1-9 内政改革
俺が内務長官になって、早くも三か月の月日が経過しようとしている。その間に俺は伯温と共に政治的な根回しを済ませ、ようやく富国強兵の下準備に取り掛かることができた。
――――――
今日は伯温と共に、王城へやってきた。国王ティアネスとは毎週のように会っているものの、今日は方策の奏上という公式的な場だ。だからというわけではないが、長官らしい服をまとっている。長官となった以上は、国民の模範となるよう最低限の礼は尽くすことにしている。
広間の外で待っていると、ユウキ内務長官お入りくださいという声が響き、扉が開く。俺は中に入り、ティアネスの近くまで行って頭を下げる。
「ユウキよ。よくぞ参った。ようやくあれが出来たのだな」
「長らくお待たせいたしました。国王陛下、富国強兵のための政策がようやく完成しました」
俺は後ろに控える伯温が書類をティアネスの方へ持っていく。ティアネスは、隣にいる近習から書類を受け取るとすらすらと食い入るように目を通しはじめた。
◇◇◇◇◇◇
財務
・収支のみで運営するどんぶり勘定の脱却(予算案の作成と実行、見直し)。
・帳簿作成の義務化
・通貨流通量の把握と管理
行政
・戸籍の作成
・街道の整備
教育
・学校の創設
・評価方法の統一
・道徳教育を含む教育体系の整備
農業
・作物の品種改良
・農地の開拓
軍事
・半農半兵体制の構築
・武器/防具素材の見直し
◇◇◇◇◇◇
転生してきたときに話していたこの国の貯金は、実際調べてみると想像を絶する額であった。どうやら国が率先してお金を貯めこんでいたと見て間違いない。お金を持ってるのが豊かというのは典型的な間違いだ。お金は循環してこそ意味があり豊かさを産むのである。
お金を回そうという目的で仕上げてきた政策案は5つの項目に渡っている。特に財務と教育、軍事の3項目は大幅な変革が予想される。すなわち改革である。
まず最初にどんぶり勘定というてきとーな会計を厳格化することにした。予算案を作成することにより、どのような用途でいくら使っているのか明確になる。さらに予算の見直しを習慣化させることで、常に改善を意識した業務が可能になる。意識改革も織り込んだ実用的な一手だ。次に帳簿の作成を義務付けた。これは税金をよりわかりやすく平等に徴収するために必要なことである。
通貨流通量については、他国が為替レート操作を仕掛けてくる可能性を考慮しての判断だ。為替レートというのは通貨の交換比率のことである。仮に今日がシャルナーク金貨1枚に対してウェスタディア銀貨10枚の交換価値だとしよう。明日にはシャルナーク金貨1枚に対してウェスタディア銀貨11枚に変化するかもしれない。こういった変化を把握していないほど怖いことはない。シャルナーク王国の主な通貨が自国のものだから問題ないものの、外国通貨を主要通貨にしている国は発行国の動向に左右される。そう、金属の含有量を変化させるといった意図的な為替レートの操作を仕掛けてくるかもしれないのだ。それを防ぐための一手がこの政策である。
次に行政部分の改革だ。ここでは戸籍の作成と街道の整備が中心となる。戸籍は、この国の人口を把握すること、税収の面から必要である。戸籍を持つことで、シャルナーク王国の国民であるという意識を強く植え付けることができ、さらに身分の担保にもつながる。戸籍の管理が街道の整備は、安定した流通、行軍、輸送が効率的におこなえるようになる。商人や物品が往来しやすくなり、行軍速度、輸送速度の向上が狙える。
教育に関する政策は、学校の創設と評価方法の統一という二つから成り立っている。学校の必要性については言うまでもないだろう。国力の増加には、国民一人一人のできることを増やす必要がある。そのできることは知識や技術に依存する側面がある。そのための学校だ。評価方法は、俺がハンゾウたちに対して作ったメモが基になっている。これを見たナルディアが大層気に入ったらしく、父親であるティアネスにちらっと話したらしい。そしたらぜひ国民の教育に取り入れようではないかという話になった。俺としてはそんなつもりは毛頭もなかったのだが・・・。
最後の教育体系の整備は言わずもがなだ。大まかな指針を設けることで最低限の教育水準を担保することができる。ちなみに道徳は儒者でもある伯温肝いりの科目だ。道徳教育を施すことで国民の倫理的側面の向上を図るのである。
農業については、品種改良と農地開拓が政策としてあげている。作物というのは気候や土地の条件によって、合う作物、合わない作物がある。それぞれの土地に見合った作物を見つけてもらい、改良を試みてもらうというのがこの政策の趣旨だ。
農地開拓は、街道の整備とセットでおこなわれる。街道の傍に畑を開拓すれば輸送が容易になるだけではなく、産出量の増加、ひいては国民も豊かになり税収も増加する。また、国が豊かになれば国民にも余裕ができ、犯罪も減る。まさに好循環なのである。
