1-10 忍び寄る影

「閣下、シャルナーク王国に潜入している間者より報告が参りました」


「待っていたよ」


 閣下と呼ばれる人物は、部下から受け取った報告書をパラパラとめくっている。そしてこう漏らしたという。


「あの暗愚なティアネスにこれだけのことができるとは思えない・・・。いずれにせよ、早々に手を打つとしよう」


 シャルナーク王国、危急存亡の時が訪れようとしていた。


――――――


 俺らの考えた政策が実行されてから半年の時間が過ぎた。ゆっくりとだが、政策の効果が現れ始めている。この半年間で特に変わったことといえば、目に見えて雇用が増えたということだ。雇用が増えることで、国民の懐も潤い、治安の向上、税収の増加が見込める。一番の懸念事項だった半農半兵政策も順調に推移している。この様子であれば大きな問題は起こらないだろう。


 俺の周辺で起こった変化といえば、部下が増えた。屋敷に入り浸っていたナルディアとテリーヌが正式に部下となったのだ。王女が一長官の部下でいいの!?いう話になったわけだが、国王ティアネスが自ら提案してきたのである。まあ、実際はナルディアがティアネスに圧力をかけたというのが真相かもしれないが・・・。ともあれ国王の許可があるのであれば、何も問題ない。なぜかナルディアが俺の屋敷に住むことになった以外は、優秀な人材だし、諸手をあげて歓迎した。


――――――


 場所は変わってへルブラント城。国王ティアネス・シャルナークのもとに風雲急を告げる一報が持ち込まれた。


「国王陛下!ハルバード城より急報が参りました」


 使者から報告を受け取ったデルフィエが駆け込んでくる。デルフィエは魔導師長であり、ティアネスの最側近である。


 ちなみにユウキとリュウキが勇者であることは、最小限の人しか知らない。この国の長官クラス、騎士団長、一部の将軍のみである。秘密兵器ともいえる勇者について箝口令が敷かれるのは当然といえよう。


「どうしたデルフィエ!」


「サミュエル連邦が約10万の兵で攻め寄せて参りましたっ」


「な、なんだと・・・。よりにもよってこのタイミングか!10万・・・か。急ぎ諸官を招集せよ」


 ティアネスは焦燥の表情を浮かべている。10万人というのは守備軍を加えたこの国の総兵力の約半数である。それだけの兵力が国境に迫っているのである。ティアネスの招集命令はすぐに諸官のもとへ届けられた。もちろんユウキの屋敷にも。


――――――


 俺はいつも通り日課の講義をおこなっていた。そんな中、ティアネスの使者がやってきた。


「ユウキ様、国王陛下より急ぎ参上せよとのことです」


 使者は一言そう言い残すと、足早に屋敷を出ていった。ただならぬ気配を察したのか、ナルディアが声をかける。


「ユウキよ。父上がわざわざ招集するとは、ただ事ではないぞ。余が思うに、サミュエルの連中が攻めてきたのやもしれん」


「そうだな。聞いての通りだ。今日の講義はここまで。ハンゾウたちは自由にしてくれ。俺は早速城へ向かう」


 ハンゾウたちは何やら落ち着かない様子だったが、今できることはなにもない。だからこそ自由時間にした。ハンゾウたちなら、自分の頭で何をするべきかを考えてくれるはずである。


 俺が服装を整えていると、


「余も行くぞ」


とナルディアが半ば強引についてくることになった。


 城に到着すると、広間では2列に分かれて多くの人が並んでいた。護衛の声が広間に鳴り響く。


「王女ナルディア様、内務長官ユウキ様、内務副長官リュウキ様のご到着です」


 ティアネスの隣には騎士団長であるダルニアが控えていた。こうしてみるとやっぱり騎士団長って偉いんだなと思ってしまう。


 俺は階段を挟んで王に最も近い場所に案内された。ダルニアを除けば、諸官の立つことが許される最高位である。新参者の分際で・・・と眉を顰める人が何人か見られた。とはいえ、内務長官というのは宰相がいない以上、事実上の内政官トップである。この場所も順当といえば順当であった。俺の反対の列は軍部の武人が並んでいる。向こうはできるだけ目を合わせようとして来ないあたり、半年前の挨拶がよほど答えたのだろう。文官側は伯温をみて苦そうな表情を浮かべている。いやはやどんな交渉をしていたのやら。


