第12話 菓子パン

 優美は負けず嫌いだった。

 「優美ちゃんちょっと待って!ご飯は?」慌てて追ってきた智恵が息を切らせながら訪ねる。

 「後で軽く何か食べるので大丈夫です」そういうと、レッスンで講師から指摘されたことを振り返り、自主練を始める。

真剣な様子で、智恵が近くにいることに構いもしないで声出しを始めた。


これだったのかもしれない


 智恵はこれまでたくさんのオーディションを受けてきた。

初めて受けたオーディションは14歳の頃だ。まだ、発足前であったグループの応募を雑誌で見た。

智恵は必死に練習したがそのオーディションには落ちた。

悔しかったが、夢を諦められなかった。


 もう一度、次は合格する!


智恵は落選するたびに落ち込む時間が増えていく。


社会人として働きだした頃も同様であった。

しかし、違うこともあった。

落ちることに慣れてしまっていた。

送られる落選の通知を見るたび何も感じなくなっていた。


当然だ。始めから受かるわけないと分かっていたのだから。




「なんで優美ちゃんはそんなにアイドルになりたいの?」

「ん?どういう意味ですか?」智恵の問いかけに優美は連取を一時中断して水を飲む。

「だって、そんな一生懸命練習してるから」智恵は後ろめたい様子で尋ねた。

「別に。あたしはアイドルになりたいわけじゃ無いですよ」不思議そうな顔で智恵に返した。

「え!じゃあなんで?」一瞬驚き、尋ねようとした智恵。しかし、自分が何を聞きたいのか浮かばなかった。

「なんでって。負けるのは、、、悔しい、、、でしょ?」智恵が何を聞きたいのか分からなかったが優美なりに解釈して勝手に返答した。


練習を再開しようとした優美。

「ちょっと待ったー」元気な怒号のような声であいかが入ってきた。

手には道中の売店で購入した菓子パンが入った袋を持っていた。

「あたしも練習します。一緒に特訓させてください。」息を切らせながらスタジオに入ってきた。

「あいかちゃんそのパン・・・」智恵が尋ねる。

「あー、二人まだ何も食べてないだろうと思って。あたしさっきラーメン食べたんで、どうぞ!」と二人に菓子パンを分け始めた。

智恵と優美はお互いの顔を見合わせ、呆れたような表情で一瞬肩の力を抜く。

失望では無く、あいかの元気に一瞬だけ張っていた糸が切れたように二人を和ませた。

「せっかくの年下の誘いだから一回休憩するかな」優美はそういうと飲食禁止であったスタジオを一回退出した。智恵とあいかも付いてきた。

「あいかちゃん?さっきラーメン食べたって」と智恵は確認したが



「あ!走ったらお腹減っちゃって」あいかは、ソーセージロールをかじった。


休憩終了の予鈴が鳴る。短い時間であったが3人は自主練をした。


午後のダンスレッスンのスタジオは同じ部屋だった。


朱莉と真緒も予鈴と共にやってきた。

あいかと智恵、優美は二人に食べきれなかった菓子パンを配った。


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