1-2 シャルナーク王国

「「「おおお」」」


「成功だ!これでサミュエル連邦を見返すことができるっ」


 そこにいる人々の歓声が聞こえ、その中でもひと際興奮している男の声が聞こえてきた。


(うるさいなぁ・・・)


 率直にそう思ってしまった。そこで、冷静になった俺はようやく理解した。転生が成功したということを。


「おお、勇者様方が目を覚まされたぞ!皆の者、丁重にお迎えするのだ」


 目を開けると石で作られた灰色の天井が目に入った。ステンドグラスからはちょうどよい陽が差し込んでいる。俺の視界の端には、ローブを着た壮年の男がいた。


(石造りにステンドグラス・・・さらにローブを着た男・・・)


 とりあえず起き上がり、辺りを見回すと俺の後ろに劉基、その近くに5人のローブを着た男、奥には階段があり、その上に王?あるいは皇帝?と思われる人が傍に何人かを従えつつ鎮座していた。


 建物は中世ヨーロッパを彷彿とさせる立派な石造りの広間。おそらく宮殿かなにかだろう。ここは日本ではない。当たり前のことだが、強く確信した瞬間であった。言葉が通じるかわからないが、仙人のことだからそこらへんは何とかしてくれているだろう。俺が挨拶をしようとした直後、向こうから声をかけてきた。


「ようこそおいでくださいました。勇者様。我々はこの時を長い年月待ち望んでおりました」


 どうやら言葉は問題なく通じるようだ。見るからに魔導士風の老人が言っていることも十分に理解できる。


「どうやら俺たちは召喚された・・・と見ていいんだな?」


 素朴な疑問をぶつけてみる。


「おおお、さすがは勇者様。理解がお早い。勇者様方がこちらにいらっしゃるのは我々の魔法によって召喚されたからです」


「ふむ、魔法なるものがあるのですね」


 劉基がそうつぶやくと、魔導士は満足そうに首肯した。


「左様にございます。我がシャルナーク王国の技術の粋を集めた魔法によって勇者様方をお迎えいたしました」


 話を事前に聞いていたとはいえ、実際に魔法のある世界へ来たことを実感する。そして、話を進めるために新たな質問をぶつけた。


「ちなみにここは?」


「ここはシャルナーク王国の王都へルブラントにございます。あちらにいらっしゃるのは、我が国の王であらせられるティアネス・シャルナーク様です」


 面白いようにラノベで読んだような展開である。その王様は実に堂々としており、威厳に溢れていた。


「勇者よ、よくぞ参った。まさか2人も召喚できるとは思わなかったが、我が国にとっては僥倖である」


 やや野太い威厳ある声でティアネス王は声をかけてくれた。


 さて、こういう時はなんて返事をすればいいものか。そう思って劉基に目を向けると彼は頷くだけだった。てきとーに返せということだろう。


「お初にお目にかかります。ティアネス王」


「うむ、さて早速だが、勇者方の名前をお聞かせ願いたい」


 いきなり名前かよ!と思ったが、向こうはすでに名乗っているからいきなりでもなんでもなかった。前世の名前を使うべきか、あるいは新たな名前をつけるべきか。まあ、悩む必要はないな。


「俺のことは勇樹と呼んでほしい。後ろにいる者は」


「劉基とお呼びください。また、私は勇樹様の臣下ですのでその点もお含みおきを」


 臣下という言葉に俺はすごくムズムズする感覚を覚えた。会社の部下とも違うから不思議な感覚である。ただ、一蓮托生の頼れる仲間ということを強く認識した。ちなみ劉基は俺に対して伯温でいいと言っているので、俺もこれから伯温と呼ぶことにする。字で呼ぶことを許すということは信頼の証と考えていいだろう。俺はテンションをあげずにはいられなかった。


「あいわかった。そうかそうか、ユウキ殿にリュウキ殿か。少し似ていて紛らわしい気もせんでもないが、些末な問題じゃろう。さて、早速だが、なぜそなたらを呼ぶことになったのかワシの口から説明しよう。単刀直入に勇者方には、我がシャルナークを強国にしてほしいのだ。そのための支援は、できる限りのことをすると約束しよう。どうだろうか」


 どうやらお決まりの魔王を倒せという展開ではなく、この国を強くするために呼ばれたようだ。いわゆる富国のためというわけだ。よくよく考えたら、戦国時代に魔王がいた方がおかしいので納得ではある。


「シャルナーク王国を強国にせよということですね。我々としても願ったりかなったりです。しかし、いきなり現れた我々を信用してよろしいのですか」


 伯温が俺の思っていたことを代弁して聞いてくれた。


「うむ、それなら問題ない。我が国はもはや風前の灯火、藁をもすがる思いでワシが命じて召喚させたのだ。当然その責を負うのもワシである。そう・・・何度も召喚を失敗して、ようやく上手くいったのだ・・・。うぅ・・・誠に嬉しい限りである」