最後の軍事については半農半兵の導入と装備の見直しをすることにした。半農半兵というのは、戦時に兵士となる農民である。これは戦国時代の長宗我部氏が導入していた一領具足という政策を参考にしている。新たな農地を開拓するには、どうしても農民が不足する。失業者や流浪者も農民になるだろうが、絶対数が足りないのである。不足する農民を補うために国が養っている15万の兵士を用いるというわけだ。欠点としては、農民兵と同じく農繫期の動員が難しい点にある。ちなみに騎士団は国王の命を預かる精鋭部隊であるという理由でこの政策の範囲外となっている。
装備の見直しは、鉄といった金属類の品質向上を兼ねている。俺が前にナルディアと戦ったとき、あっけなく折れた剣を見て思いついたのである。折れやすい鉄で作った装備を持っていても戦争で役立つわけがない。ということで、国をあげて品質改善をおこなおうというわけだ。
こうしてみると、実によくまとまっている。伯温と共に三か月かけて練っただけのことある。なんて自慢気に言ってるけど、どうしようもなかったこともいくつかある。主に農奴の開放と領主の撤廃だ。こればかりは既得権益を壊すことになるため、大儀名分なしにおこなうことはできない。廃藩置県をすんなり成し遂げた明治政府が稀なのである。無理な改革は国を滅ぼす危険がある。ああだこうだ悩んで完成したのがその改革案だ。
「見事だユウキよ。よくぞこれだけのものをまとめてくれた」
ティアネスが惜し見ない称賛を送る。
「いえ、それもこれも伯温を始めとした皆様のご協力あってこそです」
そう、本当に俺一人では成し得ないことなのだ。反発が予想されるところには、事前に根回しをして協力を取り付けた。伯温にとってこの手の交渉はお手の物のようで、広く情報収集した成果を惜しみなく交渉に使ったとか。ある時はティアネスの協力を仰ぐこともあれば、ある時は俺とナルディアでちょっと激しいご挨拶に出向いたこともあった。幸いなことに、この国の長官の多くは、かつて覇王フェンリルが治めていた頃のシャルナーク王国に戻れるのならと改革に賛同してくれた。一番手を焼いたのは軍なのだが・・・まあ、そこは俺とナルディアが挨拶に出向いて納得してもらった。軍のやつらは俺を見ると、分かりやすく避けていくのは滑稽だが・・・。
「して、これらの政策の成果はいつ頃になりそうだ?」
「早くても2年、長ければ10年は覚悟する必要があるでしょう」
年単位と聞いて、ティアネスがそんな長いのかという顔をしている。すぐに成果が欲しい気持ちはよくわかる。それを見た伯温がすかさず発言を求める。
「陛下、これは国家百年の計とお考え下さい。早急に効果が出るものは応急処置に過ぎません。国家の大計を論じるうえで目先の政策など意味がないのです。どうかご明察を」
そう、目先の政策など意味がない。目先の選挙のことしか考えない政治家や目先の利益しか考えない経営者が多くを占めるようになっては成長が疎かになる。国家の将来を見据えた政策、すなわち戦略を思い描いた政策こそ必要なのだ。
「うむ。リュウキの言う通りよ。何事も急いては事を仕損じる。ワシも気長に待つとしよう」
「伯温の言うとおりです。国王陛下、吉報をお待ちください。ところで国王陛下、戦略と戦術の違いについてはご存知ですか?」
突然の話題転換にティアネスはなにを言い出すのかと怪訝そうな顔をしている。
「戦略と戦術?おもしろいことを言うの。両方ともどうやって勝つかを考えるものであろう?」
「おっしゃる通りで、多くの者はそう考えているいるかもしれません。ですが、戦略と戦術には大きな違いがございます」
「ほう・・・述べてみよ」
「これは私の部下たちに話していることですが・・・戦略とは、目指すべき場所へ至る過程を思い描くことと考えています。それに対して戦術とは目指すべき場所へ至るには何をすればいいかという手段を表わしていると私は解釈しています。つまり、戦略がなければ戦術などあり得ないというわけです。いえ、戦略のない戦術などあまり効果がないといえましょう」
「なるほど、興味深い。では、ワシはその戦略とやらを思い描けていると言えるのか?」
「私は歴代国王の中でもティアネス国王陛下は覇王フェンリルに勝るとも劣らない名君であると考えます」
「なぜならば、国王陛下が強国にしたという明確な戦略をお持ちだからです。国王陛下はその戦略の下、見ず知らずの私に大権を委ねてくださいました。私ごときが思い描く政策は、戦術に過ぎません。国王陛下の定められた戦略があって初めて成果となるのです。それを踏まえ、私は国王陛下が覇王フェンリルに勝るとも劣らない名君と考えております。いずれ後世の歴史家も国王陛下を名君と讃えることでしょう」
覇王フェンリルに並ぶと聞いたティアネスはすっかり上機嫌である。これでますます改革を強く後押ししてくれるだろう・・・と俺は確信した。
しかし、上機嫌にさせるまではよかったものの、話し相手をさせられたのは予想外だった。俺が城を出るころには日が傾いていた。ちなみに伯温はいつの間にかいなくなっていた。あいつ・・・こうなることを予想していやがった。
(にしても話すの長すぎだろっ!)
俺は声に出さずとも心の中でつぶやいた。
こうして俺の内務長官としての初仕事は終わった。あとは成果があがるまで無事に時間が流れるのを待つのみだ。世の中、そう思い通りにいかないものだが・・・。
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