第6話 希望

 ◆セレナディア・エクシア◆


 あの日お父様が叫んでから、私達を見た弟は体を丸めた。


 それが何を意味するのか、その時の私には分からなかった。


 ただ、お父様とお母様と弟を見て一つだけ分かった事がある。


 クロウティアは私達を恐れている。


 私達だけじゃない、全ての人を恐れているんだと。


 その時の事は良く覚えていない。無我夢中だったから。


 ただ、一つだけ覚えている事がある。



 「だいじょうぶ大丈夫! あたしはくろうてーあのおねーちゃんだから! あたしがくろうてーあをまもるの! だからくろうてーあはこわがらなくていいの! ぜんぶおねーちゃんがまもってあげるんだから!」




 ◇




 怖かった。


 またお父さんに殴られる。そう思うだけで怖くなって体も動いてくれなくなった。


 しかし、そんな俺に暖かな何かが触れてきた。




「大丈夫! あたしはくろうてーあのお姉ちゃんだから! あたしがくろうてーあを守るの! だからくろうてーあは怖がらなくていいの! 全部お姉ちゃんが守ってあげるんだから!」




 そしてまた一つ二つと温かな何かが触れてきた。


 そこに恐怖など全くなく、温かさ感じられた。



 あぁ…………お母さん………………あの時、家を出ていく前のお母さんが俺を優しく抱きしめてくれた。


 あのときは心から温かく、今もあの時と同じ温もりを感じる。


 俺はその温もりに安心し、生まれて初めて安心して眠る事が出来た。




 ◇




 ◆アグウス・エクシア◆


 私達は三人で息子を抱きしめる。


 セレナディアのおかげで何とかクロウティアの心に触れられた気がする。


 抱き合って少しして、クロウティアは静かに眠りに付いた。


 今まで寝息一つ立てず、死んだように眠っていた息子が、初めて寝息を立てながら眠っている。



 我ながら…………親失格だろう。


 兄二人は普通に育ってくれた。


 元気に生まれ、元気に走り、今は『剣士』まで開花している。


 でもクロウティアは元気に生まれた訳じゃなかった。


 元気に走り回っていた訳じゃない。


 何故その時に気づいてあげる事が出来なかったのか。


 何故声を出さないのを病気だと断定してしまったのか。


 何故歩けないのを病気だと断定しまったのか。


 私は最低の父親だ………………だが、たった一人の父親だ。クロウティアをこれ以上裏切る訳にはいかない。


 これからクロウティア達にとって素晴らしい父親になるように頑張って行かなくてはならない。


 そう誓った。




 ◇




 ◆フローラ・エクシア◆


 今私の腕の中には2歳になる三男が眠っている。


 初めて聞く寝息の音。


 私、多分人生の全ての涙を流してしまったんじゃないかしら…………。


 だから、もう泣くのは今日まで。


 これからはクロウティア達の良き母親にならなくちゃね。


 眠っている息子をベッドに運んだ。


 息子の部屋ではメイド達が大慌て。


 息子がまさか自力で歩けると誰一人予想していなかったからね。



 その後も大変だった。


 クロウティアの世話を任せていたメイドのリーナが、死んでお詫びしますって包丁で腹を刺すところだった。


「リーナ、貴方が今日までどれだけ良く頑張ってくれたかくらい分かっているわ。だからこれは命令じゃなく、お願いなの。今日私達はようやくクロウティアの心に触れる事が出来たわ。だからこれからが大事なの!

 私達がいくら過去を悔やんでも過去のクロウティアには何も出来ないのだから、これからのクロウティアを守って欲しい。今までクロウティアを一番世話してくれたのは他でもないリーナなのだからね」


 それでようやくリーナも死ぬなんて言わなくなり、目を光らせ「私の死ぬ気が足りませんでした! これからはもっと死ぬ気で坊ちゃまのお世話をさせて頂きます!」と話した。


 今日、夫と私とセレナディアとリーナの四人はクロウティアを護ると誓った日となった。

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