第6話 成鳥と卵

 オーディション会場でひと際、注目を集める美女。目鼻立ちは良く、ハーフ系の顔立ちであり、身長も高い。手足は長く、女性のシンボルである肉乳はEカップはあるであろう。抜群のスタイルを持った美女は肩までかかるストレートヘアーの毛先を弄りながら順番を待っていた。


  「次の方。どうぞ」一つ前の順番の子の審査が終わり、ハーフ系の美女はスタッフに案内される。立っただけで醸し出す、フローラルな香りを纏うオーラが会場にいた人たちには見えていた。

 指定された場所に立つとその美女の審査は始まった。

 「エントリーナンバー2817 齋藤優美です----」


 8月も終わりを迎えるというのに、アスファルトから日の光はまだ反射し続けている。歩道から見るに、遠くの道は蜃気楼が出来ていた。優美は友達2名とオシャレな街の中を歩く。友達とも呼べる関係かも疑わしい。都内にある私大に優美は通っている。優美の私大は、偏差値も高く、大手企業との繋がりも持っていた。また、テレビで活躍する女子アナウンサーの中には大学のミスコン出身も多くいる。優美もまた、大学では有名人であった。1年生の頃にサークルの男の先輩達から勧められ出場したミスコンではグランプリを獲っていた。優美からすれば当然の事であった。なぜなら、自分が一番美しいからという理由である。幼いころから両親を含め、周りの大人たちや友人と呼ぶ取り巻きからは姫のような扱いをされてきた。今でも、どんなに環境が変わろうと優美のポジションは変わることはなかった。周りの女子たちから内心よく思われていない。しかし、嫌いだと公言できるほど優美の周りに対する振る舞いは落ち度もない。すべてが優美であり続けるために計算されつくしていた。

 

 今、この蜃気楼の中を楽しそうな仮面をつけながら歩く2名の友達も、優美といれば自身の学園内のカーストが約束される。周りからの評判も良くなる。引き立て役でも何でも引き受けてやる。そういう思いを抱きながらも行きつけのカフェに入る。


 「あら、優美ちゃんいらっしゃい!」店の主人らしきお姉さんが挨拶する。

 「佳子さんこんにちは。3名開いてます?」優美は地声は低いが、上品かつ社交的な対応で店主に確認する。

 「3名様ね!じゃーこちらの席どうぞ!」店主は優美のお気に入りの席を把握している。窓側の厨房から見える席へと案内した。店内は、赤レンガの外壁、ウェルカムボードの役割をした黒板、薄い赤の格子柄のテーブルクロスなどが可愛さを演出していた。

 優美たちが席に着き、

 「すいません。注文いいですか?」と尋ねる。今度は別の若い女性がオーダーを伺う。

 「はい!いつものスフレパンケーキでよろしかったですか?」笑顔で女性は尋ねる。

 「さすが、芽衣ちゃん!分かってらっしゃる!」深々と頭を下げ、女性の記憶力を褒めたたえた。女性は、よほど嬉しかったのか鼓動が激しくなるのを抑えてにっこりとした笑顔のまま、厨房に戻っていった。

 オーダーを待っている間、毛先を小手で巻いたような髪型の女子が優美に尋ねる。

 「ねー!優美ってさ、本当人気者だよね」優美をよいしょする。

 今度は、右隣にいたショートヘアーの女性が尋ねる。

 「本当だよね。やっぱり、美人は得しかしないんだろー?」左肘で、優美の右肘を軽くつんつん通した。いつの間にか来ていた、アイスコーヒーをストローも右指で摘まみながら肩をすぼめて飲んでいた優美は

 「うんなんじゃないってー。別に私は普通だよ?」ほめられたことに笑みを隠せずに、謙遜した態度で振る舞う。

 「嘘だー。この間もまた、どっかのモデル事務所みたいなとこ?名刺貰ってたじゃん」

 「普通の人は、男子からあんなにちやほやされません。優美とあたしが話してる時とで全然対応違うし」口を尖らせながら語る友達たちをあざ笑うのではなく、下を向き、奥ゆかしく笑う優美は上品な姿でまさに絵になる。


