1-5 新たな仲間

 ユウキという無名の人物が内務長官に就任した。この報告は、諜報員によってサミュエル連邦を始めとした各国に驚きをもって伝えられた。これから起こるであろう波乱を予感させるかのように。


――――――


 闘技場で内務長官の任命が決まった俺は、へルブラント城近くに大きな屋敷を与えられた。いざその家を訪ねてみると・・・立派も立派。2階建てで部屋が6個もあるうえに客間も完備だ。


 俺と伯温がざっと部屋を見終えると、ちょうどダルニアがやってきた。俺の任命式以降、ダルニアとはすっかり仲良くなり、俺のことを呼び捨てでユウキと呼ぶまでの仲になった。


「ユウキ、邪魔するぞ」


「おう、ダルニア。さっそくで悪いがヘルブラントを案内してもらえるか」


「ああ、もちろんだ。よし、それじゃさっそく街に出ようじゃないか。案内しよう」


 こうして俺とダルニアは王都へルブラントの街に繰り出すことにした。いざ歩いてみると、立派な王城に石畳の通り、商店も数多く並んでいた。庶民の暮らしが困窮しているというのが俄かに信じられない。おそらく都市部との格差が深刻なのだろう。どげんかせんといかん。とばかりに俺は今後に頭を巡らせる。


 課題は山積みである。でもまずは、生活するためのものを揃えなくてはならない。商店を見つつ、へルブラントを隅々まで見て回った。


 ダルニアが懇意にしている店を巡り、食料や衣類、雑貨といった当座に必要なものをあらかた揃えることができた。屋敷にメイドや執事がいないのかだって?そのうち雇うことも考えているが、最初のうちは現地に馴染むことを考えてあえて雇っていない。


 街を練り歩いてわかったのは、各国が様々な通貨を流通させているということである。この世界の金融がどのように成り立っているかは、おいおい調べる必要がありそうだ。ちなみに伯温は気になることがあるとちょくちょくメモをとっていた。なかなかマメな性格だ。


 なんて考えていると、どんっ、と誰かとぶつかる。どうやら考え事をしすぎたようだ。


「おっと、すまないね」


「いやいや、いいってことよ」


 ぶつかった少々服装が汚らしい青年がそう告げて去ろうとする。しかし、その青年は立ち去ることができなかった。


「おい、お前さん、懐にしまったものを出してごらん」


 ダルニアがその青年の手をがっちりを掴んで離さない。この展開は、間違いなくスリだ。


「ちっ、離せってんだよ」


 青年がダルニアに殴りかかってくる。進退窮まると手を出すのはどの世界も変わらないようだ。にしても相手が悪い。ご愁傷様。


 案の定、ダルニアはその青年をスパンッと地面に投げた。すっかり動けなくなった青年を前に、ダルニアは懐から俺の財布を取り出してくれた。


「ったく、お前ほどの使い手が油断しすぎじゃないか?」


 ごもっともである。


「悪い悪い。助かったよ」


「まあ、王都の治安を守るのは俺の仕事のうちだからいいけどよ。さて、こいつはどうする?何もないなら俺が連れていくが」


「まあ待ってくれ。これも何かの縁だ。ちょっと聞きたいことがあるから、俺の家まで戻ろう」


「ご主君、よろしいのですか。これでは王国の法に背くことになるのではないか?私は法に則り厳正に処罰するべきと考えます」


 伯温の指摘はごもっともだ。


「いや、ユウキがそういうなら問題はない。シャルナークの法では被害者の意向も優先される。治安部隊に捕まったならまだしも、俺らが捕まえているからその裁量も俺らにあると考えてもらっていい」


 ダルニアがシャルナークにおける法の考え方を簡単に解説する。わかっていたことだが、この時代の法律は人治主義のようだ。


「そうですか。そういうことであればこれ以上は何も申しません」


「悪いな伯温、ひとまず見ていてくれ」


 俺の読んできたラノベ的に、この青年は俺の仲間になるだろう。もっとも、事情を聴いてみないとわからないが。


――――――


 その青年はダルニアには勝てないと観念したのか大人しくついてくる。どうやら治安部隊の駐屯所に突き出されないだけましと判断したようだ。格好こそみすぼらしいが、身長は俺より少し高く、農耕で鍛えた立派な身体をしている。


 俺の家の前まで来ると、その青年は茫然として目で前方を見ていた。


「おい、もしかして・・・これがあんたの、いえ、あなた様のご自宅で?」


 お、敬語になった。殊勝な態度じゃないか。


「そうだ。これが俺の屋敷だ。って言っても今日住み始めたばっかりだけどね」


 すっかり青年が青ざめてしまっている。自分はとんでもない人に手を出してしまったのだと。伯温がご主君と言ってるあたりで察してほしいものである。


「とりあえず、入ってくれ。詳しくは中で話そう」


 こうして俺たちは屋敷に入った。ダルニアは逃亡を警戒してか、扉の前に立っている。さすがは優秀な武人である。


「さて、君はどうして俺の財布を取ろうとしたんだい」


 単刀直入だが、優しく聞いてみることにする。すっかり萎縮してしまった青年は、ぽつりぽつりと語り始めた。


 どうやらこの青年は名前を持たない農奴だったらしい。農奴とは奴隷と農民を併せ持つ存在だ。これで、この国が貴族こそいないものの領主から成る封建制社会ということがわかった。