 そういいながら若干目を湿らせている国王であった。自信満々に風前の灯火というかと思えば、苦労を思い出してしんみりするとは・・・なかなか感情豊かな王様だ。とはいえ、責任はワシがとると断言できるあたり、この国王はリーダーシップはたぶん問題ないだろう。口先だけで責任を取らない上司や部下の成果を我が物顔で横取りする上司と比べたらはるかにリーダーの器だ。


 と、そこでふと疑問が生じた。なぜそれほどの王が率いている国が風前の灯火にまで追い込まれてしまったのか。それを王に尋ねるとその経緯を話してくれた。


――――――


 シャルナーク王国はオスタリア大陸の最西にある小国で、隣国には聖カテリーナ国があったらしい。なぜあったらしいという曖昧な表現になったかというと、もうすでに滅びているからである。


 かつてこの大陸にはウェスタディア帝国と聖カテリーナ国という2つの巨大な国家を中心に成り立っていた。そんな中シャルナーク王国は、長年の間、聖カテリーナ国の属国として過ごしてきた。ところが今から100年ほど前に東側諸国が飢饉に見舞われたのである。聖カテリーナ国は、飢饉に対応するために属国から重税を取り立てるようになり、シャルナーク王国も例外ではなかった。


 飢饉で庶民の生活がままならない中で即位したのが現王より3世代前の国王フェンリル・シャルナークである。20歳という若さで即位し、飢饉と重税に疲弊した国を憂いていたという。そんな中、転機が訪れた。聖カテリーナ国の属国のいくつかが連合を組んで反乱を起こしたのである。もちろんその後ろ盾は聖カテリーナ国と覇を競うウェスタディア帝国である。


 聖カテリーナ国は討伐軍を結成し、その反乱を鎮圧しようと大軍を差し向けた。圧倒的大軍で持って会戦に臨んだ聖カテリーナ国だったが、大軍ゆえの慢心からか、反乱諸国の奇襲を許してしまう。反乱諸国による奇襲により、聖カテリーナ国の国王が討ち死にしてしまう。聞けば、反乱諸国は正面きっての戦いに勝ち目はないとして端から奇襲狙いであったようだ。


 国王の死により聖カテリーナ国は大混乱に陥る。大軍もあっという間に各個撃破され、多くの者が死んでいったらしい。聖カテリーナ国敗れるとの報を聞いたフェンリルは、即座に従属破棄を宣告した。


 破棄を宣告した翌日には、宣戦布告し、聖カテリーナ国へ攻め入った。聖カテリーナ国の国王の死からわずか5日の出来事である。

 混乱の最中にある聖カテリーナ国は、フェンリルの進撃を阻むことができず、続々と都市が陥落していく。


西からは反乱諸国、東からはシャルナーク王国、内政は混乱とまさに内憂外患の状態である。内通者も相次ぎ、国王の死からわずか半年で聖カテリーナ国は滅亡した。


 それからのフェンリルの働きは目覚ましく、常勝無敗、瞬く間に反乱諸国を併合して大陸最大の国家となった。フェンリルの名声は、全土に轟いており、“覇王”と呼ばれるほどであったという。


 しかし、覇王と呼ばれたフェンリルも病には勝てず、40歳と若くしてこの世を去った。諸行無常とはまさにこのことである。シャルナーク王国ではフェンリルの即位を王歴元年としていることから、王歴20年の出来事だ。


 フェンリルの後を継いだのは、子のテレーズ・ティアネスである。現王の祖父にあたるテレーズは、まさに暗愚ともいえる人で、滅ぼした国の一部で反乱が発生し、版図の3分の1を失ってしまった。


 反乱を起こして独立した国は、サミュエル連邦と名乗り、シャルナーク王国の宿敵となった。連邦という名の通り、反乱諸国の共同体として設立されたものである。

ここにシャルナーク王国、ウェスタディア帝国、サミュエル連邦の三国鼎立の時代を迎えることとなった。


 三国鼎立により均衡が取れ始めた頃、シャルナーク王国のテレーズ王が王歴54年に世を去り、現王の父であるシャルル・シャルナークが継承した。


 サミュエル連邦は東にシャルナーク王国、西にウェスタディア帝国と大陸の中央に位置する連邦国家である。ところが、ウェスタディア帝国とサミュエル連邦は盟友関係にあり、サミュエル連邦は後顧の憂いなく攻めてくることができた。

 その結果、サミュエル連邦との戦いで一進一退を演じつつもじわりじわりと領土を削られていった。気づけば聖カテリーナ国の属国であった頃の領土のみを支配する小国となってしまった。

 シャルナーク王国発端の地を攻略しようとサミュエル連邦は試みるが、屈強な反撃に遭いなかなか手を出せず膠着状態に陥った。


 そして、王歴89年に死去した先王の後を継いでこのような状況を改善しようと試みているのが現王ティアネスというわけだ。ちなみに今年は王歴108年らしい。


――――――


 こうして振り返ってみると、壮大なようで実にあっけない。一気に版図を広げたまではいいものの、地盤固めに失敗し、元の大きさに戻ったというだけの話である。サミュエル連邦が一気呵成に攻め込まず堅実にシャルナーク王国を攻めているのと対照的である。


 俺はひとまず現状を把握したいということで、国王の下を離れることにした。

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