 注文していたスフレを3人で食べて、お会計をする優美たちに店主は小声で

 「あ、お会計だけど、半額でいいよ?いつも、SNSで宣伝してくれてるから!」優美の知名度は広い。SNSにもフォロワーが多く、優美が一度写真を載せれば、店側としても多大な宣伝効果になっていた。

 

 店を出る3人。

 「ね、優美って卒業したら何になるの?やっぱりモデルとか?」

 「五か国語喋れるんでしょ?アナウンサーとかでもいいんじゃない?」

 「うーん。まだ、あんまり考えてないかな」優美は作り笑いを保ちつつも、取り巻き2人の質問に若干うんざりしていた。

 私はそんな器に収まらない。もっと大きい、特別な存在なんだから。

 他者には、決して口にできない本音を抱えながら、残暑の歩道を歩く。

 大きなスクランブル交差点の信号に美女たち3人は止まる。優美の美しさは自然と視線を集める。信号待ちの時間という退屈な時間をも尊いものにする。そんな好奇な視線を集めてるとも知らない優美は大きな一つのビルに掲示されていた大型液晶を食い入るように見つめている。

 友人の1人が優美の様子に気付いた。

 「おーい。優美どうしたの?」ボーとしているかと思い声を掛ける

 「見つけた」優美が呟く。取り巻き二人は不思議そうな顔を見合わせている。

 そんな二人を構うことなく、自信に満ちた輝きを優美はより強く放っていた。


「エントリーナンバー2817 齋藤優美です。父は日本人で、母がロシア人です。育ちは日本なので日常の会話では日本語が主体ですが、一応ロシア語、イタリア語、韓国語と英語が喋れます!身長は172㎝でスリーサイズは上から92 、58 、90、、、」審査員たちも食い入るような目で彼女をモニター越しから眺めている。

 優美が堂々たる自己紹介を終えると、若林を始めとする審査員たちは質問を始める。優美は質問に対して時にユーモアな回答を交えながら答えていく。場慣れしているのだろう。たじろう様子も無く、スタッフからの質問が出尽くすと、春日Pはいつも通り「軽くジャンプしてください」と要求する。その場で軽く跳ねた優美の大きな肉乳と長く伸びた髪は幻想的に揺れた。

 

 「ありがとうございました」一礼すると優美はスタッフに誘導され元の席に戻っていく。その間、若林は隣に座る春日Pに小声で感想を求めた。

 「とんだ逸材が来ましたね!あの子は当選確定ですか」とにやけながら訪ねる若林とは対照的に、春日Pは少し疑問を抱きながら

 「そうですか?若林さんはそう思われたんですね」と答えた。

 『は』という部分に引っかかった若林は春日Pに尋ねる

 「お気に召さなかったですか?」

 ここまでの春日Pの様子から察するにむっつりな人なのだと思っていた若林は優美に食いつかない春日Pに疑問を抱いた。優美はスタイルも良く、胸も大きい。おまけにハーフ系の目鼻立ちの整った男女両方から認められた美だった。グラビアでも十分やっていける完ぺきな体型と顔立ちのどこに欠点があったのだろう。

 春日Pは若林の問いかけに答えた。

 「アイドルって卵でなきゃいけないんだと思うんですよ」

 若林はひょんな春日Pの回答を理解しようとしたが、分からなかった。

 「卵っていうのは?」

 「アイドルって職業は人に元気を与える仕事ですよね?一言でいえば。完璧な人間が頑張れなんて言ったって、『お前に何が分かんの?』って思われると思うんですよ。要するに共感を得られないと思うんです。」春日Pのアイドル論を若林は何も言わずにしっかり聞く。

