第4話 夏の終わりの告白

 蝉の声も少なくなってきた時期。水色のワイシャツにネクタイを付けている少しだけふくよかな少女と首元のネクタイを緩めながら額に付いている汗をハンカチで乱雑に拭くこわもての男性がファミレスで話をしていた。


 「今野さんはどう思いますか?」ハスキーな声質の少女はその男性に問いかける。


 「どうって言われても。俺お前の親とかじゃなくて担当の刑事だからな」と今野と呼ばれた男は戸惑いながら答える。

 「担当さんだから相談してるんじゃないですか!」褐色の良い丸い顔は綺麗な目を潤ませ身を乗り出す。乗り出した際にワイシャツの中の形がくっきり見えていた。水色のブラに包まれた重量のある2つの小玉スイカはテーブルに乗り出し、今野の目のやり場を困らせる。

 「担当といっても昔の話だし。お前がもう悪さしないんだったら、もう担当じゃねーだろ」今野は、目線を逸らそうと窓を見ながら返答する。

 「でも、あたし頭悪いし、前科持ちだし、他に相談できそうな人いないし」女の子は悲しそうに俯く。

 「前科じゃなくて前歴な?それにお前はもう保護観察も解けるしもう大丈夫だろ」今野は気を落としている少女を慌てて励ます。少女は「じゃあ」と言いながらメニューに手を伸ばそうとしたが「自分で払えよ」と今野からの忠告に渋々伸ばした手を戻した。

 



 今野との出会いは、綺麗な思い出ではなく、地に落ちるといった現象を体験させるものだった。




 少女は町の不良グループに加入していた。中高生で20名程で運営されており、スリや窃盗、人気のない路地に仕事終わりのサラリーマンを追い込んでの恐喝などを生業としていた。

 少女の家は、真面目両親の家庭であった。その反動か中学入学前、粗暴の悪いクラスメイトに誘われて150㎝程の小太りだった少女は非行に走った。

門限17時の掟を破り、家に帰らない日々が続く。

少女にとって居心地がよかったわけではない。

他に居場所が無く、反抗期に入った少女にとって何も縛られない少年少女たちが羨ましく見えていたのだ。


 そんなある日、少女は警察に補導される。グループの中でも少女は下っ端であったため、非行グループの中では使いっ走りでしかなかった。この日も出会い系サイトで知り合っ二回りほど年上の会社員を写メで釣り、ラブホテルの前まで誘導した後、先輩たちが恐喝に入るといった流れのはずだった。



 身長の低い彼女であったが、まん丸い顔にシャープな顎筋、綺麗で高い鼻筋、大きく澄んだ瞳をしていた。綺麗な顔立ちは童顔であったが大人の男でも見とれてしまう。褐色の良い肌と肩まで伸びたロングヘアーの毛先が乗った豊満な胸元は性欲を掻き立たせる。ヘソと胸元が大胆に見える黒いTシャツ、太腿までのデニムのショーパンを着た少女は釣られた会社員の五感を刺激させ、如何わしい妄想へと引き立てる。ホテルの前に着いた。

 「じゃあ行こうか」と鼻息を立てた会社員は少女の手を気持ち悪く握って、一歩右足を踏み出した。ここで、いつものように先輩が入り、男を揺すり、恐喝する。奪い取った金で遊び始める。どこか、マンネリになっていたルーティンに飽きを少女は感じていた。



 しかし、このマンネリ急に終わりを迎える。




 「ちょっとそこのお兄さん」会社員は声を掛けられると顔面蒼白になっていた。それは、怖そうな若者の集団を見たからではなく、ひとりの男が身分を証明するものを掲示してきた。縦長の証明書は上半分には顔写真と『今野正義』とこの男の身分を証明していた。2つ折りの証明書の下半分に金色のマークと『POLICE』と装飾されていた。警察だった。   

 事情聴衆の為、会社員を連れていく。そして、美人局をしていた少女も今野に補導されることになった。


 そこから、少女の視界は目まぐるしく変わる。少年院に入院するまでの時間は頭の中が真っ白でありよく覚えていない。入院するにあたり、少女は衣類をすべて脱ぐように指示された。監督役は女性であったが、それでも大事な部分を隠すことを許され無かった。発達途上の褐色の肌をを隅々と確認された。監督官は傷や入れ墨はないか、長い髪の毛持ち上げながら見えずらい首筋を確認したり、年齢の割に豊満な小玉スイカをしたから確認したり、さらには机の上に手をつかせ、両足を広げさせた。熱い肉の扉を開き戸のように開け、生え始めた黒い草むらを搔きわける。少女は躊躇いながらも監督官の怒鳴り声に恐怖し、背を向けたままゆっくりと足を広げた。監督官は排泄門、秘割れの中まで確認された。思春期の少女にとっては屈辱的で羞恥心が限界を迎え静かに咽び泣いていた。


 少女は根はまじめだったのであろう。8か月ほどの短期間で退院した。出迎えには普通は家族が待っているものだと少女は思っていたが、退院した直後に自分を待っていたのはあまり見覚えのない怖そうな顔つきの30代ぐらいの男性だった。


 「石田あいかさんだね?」男は少女の名前を確認すると、少女は男の声には聞き覚えがあった。少しずつ鮮明に思い出すのが自分を補導した警察官。


 「今野です。久しぶりだね」言葉を一つずつ慎重に選んでいる様子だった。今野は少女のことを補導した後も心配していた。少女はこの後、保護観察官が付くことになる。自由をさらに失い、地獄のような数か月を味わった少女は放心状態であった。


 あいかの事を案じ、今野はあいかを安いファミレスへと連れて行った。

 「よし、退院祝いだ!好きなの食っていいぞ!」

 「あのー。お母さんとかお父さんは?」あいかは、から元気な今野に対して静かなハスキー声で不安そうに尋ねた。今野のこわもての面はゆっくりと暗い表情になった。

 

