1-3 腕試し

 国王の下を離れることにした俺たちの案内をしてくれるのは魔導師長デルフィエという老人である。俺が最初に話したのはこの人で、その周りにいた4人は配下の魔導師らしい。


「ちなみにデルフィエさん、勇者について知っていることを教えてもらえないかな」


 思わずため口で話してしまった。と思ったが、国王の前でもため口だったから今更かもしれない。向こうが勇者と持ち上げてくるから思わずため口になってしまったというわけだ。


「はい、ユウキ様とリュウキ様は勇者であらせられます。おそらくお二人の剣技はこの世界の何者にも勝り、魔法に関しても不自由ないかと思われます」


 仙人が言っていた以上にこの身体は凄いようだ。勇者と呼ばれるだけあって、剣や魔法がずば抜けているということか。


「ちなみにほかの国に勇者がいる可能性は?」


「もちろんございます。我々が成功した以上は、他の国でも同様のことが起きてもおかしくありません。しかし、史書によると、同じ時代を生きる勇者はいないとか。とはいえ、現にこうしてお二人がいらっしゃるのでどこまで信用できるかわかりかねます」


 ごもっともな話である。他国に俺たちのような存在がいるという認識あたりがちょうどいいかもしれない。ともあれ、すば抜けた剣技や魔法と聞くと、試したくものだ。そこで、デルフィエにお願いして、一番強い戦士を呼んでもらうことにした。


 デルフィエに客間をあてがわれ、しばらく待つことになった。俺と伯温は部屋に置いてある鏡を見て驚いていた。二人とも推定20歳ととても若かったからだ。俺は高くも低くもない若干ショタ要素のありそうな童顔であり、伯温は長身の爽やかイケメンだ。


「どおりで身体が軽いわけですね」


 伯温は自分の姿を見て納得する。そういえば、身体が衰えると様々な機能が低下するんだっけか。俺は中年に差し掛かってすぐに死んでしまったため、夜更かしがきついこと以外はあまり体力の低下を感じていなかった。にしても、イケメンに転生したことを喜ぶかと思えば、若返りを喜ぶあたり価値観の違いを感じずにはいられない。


「若返った感想はどうですか?」


「ご主君、臣下にそのような敬語は無用に無用にございます。先ほどのように堂々とお話しください」


 どうやらため口で話せということらしい。ため口は堂々と話すことなのだろうか?


「わかった。それなら遠慮なくそうしよう」


「はい。先ほどのご質問ですが、若さは素晴らしいものです。体力があり、知識の吸収も早く、悪いことがございません。この劉伯温、再び天下に名乗りをあげられることを心から嬉しく思います」


 やはり容姿よりも若返りの方が嬉しいようだ。ちなみに、俺は伯温を冷静なタイプだと思っていたが、思ったよりも熱い気持ちを持ってそうだ。そういえば、不正を見逃す上司に嫌気がさして田舎へ帰ったって話もあったっけ。見切りをつけられないようにと身が引き締まる思いだ。


「勇者様方、失礼いたします」


 そうしていると、デルフィエがダルニアという人を連れて入ってきた。


「こちらにいらっしゃるのが勇者のユウキ様とリュウキ様である。騎士団長、丁重にご挨拶を」


「はっ、私はシャルナーク王国騎士団長のダルニアといいます。以後よろしくお願いいたします」


 頑強な筋肉、綺麗に髭を貯えた様子は絵に描いたような騎士団長だった。


 俺が口を開こうとすると、伯温が制し、代わりに挨拶をする。


「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私は劉基、こちらにいらっしゃるのが主の勇樹様です」


 なるほど、主が自ら挨拶する必要はないということか。


「あー俺が勇樹だ。どうぞよろしく頼む。それで呼んだ理由だが」


「はっ、国王陛下よりできる限り支援せよと仰せつかっておりますゆえ、喜んでお相手させていただきます」


 おお、最後までいう必要がなかった。そして、ダルニアの丁寧な返しに好感を覚える。まさしく武人の鑑だろう。


「では、ユウキ様と騎士団長の模擬試合は闘技場で行うこととしましょう。リュウキ様は・・・」


「私は不要です」


「試合を望まれないのですね。承知いたしました。ユウキ様、その場に国王陛下をお呼びしてもよろしいですかな?」


 俺は頷いて返答する。


 こうして模擬試合をすることになった俺はダルニアの案内で、闘技場までやってきた。歩いている間に、ダルニアからこの国の状況を聞くことができた。


 この国は国王ティアネスのもと、大臣にあたる長官がそれぞれ治めているという。庶民の暮らしについては、あまり豊かとは言えないようだ。というのも長年の戦争ですっかり庶民が疲弊しているためである。しかし、貴族というものが存在しないのは大きく評価できる。領地ではなく通貨によって賞罰をおこなっているということである。お金は俺の専門ということで、俄然興味が湧いた。


