第7話 夢に向かう途中

 カスガガガPのアイドルオーディションが終わった翌日。智恵はいつも通り、派遣先の会社に通勤する。特別美人とは言えないが、面長でありつつも整った顔に通勤途中の会社員たちがチラチラ見ていた。通勤ラッシュの車内は狭く、肩と肩を合わせながら揺れる電車の中を耐え続ける。智恵は臀部にいつも通りの違和感を感じる。通勤中の智恵はコンプレックスでもある大きな蒸れた桃を撫でまわすオヤジに嫌悪感を持ちながらも、薄い唇を嚙み締めて目的地の駅に着くのを待っていた。


 駅のホームに着くと嫌悪感から解放される。智恵は、改札を抜けて駅から10分ほど歩いた先にあるビルに入っていく。10階のオフィスに向かう手段は、非常用の階段以外には、智恵の乗り込んだ狭いガラス張りのエレベーターしかなかった。そして、智恵の上司が向かってくる。50代ぐらいの男が智恵を見つけるといやらしい顔を隠すことなく乗り込んだ。智恵はエレベーターの締るボタンを押した。脂ぎった男の顔ゆっくりと笑みが浮かばせる。途端にその上司は下腹部と右手を智恵の臀部に押し込んできた。智恵の薄い胸はガラス張りの扉に張り付く。上司は自らの硬く膨張した男の証をあてがいながら右手で大きな桃を撫でまわす。智恵にとっては普段通りの日常。配属されたばかりの半年前は「やめてください」と抵抗していたが、自身の立ち位置を次第に理解していき、今ではこれも絶えることしかできない。

 「智恵ちゃんおはよう」

 「おはようございます」

 「どう?もう仕事には慣れた?」

 「はい。おかげさまで」智恵は、か弱い声で皮肉も交えながら返答した。


 仕事が終わり、智恵はやっとの思いで自宅に帰る。仕事の他にも、ストレスを抱える彼女にとって至福の時間が待っていた。それは、大好きな女性アイドルのライブDVDを鑑賞する時間であった。


 幼いころから智恵は可愛いものに憧れていた。園児の頃から身長が高い智恵は可愛いというよりはカッコイイという言葉が似合う。大人びた風貌は短大を出るまで変わらなかった。小学生から高校生まで、他の男子たちに身長と一緒に日本人離れしたお尻を場加味されることが多かった。故に体育の時間は嫌いであった。半ズボンの上から分かるヒップラインは動くたびに男子の視線が注がれる。思春期の女の子にとっては屈辱的で羞恥心を抱かせていた。そんな彼女の心を支えていたのが、かわいらしいアイドルの存在であった。光り輝く彼女たちの瞳は智恵の日頃の傷を癒す。


 いつか、自分もこんな存在になりたい。嫌らしい視線を集めるのでなく、夢に向かって応援されるような。独学でダンスや歌を練習した。自宅で練習すると両親に気付かれて嫌だった。智恵の実家は小さな田舎町の農家であった。実家の離れにはものおこ小屋があり、そこが智恵の練習スタジオであった。

 智恵は様々なオーディションを受けた。中には自分に勇気や生きる活力を与えたアイドルグループの研究生にも応募したが最終選考で落選した。しかし、落ちてもめげることはなかった。寧ろ智恵にとっては生きる意味を見出していた。


 そんな青春の日々を今も送っている。10代の頃は、努力の甲斐あって最終選考まで残ることが多かったが、20代を過ぎるとタイムリミットが迫っていた。次第に書類選考すら通らないこともあった。中には、身長の高さからモデルとしてはどうか?魅力的な容姿からグラビアとしてデビューするのはどうか?様々な提案を受けたが、智恵はアイドルに拘った。今の智恵があったのはアイドルの存在。自身の生きる活力としてあり続けた職業を諦めることができない。大学を卒業してからも、派遣会社に登録をしてOLとして働きながらも夢を追い求めた。


 そして、カスガガガPが開催した今回のオーディションに参加する。気付けば26歳。今からデビューしても遅咲き。無名のグループに所属すれば、例え売れたとしても智恵の体力は限界を迎える時期になる。故に今回が最後にして、最大のチャンス。有名プロデューサーとあって結成前から注目度が高い。智恵は今回のオーディションがダメなら実家の農業を継ごうとまで考えていた。


 数週にも及ぶオーディションが終わった。春日Pをはじめ、若林たちプリンスカンパニーは1万ほどの女の子の中から光る原石を探していた。どれも個性ある若き才能たちに他社員は数百名程それぞれの推しを選んでいる中で、春日Pだけは違った。もう彼の中では4名のシンデレラにスポットが当たっていた。

 「春日さん、4名にもう絞ってしまうのは早すぎますよ。2次、3次も残っているんですから」一人の若いスタッフが春日の考えを目じりを尖らせ指摘する。

 「とは言われても、、、この4人ぐらいしかあまり記憶に残らなかったんですよね」と申し訳なさそうに春日Pは意見した。

 周りのスタッフが猛反発する中で、若林だけが、春日Pの考えに理解を示していた。きっと、この人は用心深い性格なのだろう。真剣に悩んだからこそ、この4名の方ほしゃに絞ったのかもしれない。若林はこれまでの春日Pとの交流の中で、彼の仕事に対する、真剣な姿勢が伝わっていた。

 「そしたら、どうでしょう。春日さんがプロデューサーなので他の僕らスタッフも一名ずつ推薦していくというのは」若林が意見を呈した。他スタッフはまさか若林の方から意見が出るとは思っても見なかった。

 若林は今回のプロジェクトの中では、下っ端の存在。今回のプロジェクトの機会を手繰り寄せたとはいえ、プリンスカンパニーは歴史ある知名度を持った事務所。大物プロデューサーとの仕事となれば当然実績のある社員ばかりが参加していた。その中で、今回の実績を除けば特徴がない若林が意見を出すのは相当勇気がいる。

 「あ!それいいですね!いいアイデアですよ」と春日Pは若林の意見に賛同した。

大物のご機嫌を損ねぬよう、多少プライドに傷をつけられたが他のスタッフたちも意見を通した。


 そうして、一万ほどの応募者の中から、2次選考に選ばれた女性たちは30名程となった。


 そして、その30名にはオーディションが終わってから一か月程待たされて2次選考の案内が送られたのだった。


 智恵は仕事の休み時間にスマホを取り出した。

 

 優美は自宅でスマホに送られた案内を見て当たり前のように感じていた。

 

 あいかは早速届いた知らせを今野に報告した。

 

 真緒は各バイト先に休みのお願いをしていた。

 

 朱莉はいつもの帰り道、親友たちと嬉しい知らせと共に自宅に帰る。

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