第5話 魂の記憶

 よし、お父さんの書斎へ入ることが出来た。


 魔法の本はどこだろう?


 何となく表紙に魔法っぽいモノが描かれている本を選んで開けてみる。


 文字は全く読めないけど、魔法っぽいことが書いてる気がする。



 - スキル『文字理解(読)』を獲得しました。-



 《天の声》さんの声が聞こえ、いきなり字が読めるようになった。


 どうやらこの本は魔法の本で間違いなかったみたいだ。


 初めての本だけど、前世でも本が大好きだった。


 そもそも家に本が無かったので読めなかったけど、いじめられていた学校ではよく図書館で本を読んでいた。


 あの頃は図書館でよく妹と一緒に本を読んでいたね…………。


 リサ………………この世界のどこかにいるのなら、必ず探し出す。そして…………謝らせて欲しい。弱かった兄を…………。


 思い出に耽っていると、後ろで大きな音が鳴り響く。


 前世の思いに耽っていて、足音に気づかなかったのだ。


「――――ッ!? クロウ!?」


 振り向いたら、そこにはお父さんとお母さんが見える。


 とても驚いた顔でこちらを見ていた。


 しかしお父さんは怒ったような表情で大きな声をあげている。


「あ……あぅ…………あ……」


 お父さん……大きな声…………怒鳴る声…………。


「ご……ごべん……なさい…………」


 怖い怖い怖い、また殴られる。


 俺は無意識にいつもの体勢を取っていた。


 身体を丸めて両手も耳に当てて、息の音すらたてないように息をひそめて。


 暫く殴られていないからと、俺はなんて馬鹿なのだ…………また・・勘違いをしてしまった。


 いつもベッドの上で寝ていたから殴られていなかっただけだ………………ごめんなさいお父さん…………良い子になるから…………。




 ◇




 ◆アグウス・エクシア◆


 今日は親友が遊びに来てくれた。次男デイブリッドの職能開花の祝い品を持って来てくれたのだ。


 この親友、多忙すぎるのにわざわざ来てくれて、良い親友を持ったものだと嬉しくなる。


 親友は多忙すぎて祝い品だけ渡して颯爽と帰っていった。


 まあ、せっかくならゆっくりして行って欲しかったのだが。


 丁度親友が帰ったところに長女のセレナディアが急ぎ足でやって来た。また屋敷を冒険して新しい部屋でも見つけたのか?


 だが、セレナの口から放たれた言葉は私も妻も想像だにしなかった言葉だった。







おとうさまお父様! おかあさまお母様! くろうてーあがおとうさまお父様へや部屋にいるの!」






 最初その言葉を聞いた時、僕とフローラは瞬時に理解する事が出来なかった。


 あの息子が私の部屋に? どうやって? 未だ歩けず、声も出せないあの子が?


 ぼうぜん茫然としながらフローラと顔を合わせる。お互いに信じられないくらい酷く驚いた顔だ。


「あ、貴方! 急いで行きましょう!」


「あ、あぁ! い、急ごう!」


 私はセレナディアを抱き上げ、自分の書斎へ急いだ。


 あの子が、クロウティアが歩けたのなら、なんて素晴らしい日なのだ!


 あまりの嬉しさに階段を踏み外すところだった。



 書斎に着いた私達の前には、本を懸命に読んでいるクロウティアの姿があった。


 本当なんだな! あのクロウティアが歩けるようになったのか! 心の底から嬉しかった!


 あまりの嬉しさに咄嗟に大声を上げてしまった。そう、叫んでしまったのだ。



「――――ッ!? クロウ!?」



 そしてこちらに振り向いたクロウティアは――――――相変わらずの無表情だった。


 しかし、そこからさらに想像もしなかったことが起きる。








 「あ……あぅ…………あ……ご……ごべん……なさい…………」









 そう言いながら息子は丸まって両手を耳に当てた。


 あの仕草、とても見覚えがある仕草だった。


 いや、知らないはずもない。


 それは、奴隷・・が虐待されるときによくする仕草だった。




 ◇




 ◆フローラ・エクシア◆


 私達に長女から信じられないくらい嬉しい知らせが届いて、私達は言われた通り、夫の書斎に来ていた。


 あのクロウティアが自力で歩けるようになったなんて、こんなに嬉しい事はないわ。



 けれど、そこで待っていたのは、私達の幸せは無かった。




「あ……あぅ…………あ……ご……ごべん……なさい…………」




 丸まって両手を耳に当てる息子を見て、私は直感した。


 クロウティアは元々声が出せず動けないんじゃない。




 私達が怖かったからなのだと。




 時折、前世の記憶を断片的に、しかし鮮明に覚えている人がいる。


 魂にまで刻まれた記憶と言われ、魂の記憶フラッシュバックと呼ばれている。


 その記憶は幸せな記憶がある場合もあるが、大半が不幸・・な記憶だ……。


 その中でもっとも多いとされているのは、虐待奴隷の魂の記憶フラッシュバックと言われているわ。


 どうして私達は魂の記憶フラッシュバックの可能性を考えていなかったのか。


 どうして我が子を愛すると言いながら、心の奥を見ようとしていなかったのか。




 気づいたら旦那様と一緒に私達はクロウティアの前で崩れ落ちていた。


 気づいてあげれなくてごめんね…………辛かったよね……怖かったよね…………。


 でも気づいてあげられなかった私達が、クロウティアにかけられる言葉などあるわけもない…………。


 目の前に涙も流せず、声も出せず、震えることも出来ず、ただひたすら耐えるだけ。


 そんな息子の姿を見て、どうしたらいいのか分からず、私達もただただ涙を流すことしか出来なかった。

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