 俺の頭の中では面白いようにこの国の現状が鮮明に浮かび上がっていた。生前よりも間違いなく情報処理能力が上がっている気がする。さすが仙人の用意した器だ。そんなわけで根掘り葉掘りと聞いているうちに、闘技場に到着した。


 それはローマのコロッセオを彷彿とさせる立派な円形闘技場であった。観衆はどうやらティアネスとその側近程度のようで、20人にも満たない。闘技場へ入るやいなや準備万端とばかりにデルフィエが仕切り始めた。


「お集まりのみなさま。こちらが勇者であらせられるユウキ様である。対するは我が国最強の剣士、ダルニアである。この試合の審判は、このデルフィエが務めさせていただく。試合のルールは、致命傷以上の攻撃および魔法の行使を禁止のみとする」


 デルフィエの紹介でいいぞいいぞとばかりに意気をあげた聴衆は、一転して試合開始前の緊張した雰囲気に固唾を飲んでいた。ティアネスの近くにいるのは、たぶんお偉いさんだよな。いいのかよそんな軽くて。なんて思ったり。


 俺とダルニアが一定の距離をとって向かい合う。しかしそこで、気づいてしまった。剣の使い方を習ったことがないということに・・・。


 俺は剣道や居合道といった武道をしたことがない。だから当然剣も素人である。

それに対して、相手はこの国で最強の剣士。どう考えても分が悪い。しかし、仙人の言葉を信じるならきっと何とかなるだろう。


「ユウキ様、どうかお手柔らかに」


「こちらこそ!」


 両者が息を吞む。


「それでは両者位置について、はじめ!」


 この合図とともにダルニアが構えをとって、こっちの様子をうかがっている。俺は作法に則った構えも知らないから、とりあえずてきとーに剣を構える。それを見ている伯温が肩をやれやれという表情をしていた。やはり素人だと見抜かれているようだ。睨み合うこと30秒、この時間が何倍にも感じたのは気のせいじゃなかった。


「てゃあぁぁぁー!」


 叫びながらダルニアが斬りかかってくる。ところが、俺は至って冷静だった。なぜなら向かってくるダルニアの剣筋が面白いように見えたからだ。筋が見えていたらこっちのもんだ。って考えてたら、身体がふっと反応した。


 ガチャンっ


 その瞬間、剣の落ちる音がした。気づいたら俺がダルニアの剣を思いきり弾いていた。伯温は感心する表情を浮かべている。


「「「おおお」」」


 ティアネスを始めとした聴衆が歓声をあげた。


「そこまで!ユウキ様の勝ち」


 予想以上だった。勇者補正ってやつ?自分が把握できない強さは、いまいちピンと来ないが、とりあえず弱くないということはわかった。だけどもし敵国に俺のような奴がいたとしたら・・・そう考えると、調子に乗って前線へ行くのはやめた方がよさそうだ。俺は極力戦わないようにしよう。そう心に誓った。


「お見事です。自在の構えとは恐れ入りました」


 ダルニアが自在の構えとか言って褒めてくれる。いやいや、自在も何も構えを知らないとは言えない・・・。


「見事であった。ユウキ殿よ。この強さであれば、あの憎きサミュエル連邦にも勝てるであろう」


 観客席から見ていたティアネスも満悦気味に褒めている。どうやらこの国王は俺を戦争に行かせる気満々のようだ。まあ、この強さなら当然そう思うよね・・・よし、そうなったらその時に考えよう。


 それからティアネスは俺にどういう立場を望むかを聞いてきた。俺はひとまず伯温と相談することを告げると、決まり次第伝えるということで話がまとまった。

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