 少し間をおいて「実は、」と話をする。

 「君が補導された後、少年院に入所してる頃かな。お母さんとお父さん、自信なくなっちゃたみたい。そのー。君とどう、向き合っていいか。」捨てられたのだと思って欲しくない今野はこう続けた。


 「あいかちゃんのことを、本当に大事にしてたんだと思う。うんで今もそうなんだと思う。でも、自分たちの育て方っていうのかな?どうして、こうなちゃったとかいろいろ悩んでいるうちに、答えが見えなくなったみたい。」と気を使いながらも現状を伝えた。


 あいかはそれでも傷ついた。涙目になったのを今野は察すると、

 「一緒に帰ろうか。おうちに」とあいかの実家についてきてくれることになった。


 実家の前まで着いた。あいかは、どういう顔で両親と対面していいか分からなかった。玄関の前で立ち尽くす少女を見て今野はインターフォンを押す。「ピンポン」の音はしたが、誰も出てこない。もう一度今野はインターフォンを押すが同じように玄関のカギは飽くことはなかった。しばらくすると、一台の車が家のガレージに入ってきた。あいかにとっては見覚えのある車。中からは初老の父親が出てきた。


 「あ、どうも突然すいません」今野は父親に話しかけると、ここまでの事情を話す。「そうでしたか」と父親は呟き家の中に招き入れた。勿論あいかも。


 家の中は洋風作りで、今野は裕福な家庭なのだとすぐわかった。

 父親はあいかと、今野をソファに座るように勧める。遠慮なくソファに今野は座る。あいかも今野を見て馴染みある、懐かしいソファに座る。ソファはフカフカであった。「久しぶり、あいか」とあいかに向けて父親は優しく声をかける。あいかはどう返して良いか分からず、俯くだけだった。少し悲しそうな顔に父親はなったが、今度は今野に向けて話しかける。「妻はこの間心労で倒れてしまい、今入院中なんです」と説明した。あいかは俯きながらも大きな瞳を見開いた。父親は今野に向けて説明を続けた。あいかが少年院に入った後、母親はあいかを大事な一人娘として育ててきたつもりでいたが、自分の行ってきた育児を責め、自身を責めていったという。

 「あいか。少し刑事さんと大事な話があるから2階に行ってきなさい」とあいかに優しくしじする。あいかは静かに頷き、2階へと上っていった。

 「私は、仕事人間でしてね」あいかが二階に上がったのを確認すると今野に話の続きをした。

 「今まで私は、家庭を顧みることはなかった。家のことはすべて妻に任せて。あいかには自分の理想の娘を押し付けて、縛り付けてしまった。恥ずかしながら、妻がいない今、私はどう娘と接していいか分からないんですよ」苦笑いを浮かべて父親は心情を語る。


 今野は2階へと上る。少女の名前が入った小さな表札を見つける。ノックをするが返事はなかった。いけないと思いつつもそっとドアノブを下げ中を見る。少女は仰向けでおなかの上で両手を結び、物思いに更けていた。少女は今野の存在に気付くが気に留めることが無かった。

 「あのさ!」今野が声を掛ける。しかし、無反応なあいかに次ぎに帰るべく言葉は見つからなかった。


 その後も、今野はあいかの家を頻繁に訪れた。今野はあいかとその家族の行く末が怖かった。仕事とはいえ、治安を守るためとはいえ一つの家族が崩壊する一因に関わっているという罪悪感と、この先長いあいかの未来を光あるものにしたいという正義感が彼を行動させていた。熱心な今野の活動に父親やあいかは、初めの頃は疎ましく思うこともあったが、次第にその家族のわだかまりを溶かしていった。


 それから、2年が経つ。あいかから相談があると言われた今野は彼女の中学生活最後の夏休みを二人でファミレスで過ごすこととなった。

 

 今野は店に先についていたあいかを見つけ、正面の席に着く。

 「お疲れ様です!」礼儀正しく敬礼とお辞儀をするあいかは2年前とは別人であった。女の子にしては掠れた声ではあったがこれがあいかの声だ。声質には生気が漲っていた。


 「うんで。今日は何の用?」あいかの元気な姿に今野も元気を貰いつつも、照れ隠しの為、わざとらしくめんどくさそうな態度をとっていた。

 「今野さん!未来ある若者に対してそのカンジは傷つきます!」今野の態度を指摘する。


 「悪かったよ。でも、その未来ある若者の夏休み最後を30超えたおっさんとファミレスなんて。どーなの?」と少し馬鹿にした態度でからかう。

 「しゃーないじゃないですか。私友達といったら今野さんしかしないんですし」

 「俺はいつから友達になったんだよ?」

 「え?ちがうんですか?」と悲しそうに眉を細め今野に訴える。男心をくすぐるその表情に今野は一瞬ドキッとした。

 「うんで!相談!おまえがあるって言ったから来たんだろうが?」2年の関わりの中でお互い気心のしれた関係性が出来ていた。

 「あー。はい。あのー」あいかは、たじろいながらもスマホを胸ポケットから取り出し、一件の広告を見せた。それは今話題のボカロPがアイドルグループをプロデュースするというものだった。

 「あー。これ知ってる。今ニュースで話題になってんもんな」と今野は返答し、水を飲む。

 「あたし、これに応募しようと思うんです。」あいかからの突然の内容に今野は喉を詰まらせる。数回むせた後



 「今、なんて?」



 「だ・か・ら!これに応募しようと思うんです。アイドルになろうと思うんですよ」とあいかからの突拍子もない宣言に今野の頭の中は追いついてなかった。

 

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