will
@aboutkdyla_
第1話
仄暗い部屋に窓はひとつだけで、小さいガラスが音を立てて揺れている。窓の外にはミサイルが飛んでいて、外の世界は危ないと育てられた幼い頃を思い出した。ゆりかごを揺らす手がひどく青白く、血管が浮き出ていたことばかり覚えている。ぼくはいつだって愛に満ちているようで、ひとりだった。
ぼくがこの部屋から出ることはない。ドアがぼくの意志で開くことはない。大人はぼくを閉じ込めているわけではないと、危険から守っているだけだというけど、閉じ込められていようが、ぼくが自分で外に出ることをやめようが、そんなのなんだってよかった。ぼくの興味はそんなところになかった。この部屋の、薄汚れたベッドの端で膝を抱え窓枠の左下を見つめながら終わっていく一日を憎んではいなかったからだ。 ぼくが知りたいのは、秋の風の淋しさとか、神様のいない教会とか。
ぼくに意志などもとからなかったのだと気付いたのは、大人が顔のない女の子を連れてきたときだ。小さな手を大きな青白い手に引かれてやってきたぼくより幼い彼女はウィルと名付けられ、ぼくと同じようにこの部屋で息をした。ウィルは変わらない毎日に疲弊していたようだった。秋風が淋しいかは、今年も知らないままだ。ぼくは、爪を噛んだり、かさぶたをはがしたりしている。
ある日ウィルがいなくなった。数日後、顔も体もぼろぼろになったウィルが大人に引き摺られるようにして帰ってきたのには驚いた。ウィルはどうやら血眼で大人に探され、むりやり引き戻されたようだった。あちこちに傷を負い、体をふるわせていた。ウィルには顔がないから、泣くことができないことを知った。どうしてこんなことをしたのか、なんて聞かなかった。彼女には意志があったからだ。ここから出たいという、確固たる意志。ぼくとはまるでちがった。意志がある者に理由を聞くなんて野暮だと思った。ここから抜け出すことはウィルにとっては生の直喩で、ぼくにとっては死の隠喩なのかもしれない。
ウィルとは、話すことすらなくなっていた。窓からちらつく雪が見え始めたころ、ウィルはもう一度いなくなった。今度は大人が血相を変えて探しに行くこともなくそのまま、ウィルなんて最初からいなかったかのように冬を越した。春になっても何も変わらなかった。ぼくは、気持ち悪い、と思った。
ウィルが死んだのか、逃げ切ったのか、はたまた蒸発するように消えたのかぼくには知る由もなかった。知らないのは怖いということを知った。自分が無機質で形の掴めない気体になったみたいに、平衡感覚がくずれている。時間をかけて向き合ったところで、穴は穴でしかなく、そこから何かを汲み取り理解することはできなかった。
これはおとぎ話ではない。苦しみも悲しみもカタルシスもそこには存在しない、現実。
ウィル。意志。
ぼくはこれから、身に覚えのない懺悔をしながら息をするのかもしれない。まっすぐ歩けるようになるころには、ぼくも意志を持つのだろうか。
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