1-1 転生

 俺の名前は石田勇樹。・・・と名乗ってみたのはいいものの、もうすでに死んでいる。大学を卒業してからはしがない経理サラリーマンとして10年間働いてきた。趣味はお金に関する勉強全般とシミュレーションゲームだ。特に徳川の野望、サムシティというゲームは大のお気に入りである。大学では「戦略研究会」といういかにもな名前の研究会で仲間たちと共に戦争シミュレーションに空き暮れていた。単位?そんなものは必要最低限の労力で獲得できればいい。そんなこんなで無難に卒業したわけだ。ところが、運命は残酷だった。日々慎ましく生きていたはずの俺は32歳のとき、西暦2015年に原因不明の伝染病によって死んでしまった。平穏とは無縁な生活が訪れるとは露とも知らずに。


――――――


 目が覚めるとそこは初めて見る空だった。


「ふむ、目が覚めたようじゃの」


 俺のそばには皺くちゃのおじいちゃんがいた。お世辞にも綺麗とは言えない衣服を纏っていることから浮浪者のように見えなくもない。


「・・・」


「ほっほっほ、状況が飲み込めないのじゃろ?それも仕方あるまい。簡潔にいうが、おぬしは死んだのじゃ」


 老人の言葉に俺の脳は覚醒する。そして、最期の記憶が鮮明に蘇るのであった。未知の病気であっけなく死んだんだっけか。そうか、これは典型的なラノベ展開に違いない。


「ということは、あなたは神ですか?」


「ほっほっほ、そう焦るでないわ。わしは神ではないが、見方によっては神ともいえる。そんな存在じゃ」


「神ではないが神ともいえる?」


 とんだ禅問答である。それならもう神でいいだろと言いたくなる。


「ほっほっほ、そう細かいことは気にするでない。さて、さっそくじゃが、おぬしの力が欲しいという異世界の者がおる。どうじゃ?行ってみる気はないか?」


 異世界展開キター!と思わずにはいられない。


「お約束展開ですね。ちなみにそれはどういう世界なのですか?」


「おぬしのいた世界ではこの手の話があふれているようじゃから、理解が早くて助かる。そうよのぉ、あの世界は剣と魔法の世界じゃな。じゃが、魔法はそこまでの力を持っておらぬ。あくまでもおまけ程度の位置づけじゃ」


 ということは、魔法はあくまでおまけ程度の位置づけというわけか。


「おぬしの知識でいうなら、戦国時代といった方がよい状況かもしれん」


「つまり、どこかの国へ転生し、その国のために尽くせというわけですね?」


「最初はそうじゃが、おぬしが気に入らぬのなら好きに生きて貰って構わぬ。そもそもおぬしの人生は誰にも強制されぬ。第二の人生を自由に送る権利がある」


「そういう話であれば断る理由はありません」


「ほっほっほ、それは何よりじゃ。さて、転生者には特典を用意するのが慣例じゃが、なにか要望があるかのぉ」


「望めばなんでも用意していただけるのですか?」


「不老不死などといった生物の法則を無視する願いは難しいが、そうでなければ大抵のことは可能じゃよ。ちなみにじゃが、その願いとは別に、転生者はその時代の人々と比べて優秀な能力を持つ器に転生させることとなるのじゃ。例になるかはわからぬが、おぬしの前の転生者たちは最強の剣を求める者、知識を求める者と様々じゃったぞ」


 何を要求するか。それは今後の異世界ライフを左右する重要な要因だ。だからこそじっくり考える必要がある。どうやら俺が行く以前の転生者はお約束というべきものを要求していたようだ。


「その器とは具体的にどういうことですか?」


「そうじゃのぉ、おぬしの前世と比べ、身体が屈強になる、頭の回転が速くなり記憶力が向上するといった具合じゃの」


 基本的なスペックが向上するというわけか。となると、圧倒的な力が欲しいとかそういう願いの重要性はあまり高くないってわけだ。


「ちなみに人を選ぶことも可能なのですか?」


「ほぉ、おぬしは力でもなく物でもなく人が欲しいというのじゃな?」


「可能であれば・・・ですが、頼りになる仲間が欲しいと思っています」


「ふむ、よかろう。ではこのリストを見るがよい」


 そういうと老人はスッと分厚い本のようなものを差し出す。それを受け取り、ぱらぱらとめくってみると、そこには多くの人の名前が書かれていた。


「そこには前世で非業の死を遂げ、来世を願う者たちの名前が記されておる。その中から一人選ぶがよい。当然じゃが、過去に名を成した者はそれ相応に癖があるものじゃぞ?人によっては強い願いを持つ者もおる。下手すれば不和となり裏切る可能性もあるというわけじゃ。それでも良いならその中から選ぶがよい」


「わかりました。すぐには選べないので時間をいただいても?」


「もちろんじゃ。じっくり考え、選ぶがよい」


 俺はさっそくその本に書かれたリストに目を通す。数ページ見た感想としては、ほとんどが知らない名前ばかりだ。もっとも、俺が知らない英雄の可能性もあるが。それでも稀に知っている名前があるといろいろと想いを馳せずにはいられなかった。


