園!!」と唱えた。


 初めて聞く魔法名だった。


 そこから弟の身体から淡い赤色の光が漏れ出すと同時に、息すら出来なくなりそうな威圧感を放った。


 その威圧によって、周辺の建物ごと揺れているようだった。


 実際地震が起きた訳ではない。


 だけど……地震が起きてると錯覚するような、鋭く冷たい殺気に似たそれを私の肌が感じていた。


 隣にいるディアナも同じようで、耳と尻尾が戦闘態勢に入っている。


 私達二人は今まで相手していたどの相手よりも集中した。


 一瞬目を離したら、殺されるかも知れないと言う恐怖心が私達を襲っていたから――――。



 そして、弟がほんの僅かに動いた。


 ように見えた。


 いや、見えなかった。


 そこから何が起こったのか何も見えなかった。


 気づいた時には既に私達は訓練場の壁に埋もれていた。



 ―――、何が起きたの?


 痛みは全くないんだけど、身体が動かない。





「はいっ! 二人共ありがとう!」


 その声でやっと我に返った私達は現状が見えた。


 あれ? さっきまで立っていた場所から、いつの間に訓練所の端にある壁に埋もれていたんだろう?


「今日は今まで怖くて使えなかった魔法を使ってみたの! これ僕だけじゃなくて皆にも掛けてあげれるから、時々練習したいんだ」


 何でもないように話す弟。


「えっと……、クロウ? 今何が起きたのか教えてくれる?」


「うん? あ~神々の楽園って魔法はステータスを大幅に上げてくれるの、これで身体能力を限界まで上げてみたら、物凄く早くなれたみたい!」


 え……? ものすごく早く……ってものすごくの言葉ですら表現出来ないくらい早くなっていたよね?


「それで、もし良かったらお姉ちゃんとディアナにもこの魔法使って見ていいかな?」


 弟がまたとんでもない事を提案してきた。




 ◇




 そして、私達は弟の魔法『神々の楽園アヴァロン』を試す事となった。


「クロウ様、先ずは私からお願いします」


「あれ? ディアナから? 珍しいね」


「はい、先程の魔法ですが……凄い威圧感を感じました。もしかしたら掛けられた方にも何か・・があっては遅いと思います。ですのでセレナ様ではなく私から先に試してください」


「ええええ!? ……実験したい訳ではないんだけど……僕自身は全然威圧感を感じなかったけど、そんなに凄かったの?」


「はい、今までで感じた事もない程に……」


「う~ん、分かった。ディアナには悪いけど、掛けさせて貰うよ?」


「はい! お願いします!」


 私は、弟とディアナちゃんを見ていた。


 本当は『剣聖』となり、学園で一年間必死に稽古や勉強もして来たつもりなのに――。


 ――――手も足も出なかった。


 ちょっと放心状態になっていた。



神々の楽園アヴァロン!!」


 と弟の声でディアナの身体が赤く光った。


 ――その瞬間。


「きゃあああああああああ」


 光と共にディアナちゃんが叫んだ。


「えええ!? ちょっと!? か、か、解除!!」


 急いで駆けつけた時、既にディアナちゃんは気絶していた。


「――ッ!? 『エリクサー』『ソーマ』!」


 弟は慌てて欠損すら回復するあの魔法を使った。


 ディアナちゃんの顔色が良くなった。


 弟が凄く慌てている。


「こら! クロウ! 慌ててないで、ディアナちゃんを二階のベッドに運ぶよ!」


「え!? あっ! うん! ごめん! 姉ちゃんありがと!!」


 ふふっ……こういう慌ててる時の弟って本当に可愛いわ。




 それから私達は、急いでディアナちゃんを、二階の休憩室にあるベッドに運んだ。


「はぁ………ディアナ……ごめん……」


 弟がものすごく落ち込んでいた。


「ねぇ、クロウ? ディアナちゃんの予想……悪い方に当たったね」


「うん……、やっぱり僕……」


「でも、ディアナちゃんがいなかったら分からなかったのよね、その魔法がどんなモノか」


 弟は少し頷いた。


「だから、今回ディアナちゃんが受けてくれたからには……、その魔法、ちゃんと完成させよう」


 弟は不安そうに頷いた。




 ◇




 ディアナちゃんが起きるのを待っていると、校長先生が尋ねて来た。


 校長先生でも『ロード』クラス棟には勝手に入って来れないので、アリサちゃんにお願いして呼びにきてくれた。


「校長先生、わざわざどうしました?」


「あああああの……セレナディア様…………、先程『ロード』クラス棟から……物凄い殺気が……それで……申しにくいのですが……生徒達に被害がですね……」


 あぁ――あの殺気・・にも似た威圧感が、他の棟まで響いたのね……。


「あ……ごめんなさい、クロウティアと稽古してて、熱が入り過ぎて、遂やり過ぎてしまいました」


「そそそそうでしたか……はい、そういう事でしたら……かしこまりました、その……」


「これからは気を付けるようにします!」


「は……はあ、ありがとうございます。では宜しくお願いします」


 そう伝えると校長先生が帰って行った。


 生徒達にもちゃんと伝えるそうだ。


「セレナさん? 一体何があったんですか?」


「アリサちゃん、えっとね……クロウが試したい魔法があるからって使ったら……その……物凄い威圧感が……」


「あぁ……くろにぃがまた何かやらかしてるんですね」


「そうなのよ……今度はそれをディアナちゃんに掛けたら気絶してしまって」


「え!? ディアナちゃんは大丈夫ですか!?」


「うん、取り敢えずはまだ寝込んでいるけど、大丈夫だと思う」


 私とアリサちゃんは寝込んでいるディアナちゃんの元へ向かった。

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