 彼は農奴の子として生まれ、4兄弟の長男として気丈に振舞ってきたらしい。領主にいじめられても我慢して日々農耕に従事していたようだ。だがある日、自身の姉である長女が領主に連れてかれて戻らなかったという。心配していたが、自分ではどうにもならないと諦め、帰ってくる日をいつまでも待っていたようだ。そんな中、噂で姉が農奴として奴隷商人に売り飛ばされたということを知った。


 彼を支えていた気丈な心がパキッと折れた瞬間であった。もうこんな生活はいやだ。きっと王都にいけばなんとかなる。そんな甘い幻想を抱いて、妹と弟と共に逃亡することを決意した。


 いざ決行して見ると、あっけないものであっさりと逃げることができた。しかし、追っ手に追われるのは目に見えている。そんなホームレスともいえる状態で、青年とその妹たちは日々の住みかを転々としつつ、スリや日雇い労働でなんとか日銭を稼いでいたという。


 幸いにして、妹や弟たちが酷い目に遭うことはなかったようだ。ただ、それは彼らが幸運だったというだけだ。似たような境遇にあるホームレスの話を聞くと、暴漢がホームレスを襲うのは良くあることだそうだ。死ぬのも当たり前、社会の最底辺なのではないかと思うほどであった。このままでは妹たちを守れない。でも、農奴であったこと以外なにも持たない彼にはどうすることができない。そんな追い詰められた状態で、俺の姿が目に入ったようだ。


 確かに俺は、国王より支給されたたくさんのお金がある。それを財布に詰め込んでいたから、お宝のように見えたのだろう。


 ここまでの話を黙って聞いていたダルニアは、とても辛そうな顔をしている。それもそうだろう。もうすぐ40歳になろうとしているダルニアには、家庭がある。自分の子どもたちがそうであったらと考えるといたたまれないのは当然だ。


「うん、事情はわかった。なあダルニア、もし彼を犯罪者として突き出したらどうなる?」


「そうだな、良くて領主の下へ送還、最悪は窃盗と逃亡の罪で死罪だろう」


 その言葉を聞いた瞬間、農奴であった青年は泣き崩れる。


「ご主君、中途半端な温情はかえって彼を苦しめることになります」


 やはり伯温はいかなる事情があれ、法を遵守するよう促す。しかし、それは俺の望むところではない。まっとうに生きていた青年は周囲の環境のせいで歪んでしまったのだ。それを正す機会を与えるのも為政者の役目だと考えているからだ。もちろん、人材が欲しいのも本心だ。


「かつて漢の高祖は後ろめたい事情を持つ陳平を重く用いて大事を成したという。伯温はどう考える?」


 漢の始祖、劉邦は様々な勢力を渡り歩き、さらには品位に劣るとまで言われた陳平を重く用いた。彼はその期待に応え、勢力屈指の名参謀、政治家となったのである。


 伯温はやれやれという表情でそれ以上何も言うことはなかった。まあ、そもそも俺が許すといえば許されるこの国の方があるから問題はないのだが。


「さて、君が犯した罪は、到底許されるものではない。自覚はあるか?」


 俺は青年への詰問を始める。


「はい・・・」


「君が生きるも死ぬも、俺次第というのは理解していることだろう」


「はい・・・」


「よろしい、では問おう、君は生きたいか?」


 えっ、と言わんばかりに青年が顔をあげる。


「死ぬよりも辛い道が待っているかもしれない。それでも君は生きることを選ぶか?」


 青年は俺をまっすぐ見つめる。そして、はいと力強くうなづいた。


 よし、想定通りの展開だ。家族想いの彼のことだから俺に恩義を感じて死ぬまで忠誠を尽くしてくれるだろう。


「よく言った。それでは、君の弟たちをここに連れてくるといい」


「おい、いいのかユウキ、農奴を勝手に引き取るなんて」


 ダルニアの懸念はもっともだ。農奴とは他人の所有物。それを勝手に所有したとなっては大問題だろう。


「なに、心配いらないさ。たしか、この国は奴隷の売買を禁止しているよね?」


「ああ、それはもちろんそうだが・・・」


「なら・・・その領主が違法行為を行っているというだけの話ではないか。もし何か言ってきたら、それを使えばいい」


「ご主君のおっしゃる通りです。もし先ほどの話が本当であれば、その領主は国法を蔑ろにしているということになります。民を統べる者として大変許しがたい行為と言えましょう。極刑に処するべきです」


