第13話 現実に踊らされて 

 配られた菓子パンを急いで食べる5人。

水分無く、口の中がパサパサになったが、5人の心は晴れ渡っていた


 そして、ダンスレッスンは始まった。


まずは、アイソレーション。講師が何種類かのアイソレーションを実践する。

首、肩、胸、腰。トラップミュージックに合わせてリズムをとる。


 予想以上に、朱莉はこなしていた。地味な振り付けではあるが、経験者としての実力が分かる所作であった。首、肩、は前後左右にスムーズな動き。胸の動きの際には、若く小ぶりな実が春日Pの目を奪った。春日の目つきを見て若林は呆れるが、朱莉のダンスはHIPHOPを習っていたにふさわしいものであった。


 あいかと真緒はここでも苦戦する。華奢な体には似つかわしいふくらみは、ぎこちない二人とは対照的に激しく躍動感があった。

 「おー」と感嘆の声を上げる春日を横に心配そうに若林は見つめていた。


 優美と智恵は、練習につれコツを掴んでいった。時間が経つにつれ朱莉に近い所作を再現しつつあった。ただ、春日が優美の胸や、智恵の大きな尻に刮目する様子は若林の不安をだんだん募らせるのは変わらなかった。


 「はー。疲れたー」あいかはレッスン後うなだれるようにフロアに横たわった。

ダンス経験者の朱莉や、日頃から練習を重ねていた智恵にとってはそこまでの疲労感はなかったが、優美、あいか真緒にとっては慣れない動きばかりで、普段動かさないような筋肉を動かすことに二人とは対照的に疲労感を感じていた。


 「よし、ここからは自主練だ!」そう気合を入れるあいかは優美を見て確認をとる。優美だけではない。他3名もあいかの気合に相乗りした。


 経験者の朱莉を指導者としてアイソレーションからダンスの基本動作を指導してもらい、自主練に励む。

数時間でそこまで皆がうまくなるわけではない。

しかし、この集中力を切らさない数時間は5人に自信とやる気を植え付けた。

ダンスが終わると、今度は歌唱の練習も行う。先程まで指導者側であった朱莉にとって苦手分野ではあったが、5人で足並みを揃えて行う練習に充実感を得ていた。

今日1日の挫折は5人の結束力と活力を高めた。


夕食を終えた後も5人はスタジオが閉まる時間まで自主練を行った。

時間が許す限り、できる限りの事をしようと5人は必死だった。

若林はそんな5人を気付かれないように物陰に隠れて、鑑賞していた。

この5人を選んだのは間違いじゃなかったのかもしれない。春日の采配も若林には意味あるものだと改めて認識させられていた。


スタジオが閉まる時間になると、若林は5人に声を掛ける。

「お疲れ様。自主練はいいけど明日以降もまだあるからじっくり休憩撮ってね」

5人は爽やかに「はい」と返事をすると、後片付けをするとスタジオを後にする。

そんな5人をに送った後、若林も宿舎に戻る。同室の春日の部屋に5人の頑張りを伝えよう。胸をたぎらせて入出する若林。春日はモニターを見ていた。

春日は今日のダンスレッスンの様子をにやけ面で食い入るように鑑賞していた。

一瞬、頭に血が上った若林だが、一呼吸おいて冷静になる。

若林から帰ったことを伝えると、突然話しかけられて椅子から飛び跳ねた。

まるで思春期の中学生が親に隠れてアダルトビデオを見ているような風景であった。

「5人ともこんな時間まで自主練してたんですよ」呆れた声で春日に話しかける。

「あー。そうですか」と味気なく返答するともう一度ヘッドフォンを装着する。

「そんだけっすか!?」若林は若干怒りのこもった声で春日に詰め寄る。

詰め寄られた春日は拍子抜けした様子であったが、上がる心拍数を抑えて

「どんだけ練習したってお客は求めてないんすよ」春日は淡々とした口ぶりだった。

5人の頑張りに感化されていた若林は冷静にはいられなかった。右手の拳はいつも以上に力がかかっていた。

「お客さんに見せるのはあくまでのためのもの。どんなに練習しなかろうが本番でお客を満足させられれば合格。」

そしてこう続ける。

「逆に寝る間を惜しんで練習しようが本番で満足させられるものになければ不合格。若林さん!僕らはそんな世界で戦っているはずでは?」少し強い口調の春日の言葉を聞いて若林は少し冷静になった。

「この子たちはプロのアイドルになりたくて来たはずです。それ相応の覚悟を今後叩き込まなければならない。私たちが彼女の努力だけで評価するのは育てるプロとしてどうなんでしょう」こう言い放った後、少し後ろめたい気持ちになったのか春日は固まる。

若林も本来の自分の役割を再認識した。俺たちはこの子の家族でも、友人でもない。またファンでもない。あくまで彼女たちを商品にする。言葉でまとめたこの理論は若い青年にとっては現実を突きつけられる。

「お疲れ様です」若林は風呂の用意をして浴室に向かう。

シャワーを浴びながら、自分の幼さやプロとしての自覚を問い始める。


自分はどうするべきなのか。どうしたいのかを

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