――――――


 それからどれほどの時間が流れたかわからない。この世界ではお腹がすくことも、眠くなることもないようだ。

 俺は目に留まっためぼしい人物の名前をリストに書き記した。古くはハンニバルに始まり、近くは山口多聞に至るまで多くの人物の名前が挙がった。


「さて、この中から誰を選ぼうか」


 俺はリストとにらめっこしならがあーだこーだと考え始める。誰々は裏切りそうだ。誰々はその時代に合う能力がなさそうだ。そんなこんなで取捨選択をしていくと必然的に忠義の人といわれる者の名前が多く残った。その中でもひと際目を引く名前があった。


「劉基・・・」


 彼の日本での知名度はそれほどでもないが、明の初代皇帝、洪武帝(朱元璋)を支えた大軍師だ。姓を劉、名を基、字を伯温という。清廉潔白の人物と知られ、政治のみならず軍事にも精通している。本人が武将タイプではないことが欠点と言えば欠点だが、それ以外は戦国時代を生きるうえで申し分ない。ましてやあの諸葛亮のモデルとなった人物だ。間違いなく中華史上屈指の名軍師だろう。


 俺は暇そうにしていた老人に劉基を選ぶと告げた。


「ほぉ、もっと有名な者などいくらでもいるじゃろうに・・・なかなかどうして見どころある人選じゃのぉ。よかろう、おぬしの願い、聞き届けた」


 老人は感心した様子で応答し、その手に持つ杖をかざすと魔法陣が出現した。そして、周辺は強い光が溢れた。光が収まるとそこにはもう一人の老人がいた。新しく出てきた老人は劉基で間違いない。たしか亡くなった時は60歳を超えていたはずだから老人なのも当然だろう。


「ここは?」


「仙界じゃよ」


 劉基の問いに老人が答える。仙界と聞いてこの老人が仙人であると俺はようやく気付いた。


「そうですか。私は亡くなったということですね」


「そういうことじゃ。最期について聞きたいことはあるかの?」


「それには及びません。おそらく毒殺でしょう」


「ほっほっほ、余計なおせっかいだったようじゃの」


「いえ、お心遣い痛み入ります。それでこの私にどんなお話が?これより地獄へ参れということなら喜んで参りたいと存じますが・・・」


 劉基は頭を下げ、神妙な様子でそういった。それを見た仙人は笑い飛ばす。


「ほっほっほ、そうではないのじゃよ。おぬしに新たな生を授けようと思ってのぉ。ほれ、そこにいる石田勇樹がおぬしを供にしたいと言っておるのじゃ」


 劉基は俺の方に顔を向ける。それを見た俺は思わず頭を下げる。


「劉先生のご高名はかねがね伺っております。私の名前は石田勇樹。先生のいらっしゃった時代の遥か後世を生きていた者です。死したのち、どういうわけか、こうして仙界に呼ばれ、新たな生を頂戴をすることになりました。これから行く世界は戦乱の世で、民衆を安んじるために先生のお力が必要です。どうかこの私にお力をお貸しください」


 劉基の身にまとう雰囲気はとても荘厳だった。そして、流れるように言葉が出てきたことに俺自身が驚いた。もちろん劉基は高名な学者であり、清廉潔白の人物として有名だ。だからこそ、丁寧な態度を心掛けたわけだ。


 俺の言葉に驚きの表情を浮かべる劉基はすぐさま膝を折って俺の手に触れ、立つように促す。


「お顔をお上げください。この劉伯温、非才の身であり、そのような大望を支えられる自信はございません」


「いえ、先生でなくてはだめなのです」


 俺は劉基の両手を強く握り、劉基が必要であることを示す。それを見ていた仙人もすかさず支援の言葉を差し伸べてくれた。


「こやつはこれだけの人物の中からおぬしを選んだのじゃ。どうじゃ、また国家の発展を眺めるのも一興じゃろう?」


 仙人は辞典のような本をポンポンと叩きながらそう告げる。劉基は盛大にため息をつき、俺の手を強く握り返して頷いた。どうやら交渉はうまくいったようだ。その手の力強さと眼光はとても60歳超えの老人とは思えなかった。伯温は俺の手を離すと頭を下げて拱手する。拱手とは三国志のドラマとかでよく見る右手をグーにして左手で右手を覆う伝統的な挨拶だ。劉基は俺への恭順の意を示しているに違いない。


「これもまた天命でしょう。ですが、私を必要とする以上は私の言葉に耳を貸していただきます。讒言も少なくないでしょう。それでもよろしいでしょうか」


「喜んで。この先どうなるかはわかりませんが、先生の名に恥じない人物になることをお約束します」


「わかりました。この劉伯温、勇樹様が私をお見捨てにならない限り、身命を賭してお仕えいたします」


「ほっほっほ、どうやら話がまとまったようじゃの。それではおぬしたちに新たな生を与えよう。行くがよい、勇者たちよ。おぬしたちの行き先はオスタリア大陸のシャルナーク王国じゃ」


 仙人は杖をかざすと再び魔法陣が現れた。そして、俺と劉基は光に包まれ意識を失うのであった。

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