1-4 内務長官就任
闘技場を後にした俺と伯温は、デルフィエに案内されて先ほど待機していた客間に戻ってきた。
「では、何かあれば外に人がおりますので、その者に御用をお申し付けください」
そういうとデルフィエは俺たちを部屋に残して去っていった。
「さて、伯温、俺はどの程度の地位を望んだ方がいいと思う?」
伯温は待ってましたとばかりにすぐ返答した。
「それはもちろん、宰相あるいは丞相といった立場でございます。ですが、いきなりその地位に就くのは余計な反発を生む可能性あります。そこで、各組織へ介入する権限を有しつつも平時は各大臣と同等程度の立場が最初はよろしいかと愚考します」
「うーん、それってなかなか難しい立場だね」
「ええ・・・ですが、各大臣の権限を損なうことはないので大きな反発を生むことはないでしょう。宰相となるのはご主君が有能であると示してからでよろしいかと」
「となると、内務長官あたりか・・・」
「内務長官?」
「ああ、悪い、知らない単語だったね。俺の生きていた時代にかつて存在していた組織の名称だよ。たぶん伯温の理想とする組織だね」
俺は内務長官が行政、警察、土木など内政全般に及ぶことを説明する。
「なるほど、明でいうところの吏部、刑部、工部に戸部と礼部の一部の機能を併せ持つというわけですね」
残念ながら俺は明の組織構造にあまり詳しくない。だから伯温のいうことを正しいとも間違っているとも指摘することができなかった。
「おや、これは失礼しました。お互いに生きている国、時代が異なるのです。ご主君がご存じないのも無理はありません」
そういうと伯温は各部の特徴を教えてくれた。そして、ようやくその意味を理解することができた。
「・・・というわけです。そのため、私も内務長官が最良の任と考えます」
「伯温がそう言ってくれるのなら心強い。さっそく王様へ話すとしよう」
話がまとまった俺たちは早速広間へと向かった。
「ん?おお、思ったより早かったではないか。して、おぬしの望みはなんじゃ?」
俺らの姿を見たティアネスはすぐに問いかける。
「俺としては内務長官という新たな役職を要求したい」
内務長官と聞いたティアネスはなんだそれはという表情を浮かべている。
「ご主君に代わり、説明いたします。内務長官の統べる内務部とは、内政全般に及ぶ権限を持つ組織となります。ですが、現在のシャルナーク王国が抱える組織と一部重複する部分がございます。その点は、必要がある場合にご主君が口を出すという形での運用を考えております」
「ふむ・・・内政全般か・・・それであれば宰相はどうじゃ?その方が良いじゃろう?」
ティアネスの意見にデルフィエも宰相は空席だから問題ないと同意する。
「それも考えましたが、突然現れた者がいきなり宰相というのは人心に問題が生じましょう。それゆえ、内務長官が良い塩梅であると愚考しております」
伯温の言葉にデルフィエが得心した様子で頷いている。
「リュウキ様のおっしゃる内容に理がございます。平時は各長官が今まで通りに治め、必要に応じて便宜を図ることができる。その案に小生も賛成でございます」
「そうか、おぬしも賛成か。となるとワシが断る理由などない。よかろう。おぬしを内務長官に任じる。正式な任命は諸官を集めて後ほどおこなうこととする」
こうして俺はまだ非公式ではあるが、シャルナーク王国の長官に就任することとなった。
「してユウキよ。てっきりワシは宰相や大将軍を望むと考えておった。しかし、蓋を開けてみれば内務長官とは・・・なかなか驚いた。つまりおぬしは、内政を重視するべきと考えているわけであるな」
お、臣下になるのが決まったからか殿という敬称がなくなった。俺もそれに合わせて口調を外向きに改める。
「はっ、おっしゃる通りです。確認ですが、かつてこの国は覇王フェンリルのもと、領土を大いに拡大できたそうですね」
「うむ、その通りである」
「ではなぜ、こうも容易く数十年のうちに領土を多く失ってしまったのでしょうか」
「むぅ・・・痛いとこをつくのう。言いたくはないが、我が国が弱かったということだろう」
「ええ、現在も周辺国と比べて弱いのは間違いないでしょう。ですが、覇王フェンリルのもとには数多くの勇将が居たのはずです。それがなぜ代が変わった途端負けたのでしょうか」
「うーむ、難しいのう。ワシが思うに覇王フェンリルあっての国だったからではないか?我が先祖は夜は誰よりも遅く寝て、朝は誰よりも早く起きていたようだ。そのような生活の無理が祟って、早逝してしまったといわれている」
どうやらフェンリルという人はなかなか無茶な生活を送っていたらしい。にしても40歳で死去って・・・過労死じゃないか?
