1-11 ティアネス出陣
王城から自宅へ向かう途中、ナルディアがずっとニコニコしていた。
「ナルディア、なにをそんなに楽しそうなんだ」
俺はたまらず声をかける。
「なにを・・・って、そんなの決まっておる。おぬしの大出世じゃ」
「はあ?大出世?」
何を言ってるんだ。とっさにそう返してしまった。
「ナルディア様のおっしゃる通り大出世です。ご主君、祝着に存じます」
「おぬし・・・まさか気づいておらぬのか?」
伯温とナルディアが喜ぶ理由がわからない。
「ん?なんのことだ?」
やれやれとした顔でナルディアが脇を小突く。
「いたっ、なんだよ」
「おぬし、こういうところは鈍感なのじゃな」
「はあ?」
「仕方ないのう、余が特別に教えてやろうではないか」
むっふんと言わんばかりに尊大な態度だ。
「おぬしが無事にへルブラントを守ることができたら、それだけでおぬしの武勲となるのじゃ。軍事においては、武勲があればあるほど発言力が増すのは知っておろう? これは我が父が後々おぬしに軍を任せたいと思っておる証拠じゃ。これを大出世と言わず何と言おう」
そう言い終えると、ナルディアはむふふと笑いながらより激しく小突いてくるのであった。そうか、武勲か・・・。サラリーマンをしていた俺にはあまりピンと来なかったが・・・言われてみればその通りである。
「さらに、ご主君が守るのは王城です。数ある城の中でも最も重要な拠点になります。それだけに手落ちがあれば由々しき事態となりますが、十中八九問題ありますまい」
ナルディアと伯温のいうことはもっともだ。いい機会が巡ってきたと前向きに考えるとしよう。さて、ナルディアのおかげで暗い気分が吹っ飛んだわけだ・・・。でも素直に礼を言うのは負けた気がするので、感謝は心にそっとしまうことにした。
家に戻ると、ハンゾウたちが心配そうに待っていた。
「お帰りなさいませ。ユウキ様、お嬢様」
代表してテリーヌが挨拶する。
「ああ、ただいま」
「食事の準備はできております。さっそく食事にいたしましょう」
テリーヌの用意周到さには舌を巻くばかりだ。詳しい話は夕食のときにすると告げ、俺は部屋へ着替えに戻った。
着替えを済ませ、自室からダイニングへ向かうと、香ばしい肉の匂いが漂ってくる。どうやら豚肉の香草蒸しが今日のメインディッシュのようだ。俺以外はみな席についている。
「もお、ユウキ様ったらおそい!お腹ペコペコなんだからっ」
キキョウは平常運行だ。
「あははは、悪いね。さあ、いただこうか」
「「「いただきます」」」
キキョウの軽口ですっかり場が和んだ。意図しているかはわからないが、キキョウのこういうところが凄いところだ。メインディッシュに季節野菜のスープ、バゲットが食卓を彩っている。みんな思い思いに食べているが、キキョウとムネノリの食欲はすごかった。何度もバゲットとスープをお替りするのである。育ち盛りの子は、たくさん食べるに限る。ってな具合に俺はほっこりした気分を味わっていた。
そういえば、ハンゾウたちが初めてこの家で食事をしたときに、こんな豪華なものをいただいていいんですか?なんて言ってたっけ。仕える領主によって待遇が変わるとはいえ、よほど不遇だったんだろう。俺は日本にいるとき、独身だったからこういう家族団らんなんてものはあまり覚えていない。でも、こうして年頃の子どもたちというか部下を見ていると、少しでも幸せに暮らしてほしいと願わずにはいられない。
みんなある程度食べ終わった頃を見計らってハンゾウが切り出す。
「ユウキ様、師匠、城ではいったいなにが」
ん、師匠・・・?俺はナルディアに目線をやると、ナルディアはニヤッとした。あ、この女・・・師匠って呼ぶよう教育しやがった。俺が答えようとすると、先にナルディアが口を開いた。
