第8話 二次選考


 10,000人もの少女女性たちが参加した一次審査が終わってから一か月程月日が経った。参加者たちの連絡先には合否の連絡が届いた。今回不合格だったものには、今回のオーディションに参加してくれたことへの感謝と労いの言葉が記されていた。

 合格した者には二次選考の日付と4泊5日行われる内容と集合場所が案内されていた。


 朱莉は、高校3年生の受験シーズンの中、担任教師に事情を話した。担任教師は朱莉の人柄もよく理解しており、残りの授業も自主勉強や補講しかないこともあって了承した。月島を始めとする普段一緒にいる友達やクラスメイト達からも温かい言葉で送り出された。

 「朱莉頑張って来いよー」月島がしみじみとした表情で朱莉に語り掛ける

 「1週間会えなくなるからって、あたしの事忘れんなよー」

 「もう見飽きたわ!うんな事より、、、」

 「ん?」朱莉は不思議そうに聞き返す。

 「なって来いよ!特別ってやつにさ」照れくさそう月島は朱莉から顔を逸らして呟くように発した。


 真緒は、店長たちにシフトの調整お願いして回ったり、家のことを健司や鈴にお願いして参加できるようになった。職場の店長は少し頭を抱えながらも、日頃真面目に働く真緒の願いを断ることができなかった。弟達も真緒がやりたいことを見つけてくれた、またアイドルになることに健司以外は目を輝かせて喜んでいた。

 「真緒ねえアイドルになるの?」

 「じゃー有名人か!」

 「すげー、やっぱり真緒ねえはすげー」小学生組の兄弟たちは、はしゃいでいた。

 「まだ、なったわけじゃ無いんだってばー。これから成れるかどうかの試験?的なことをしてくるの」真緒は、小学生たちにも分かるような説明に努めた。

 「真緒ねえ家のことは任して!応援してるから!ほら、お兄ちゃんもなんか言いなよ!」鈴は、モジモジしている健司に対して強い口調で言った。

 「、、、まぁ、家の事は任して。もう俺ら真緒ねえに頼んなくてもやっていけるからさ」少し寂しそうに健司は真緒を送り出そうとする。

 「ありがと。期待してるかんね!」そんな健司の気持ちを察した真緒は明るく話す。少し、健司の顔は笑顔を取り戻した。


 あいかも、中学3年生の授業は既に終わっており、残りが自習しかないこともあって学校側から了承を得た。両親たちもあいかの挑戦に対して素直に応援してくれた。

 「やったじゃないか」父は頬を和らげ落ち着いた口調であいかを称賛した。

 「前日は、ゲン担ぎにかつ丼でも作りしょうか!あ、でも、前日にそんなの食べたら太っちゃうか」

 「もうお母さん!一日の夕飯が重くなったところでうちの体重も重くならんわ!」 母の冗談に顔を明るめながらあいかは答えた。 

 ただ、今野だけはあいかが長い間親元を離れて他の子達と仲良く生活できるのか、いじめられたりしないか等、親以上に心配していた。

 「今野さん?そんな顔してたちゃどっちがオーディション受けてるのか分からないですよ」父は心配そうな今野の顔を見て声を掛けた。

 「はは、ホントっすよね」今野は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 優美は、単位習得のための日数に1週間分抜けを作っても問題なかった。よって問題無く参加することができた。大学中では優美の話で持ち切りになっていた。サークルや学科で関わりのある男子たちは鼻を伸ばしながら、優美のデビューを確信していた。アイドルになったら写真集とか出るのだろう。男子たちの頭に描かれた妄想は膨らんでいた。

 「斎藤さんデビューしたら週刊誌とか載るのかな?」

 「グラビアで水着になったりして」

 鼻の下を伸ばす男子を横目に、優美たちは次の講義の教室へと向かう。

 「男子たちみんな優美の事変な目で見て!気持ち悪い!」

 「グラビアアイドルじゃないっての!」

 「まぁまぁ。こんな風な事も言われんだろうなとも思ってたからしょうがないよ。でも、普通に応援してくれる人が多いからよかった」大人びた余裕を見せる優美。

 取り巻きの女子たちはちやほやされる優美は普段から見ていたが今回はあまりいい気分がしなかった。それでも表面上は笑顔を繕い優美を応援していた。


 智恵は、セクハラ上司に1週間の年休を申し込んだ。「派遣の立場はいいねー。穴を空けても問題なくて」と嫌味を言われながらも了承してもらえた。

 「ありがとうございます」智恵は深々と頭を下げた。

 「ま、ダメでもこの会社は君を求めてるから心配しないでね」

 そういうと上司は座っていた席から立ちあがる。席から離れた上司は深々と頭を下げたままの智恵のすぐ近くを通る。すれ違いざまに智恵の臀部を舐めるように撫でた。智恵は頭に血が湧きながらも、拳を握り耐えた。