 最後の一人が登城を終えると、全員揃ったことが告げられた。


「全員揃ったようだな。皆の者、急な参上ご苦労であった」


「「「全ては国王陛下の御為に」」」


 一同がそう唱和する。唱和していなかったのは俺とナルディアくらいだ。歴史ドラマとかでみることはあってもこうして目の前で起こるとその迫力が全く違う。伯温は慣れているのか眉一つ動かしていない。


「さて、今日皆を呼んだのは他でもない。我らがハルバード城にサミュエルの連中が攻め寄せて参った」


 ザワ、ザワザワとばかりに場が騒然とする。


(ハルバード城・・・確か最北の前線基地か。サミュエル連邦との国境には4つの城が隣接しているはずだが、なぜ最北の城を狙うのだろう。中間の城を攻略して北と南を分断するのがよほど容易なはずなのに)


 どうも引っかかる点があるが、思考は一旦置いといて続きの話を聞いてみることにした。国王に代わって説明し始めたのは魔導師長デルフィエである。


「皆さま、小生のもとに届いた情報によると、シャルナーク連邦は約10万の兵で攻め寄せたとのことです。ハルバード城には約1万の兵が詰めておりますので、すぐ陥落することはないと思われますが、この問題を看過することはできますまい」


(守備兵が約1万、それに対して攻撃側は約10万、攻城には10倍の兵が必要と言われているから妥当な数字だ。どっちにしても我が国には厳しい数だ)


「詳細は聞いての通りだ。さて、皆の者、どう対処するべきか意見はないか」


 ティアネスの問いかけに多くの者が困惑を浮かべる。ある者は考え、ある者は隣の人と話している。俺の隣にいるナルディアは、何やらうずうずしている様子である。余に任せよとかいいかねないので、けん制することにした。


「あだっ」


 ナルディアの足を踏むと間抜けな声が漏れた。そして俺に恨みがましい目線を送ってくる。


「おいナルディア、俺の部下だってことを忘れるな。ぜったいに勝手なことはするなよ」


 俺はそう耳打ちすると、ナルディアは強い抗議の目を俺に向けてきた。しかし、それ以上なにもしないところを見るとけん制はうまくいったようだ。


 相談も済んだのか、段々と話す声が小さくなる。そのタイミングで前に出てきたのは、メイザース将軍である。


「国王陛下、恐れながら申し上げます」


「メイザース将軍か、よい、話してみよ」


「はっ。拙者が思いますに、ハルバード城へは陛下御自らご出陣なされるべきかと。我々は憎きサミュエルに連戦連敗、これ以上の負けは許されません。持てる限りの兵力をもって撃退するべきと考えます」


 メイザース将軍以下武官たちはティアネスの向けた目線に対して強く頷いて返す。ティアネスも満足げに頷くと


「その意気やよし、ワシ自ら14万の兵を率いて逆賊を蹴散らしてくれよう!皆の者、準備をせよっ!」


「「「おおぉぉーっ!」」」


 こうしてハルバード城救援のために14万もの大軍をもって当たることが決定した。残る遊軍の兵力は1万。万が一を考えるとあまり心許ない数であった。


 将軍たちを筆頭に諸官は準備にとりかかる。俺も退城しようとすると、ティアネスが声をかけてきた。


「ユウキよ、ちょっとよいか」


「はっ」


 俺はティアネスのより近くまで戻った。戻ってくるのを待って、ティアネスは重い口を開いた。


「そなたにたっての願いがあるのだが、よいか?」


 たっての願い・・・?


「はい。もちろんです」


「うむ。ぜひともおぬしにこの城の守備を任せたい。副官としてデルフィエをつけよう。引き受けてはもらえないか?」


「守備・・・ということは2万の兵を指揮せよということでしょうか?」


 へルブラントの守備兵力1万と残存兵力1万を併せた2万である。


「うむ。おそらくなにも起らぬとは思うが・・・もし何かあった時は、何事もデルフィエと相談して対応してくれ。この戦いはなんとしても負けられぬ。おぬしが背後にいてくれるなら安心だ」


「はっ、承知いたしました。ご期待に沿えるよう尽力いたします」


 いきなりの抜擢に驚きを隠せない。2万といえば大軍である。指揮の経験もないのに、はたして務まるのか・・・。なんて思ったが伯温がいるからきっと大丈夫だろう。それにもし俺が動くとなったら、まさしく危機が訪れている状況だ。一国の政治を預かる者として軍を率いて戦うのは当然の務めだろう。そう思って俺は即答で引き受けた。

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