「実はのう、ユウキが将軍になったのだ」
「「「えっ」」」
ほら・・・ハンゾウたちが驚いて声に出ているじゃないか。いきなり何言ってるんだこの女は。
「これはほんとのことじゃが、実のところ我が父が戦へ行くゆえ、その留守を任されてたというわけじゃ」
ハンゾウたちが尊敬の目線を送ってくる。ったく、気楽に言うなあ・・・。
「ユウキ様それって本当なの!?」
キキョウがキラキラと目を輝かせて聞いてくる。
「あ、ああ。まあな」
きゃーーと聞こえてきそうなくらい興奮している。
「ユウキ様もあのフェンリル様のように戦うんだっ!いいなー」
フェンリル?ああ、どう考えてもあの覇王フェンリルのことだろう。あとでキキョウに聞いたら、この国にはフェンリル英雄譚というものがあるらしい。子どもも大人も颯爽と勝利を収めるフェンリルの雄姿に憧れを抱いているようだ。
ハンゾウに至ってはなぜかニヤニヤしている。後でナルディアがいうには、将軍に仕えるんだぜって自慢して回ったそうだ。よし、こいつは説教しよう。本人は大したことないのに組織や交友の凄さをさも自分ごとのように言うのは望ましくない。伯温にでも頼むか。そして、調子に乗ってすいませんでしたとハンゾウが平謝りするのは未来の出来事である。
「ナルディア様、面白半分におっしゃってはいけません」
テリーヌがナルディアをなだめる。いいタイミングの合いの手だ。てへって顔をしているナルディアが腹立たしいが、俺も本題へ入ることにした。
「ナルディアも言っていたように、俺はこのへルブラントを守ることになった。当然ながらお前たちにも戦支度をしてもらう。各自武器と防具一式を準備しておくように」
戦支度と聞いたハンゾウたちは一気に緊張した面持ちとなった。
「先生、武器や防具といっても僕には何をしたらいいのか・・・」
ムネノリが質問する。
「そういえばそうだな。装備か・・・ナルディア?」
「うむ。余に任せよ」
心得たとばかりにナルディアが答える。理解が早いのはとても助かる。
こうして明日の方針が決まった。俺はティアネスの出陣を見送り、デルフィエと今後の方針を話し合う。ナルディアも見送ればいいのだが、余はいかぬと言って聞かない。娘なりに思うところがあるのだろう。
――――――
翌日、朝食を済ませると俺は城へ、ナルディアたちは市内へと繰り出した。城内は各地より集まった多くの兵で埋め尽くされていた。どこを歩いても人ばかりである。王宮付近まで歩いてきてようやくダルニアを見つけた。ダルニアは俺の姿を確認すると声をかけてきた。
「ようユウキ、この城の守り、頼んだぞ」
「ああ、俺とデルフィエがいるんだ。きっと大丈夫だろう」
お互いに目と目を合わせて力強く頷く。
「なあ、ユウキ、もしもの話なんだが・・・」
「ん?どうした急に」
「いや・・・もし、俺の身に何かあったら・・・」
「おいおい、物騒なことを言うんじゃねえよ」
「家族をよろしく頼む」
これを世間では死亡フラグという・・・。本当にありがとうございました。ダルニアがこんな感傷的になるとは思ってもいなかった。家族を託されるくらい信用されているのは素直に嬉しいが・・・。
「いやだっつうの。そう思うなら何が何でも生きればいいだろ?」
「ああ。それもそうだな。どうやら臆病風に吹かれていたようだ。では行ってくる」
「おう。ティアネスのこと、ちゃんと守ってやれよな!」
ダルニアは胸を任せとけとばかりにドンと叩く。
城とその周囲を埋め尽くしていた14万の兵は、ティアネスの号令で進軍を開始する。俺は脈々と続く兵の川を限界まで見守っていた。
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