 

 じきに、こんな日々も終わる事を信じて。

  

 山奥にある大きな民宿。選ばれた30名の候補者たちは、すっかり緑から朱色に変わった葉っぱと落ち葉と肌寒さから秋を感じている。感じているのは秋だけでない。   

 これはまだ夢の途中。ここから何名かは脱落する。その何名かに自分は入ってしまうのではと思うと不安と緊張を抱く。肩が震えているのは肌寒さのせいではなかった。一人のハーフ顔の美女を除いては。


 そんな、彼女たちの前に春日Pと若林は姿を見せる。日産の白いキャラバンから二人が降りた時、いよいよ二次選考が始まる事を彼女たちは理解し、背筋を伸ばす。

 

 「皆さん、今日はお越しいただきありがとうございます。早速ですが、二次選考を始めさせて頂きます。本日から始まる二次選考に関して説明を担当させて頂きます、若林と申します」スーツ姿に身を包み、ハキハキとした口調で若林は進行を進める。

 若林は、キリっとした表情で少女たち一人一人の顔を確認しながら説明を始める。特別美形な顔立ちではないが、さわやかな雰囲気としっかりとした態度は彼女たちに好印象を持たせた。一方で、春日Pはというと

 「あ、カスガガガPこと春日と申します。今回のプロジェクトに関与している間は、春日Pという名義で活動いたします。よろしくお願いします。」いかにも元気のなさそうな声で自己紹介をする。テレビなどでも、その顔は知られることはあったが、実際に会ってみると何処にでもいそうな小太り眼鏡のさえない男であった。どちらかというと、クラスの端の方で小さくグループを作っているオタク集団に紛れても気付かないほど、大物としてのオーラは無かった。


 朱莉、智恵、あいかは、実物で見る春日Pに若干生理的な拒否感を感じていた。春日Pは若林と同様スーツ姿であったが、対照的に猫背で覇気のない喋り方が一層春日Pの不気味な印象を強めていた。

 真緒は、春日Pの姿を見るのが初めてであった。朱莉たちのような嫌悪感は抱かなかったものの、頼りなさそうな姿に少し不安感を抱く。

 優美は、震える他参加者たちと違って堂々たるポージングと表情を崩すことはなかった。彼女は既にデビューした後のことを計算している。自分が新しくできるグループのセンターかキャプテン。オリコンでは1位を取り、いずれは武道館やドームでライブを行う。いや、海外公演をきっかけに日本の映画だけでなく、海外の作品にも出演する。彼女の頭はそんな妄想でいっぱいであった。


 「それでは、本日から行われる4泊5日の二次選考合宿について説明させていただきます」若林は今回の二次選考についての説明を行う。

 二次選考は4泊5日の合宿であることは事前に候補者たちには知らされていた。今回の合宿では、歌、ダンスを春日Pが振り分けたグループごとに披露していくものであった。

 そして、6グループの振り分けが春日Pから発表された。Aグループから順番に名前が呼ばれる。そして、Eグループのメンバーが発表された

 「えー。島根あかりさん、多田真緒さん、斎藤優美さん、原智恵さん、石田あいかさん。この5名の方々はEグループとなります」

 呼ばれた順に一列になり、先に完成されていたDグループの列の左隣に5人は並んだ。

 やがて、最後のFグループの列も完成して、再度春日Pは口を開く

 「今日から5日間。同じ列に並んでいる子が仲間です。」参加者は同じグルプの子の顔をそれぞれ見合わせる。

 「私は今回のアイドルグループを作るにあたって、光る原石の女の子を作る気はありません。宝石というのは磨けば光ります。加工すれば指輪やアクセサリーにもなります。しかし、アイドルに限っては違います。アイドルというのは自ら輝きを放つものです。決して、誰かに磨かれたり作られるものではないです。そのことを忘れないようお願いします」

 春日Pのスピーチに、一同は聞き入っていた。この言葉の本質をこの場で理解できた参加者はいなかったが、鼓膜から脳裏へと染み込まれるような感覚がした。

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