 「人は、ファンはアイドルっていう偶像に自分の妄想を重ねるんです。理想を追い求めるんです。しかし、さっきの齋藤優美さん?もうすでに卵からかえって大空に向かって飛ぼうとしてるんですよねー。もう自分が飛ぶべき目的地が分かったような」

 若林は、少し春日Pという男に偏見を抱いていたことに気付いた。ただ、スケベな不細工ではなかった。もう少しこの男の本質について知りたくなった。

 「見た目が良いだけじゃダメだと?では、春日さんは今回のアイドルに何を求めますか?」晴れた表情で春日Pに尋ねる。すると、春日Pは少し笑いながら答えた。

 「二つかな。一つは抜けるかどうか。」アダルトビデオでも作る気なのかと一瞬若林は思ったが、

 「二つ目は物語になれるか。誰からも応援される物語に」若林は少し理解した。

アイドルは応援する側でもあり、される側でもあるという事。春日Pは私利私欲の為じゃない。本当はもっと深い考えがあるのだろう。安堵と一緒に好奇心が湧き上がってきた。


 二人のやり取りが一息ついた後、次の参加者の番になった。春日Pと若林は集中しなして画面に目を向ける。

 

 「エントリーナンバー2818の原智恵ですぅ。26歳です」少しおっとりしたしゃべり方をするこの女性。26歳でアイドルを志望する。若林にも春日Pですら少し興味が湧く。先程の優美よりは低いが女性にしては身長は高い。面長ではあるが、綺麗な顔立ちをしている。白いTシャツからは、細身だが柔らかそうな二の腕が見える。シャツ裾はタイトなジーンズに入れ込んでいるが、春日Pの大好きな胸のラインは少しふくらみを帯びているだけで手のひらサイズの御茶碗だった。自己紹介を終えると若林は質問をする。

 「ありがとうございます。いくつか質問しますね」智恵は引き攣った笑顔のまま「はい」と答えた。よほど緊張しているのだろう。春日Pと話している最中も画面に映っていたのを見ていたが、呼吸が浅く見える。この引き攣った笑顔は自己紹介が始める前から続いている。

 「26歳という事なんですが、なぜ今回のオーディションに参加しようと思たのですか?」

 「はい。小さいころからアイドルに憧れてたんです。いろんなオーディションを受けてきたんですけど、落選ばかりで」緊張しながらも、思い思いに語っているのがよく分かった。

 「26になって今回がラストチャンスになるのかなって思っています!」最後に力強い口調になって語ったのは彼女の本気度の表れだろう。他の審査員も数問質問する。硬くなりながらも一生懸命答える智恵は周りも応援したいと思わせるような雰囲気を漂わせていた。

 

 そして、春日Pは最後となり、今まで通りの問いを彼女にする。

 「それでは、軽くその場でジャンプしてください」智恵は一生懸命跳ねた。跳ねた側は知る由も無いが、小さな膨らみが揺れないことに若林は残念に感じる。春日Pのお気に入りには成りそうにないな。そう感じた若林の考えは春日Pを見てご名答であったとすぐ分かった。「はぁ」とマイクに拾われないほどのため気を付いた春日Pは智恵を帰す。智恵は緊張したままカメラに背を向けて席に戻る。

 「この子もあまり春日さん向けではなかったですかね」

 「向けってのは何ですか?まあ、おおよそあたりではありますが、、、」春日Pの話は止まる。そして、食い入るようにもう一度モニターに視線を向ける。春日の目が追っていたのは、次の参加者では無かった。ひたすら、悲しそうに歩く智恵の背中を眺めた。背中というよりは、画面越しからでもわかる、スキニーの中で窮屈そうにしている輝く桃だった。まるで、リオのカーニバルを思い立たせるような大きな桃は大きさの割に重力に逆らうように張っていた。

 「若林さん。どうやらそうでもないらしいですよ」若林に春日Pは呟く。

 若林は春日Pが自分に心を開き始めていると感じながらも、最後のつぶやきの意味を考えていた。

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