 おっと、思ったよりも軍師様がお怒りのようだ。どうやら力ある者の不正は特に許せないようだ。今の俺たちにはそんな裁量がないからどうしようもないけどね。


「伯温、その名前をしっかりと記録しておけ。然るべき時に弾劾をおこなう」


「御意」


 主従のやり取りを眺めるダルニアは半ば呆れたように末恐ろしい人が味方になったもんだと肩をすくめて反応した。領主の統治に口出しするのは後始末が面倒で誰もやりたくないという意味かもしれない。


「さて、青年よ」


「はっはい」


 突然話を振られた青年は少し驚いている。とりあえず、君や青年と呼ぶのも変だし、名前をつけないとね。


「さて、俺の部下となった記念に名前をつけようじゃないか。そうだな、これからはハンゾウという名前だ」


「ハンゾウねえ、ユウキんとこの国の名前か」


 やはりダルニアはにとっても珍しい名前のようだ。


「そうだ。俺の部下だからこの国では珍しい名前でも問題ないだろう」


「ハンゾウ・・・ハンゾウ、ハンゾウ。主様ありがとうございます!」


 名前を貰った青年改めハンゾウはとても嬉しそうだ。


「あ、俺のことはユウキでいいから、これからはそう呼んでくれ」


「はいっ、ユウキ様!さっそくですが、妹たちを呼んできてもいいですか」


「ああ、行ってこい」


 俺の許可を得たハンゾウは慌ただしくこの家を後にした。


「本当に戻ってくるのか?」


 ダルニアが心配そうに言っている。


「戻るしかないさ。それ以外、彼らに生きる道はないんだからな」


「あの境遇を聞くとそれもそうだな・・・あまりいじめてやるなよ?」


「当たり前だ。俺は人権というものを知っているからな」


「ん?ジンケン?」


「ああ、こっちの話だ。とりあえず、俺は良き上司でありたいと思ってるよ。まあ、何かあったらダルニアが諫めてくれ」


 ふっと笑いながら、俺の仕事かよとぼやきつつ、ダルニアは嬉しそうにしていた。


――――――


 それから2時間近く経つとハンゾウが戻ってきた。手荷物はとても少なく、ギリギリの生活を送っていたことがよくわかった。


「ユウキ様、戻りました」


「ああ、おかえり」


 ハンゾウの後ろから一人の女の子が前に出てくる。弟?と思われる子はハンゾウの背中に隠れてこちらをうかがっている。前髪が目にかかっているところを見ると、内気な子だと思うには十分だった。


「えっと、ユウキ様、です、か?」


「うん、そうだよ。君がハンゾウの妹かい?」


「はい、お兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました」


 そういいながらぺこりと頭を下げる。ハンゾウが俺と同じくらいの歳だとすると、この妹は17歳といったところかな?んで隠れている弟君を見るに・・・15歳と言ったところか。育ち盛りだな。


「ああ、それは構わない。そうそう、ハンゾウだけに名前があるのも変だしね。君たちにも名前をつけようじゃないか」


 というと、すごすごとハンゾウの背中から弟君が恥ずかしそうに前に出てきた。妹君はキラキラとした目で俺を見てくる。兄のハンゾウも悪党になり切れてなかったところをみると、この兄妹は真っすぐ育ってたのだろう。


「それじゃ、君はこれからキキョウと名乗りなさい。弟君は・・・うーん、ムネノリにしようか。よし、決まりだね!」


 名前を聞いた二人が嬉しそうにキャッキャッと喜んでいる。小柄でピンク色の鮮やかな長髪を持つキキョウに至っては、


「ふふーん、お兄ちゃん、これからはキキョウって呼びなさいよ」


となぜか自慢げというか上から目線?であった。


 あ、これってあれだ。男は女に勝てない的なパターンだ。なんて思いながら俺は微笑ましく見ていた。あれ、そういえば二人ともありがとうって言ってないような・・・まあ、俺は心が広いからそんなこと気にしないけどね。子どものやることだし。あとで礼儀作法もきっちり教えようと密かに決意した瞬間だった。


 後にハンゾウが言っていたが、この国で名前を持てるのは一定の階級以上の人らしい。いわば身分を保証されてるに等しいということであった。俺は全く知らず、不便だろうと軽く付けたけど、どうやらとても大きな意味を持っていたらしい。


 こうして俺の部下は4人に増えた。つまり元の配下は伯温だけだったというわけだ。というのも理由があって、ティアネスに配下は自分で探すと断ったからだ。俺はできるだけこの世界の政治に染まっていない人材を部下にしたいと考えていたためだ。既存の常識がない分、俺や伯温のやり方を受け入れやすいというわけだ。


 まあ、そうは言いつつも彼らは農奴だから教育水準に期待はできない。そこは頑張って教育するしかない。部下を増やし、教育しつつ、内政をおこなっていこうと心に誓った夕暮れ時であった。

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