「私が思うに、シャルナーク王国は覇王フェンリルあっての国だから脆かったのです。さらに問題となるのはそのあとです。おそらく覇王フェンリルの成そうとした政策を全て失くしてしまったのでは?」
俺の言うことに、ティアネスはなぜそれをという顔をしている。
「その通りだ。我が先祖の偉大なるお考えには、誰も及ばなかった。命じられてやることはできても、それを引き継ぎ変える力は、無かったのだろう。結局、今までのやり方に戻してしまった」
悲しい話よと言わんばかりにティアネスは気落ちした様子で話す。
これはそう珍しい話ではない。絶対的なカリスマ君主を擁する国は、そのカリスマを失った途端に衰退するという例は歴史上少なくない。
「そう、その今までどおりがダメなのです。国土が広大になれば、それに応じた運営が必要になります。ですが、残念ながらその基礎を作ることができなかった。聖カテリーナ国のあまりにあっけない滅亡を考えると、新たな運営方法を考える時間がなかったのかもしれませんが」
「そうよな、もし覇王フェンリルが長生きしていたら、こうも我が国が衰退することはなかったであろう」
「ええ、ですがそれを考えても仕方ありません。話を変えますが、どうしてサミュエル連邦に負け続けなのでしょうか」
「それについては私がお答えしましょう」
広間の端で聞いていたダルニアが声をあげる。
「サミュエル連邦が我が国に攻め寄せるのは数年に一度です。ですが、その一度で確実に攻略していきます。我が軍も精鋭をもって守っておりますが、勝つことが叶いませんでした」
数年に一度っていうのがわかってて、どうして勝てないんだ?どうやら俺が思っている以上に国力が低下しているのだろう。数年も備える時間があって、なお負けるとは、もはや呆れるしかない。いや、見方を変えればそれだけやりがいのある仕事かもしれない。
「数年という時間がありながら、負けてしまうのは、サミュエル連邦が富国強兵を成し遂げているのにほかならないでしょう」
「ふこくきょうへい?」
「富国強兵とは、国を富ませることこそ兵を強くするという考え方のことです」
「なるほど、言い得て妙である。しかし、我が国もその富国強兵とやらを成しているのではないか?」
「残念ながらそれはないでしょう。先ほど小耳に挟みましたが、庶民の暮らしは随分と疲弊しているようですね?」
ティアネスは痛いところを突かれたとばかりにますます表情が曇る。
「そうじゃ。国の財務に大きな問題もなく、金も多いというのに・・・」
国の財務に問題がなく、さらに金を多く蓄えているのに庶民が疲弊する。どう考えてもおかしな話である。となると、考えられる選択肢は限られてくる。庶民の生活とは別のところにお金を使っているか、誰かの懐に入っているか、不必要に多く貯めているかのどれかだろう。
「そのお金はどのように使われているのでしょうか」
「もちろん戦費と貯金じゃ」
ああ、異世界に転生してまで貯金という言葉を聞くことになるとは・・・。やれやれと呆れているのが顔に出てしまったのか、国王が気まずそうに聞いてくる。
「な、なにか問題があるのか?」
「伯温」
「はっ、それでは主君に代わり説明いたします。先ほどまでのお話ですと、民への支出があまりにも少ないのでしょうか」
「ふむ、そうなのか?デルフィエよ」
「はっ、リュウキ様のご指摘に間違いございますまい。民への支出の多くは直轄地を除いて各領主に委ねております」
直轄地以外は領主が自由に決めていいというわけか。そういうことなら領主の胸先三寸で貧富が生まれるのも無理はない。
「つまり・・・財政の立て直しをせよということじゃな?」
ティアネスの言葉に伯温が頷く。
「左様にございます。ご主君の手腕をもってすれば、必ずや富国強兵が成し遂げられましょう」
「よかろう。デルフィエ、内務長官の職務に財政の監督を付け加えよ」
ティアネスの言葉に俺は少し驚いた。財政は内政の中でもっとも重要な要素と言ってもいい。俺と伯温も遠慮してあえて踏み込まなかった部分をティアネスはあっさりと内務長官の職務に付け加えた。ある意味この人は名君の器を持っているのかもしれない。
「ははっ、かしこまりました」
その後、諸官が広間に集められ、俺は正式に新しく発足する内務部の長官となることが正式に決定した。
「皆の者!良く聞けい!ティアネス・シャルナークの名においてユウキを内務長官に任命する。ここにいる者は全力で支援するように」
「「「御意」」」
ちなみにこの国では部が省庁にあたる単位で、内務部の副長官として伯温が任命された。こうして、俺たちはシャルナーク王国の内政改革に着手することとなった。
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