闇の足音

あの日から二週間。

待てども待てども、あの青年はその後、一向に姿を見せる事はなかった。


あれは夏の幻か、はたまた、本当に神の御使いが視察に来てたのかもしれない。などと思いを巡らせながら、良司はまたいつも通りの日常を過ごしていた。


今日は全国的に台風も近づき、強風で天候も悪い。

こんな悪天候の中、わざわざ教会に来る人も居ないだろう。

良司は簡易的ではあるが、教会内の補強を行っていた。すると、教会のドアを開け双子の息子の片割れである兄のミツルが中に入ってきた。


「あっ!コラ!風が強くなってるから外には出るなって言っただろう」

「……だって、天井のステンドグラスが割れないか心配で…ゴメンなさい 」


ミツルはショボンとして、真上に広がるステンドグラスを見つめる。

この子は天井に張り巡らされた極彩色のステンドグラスが誰よりも大好きで、暇があればここに入り浸っていた。あらかた、台風による被害を受けないか心配して、此処を訪れたのだろう。


「大丈夫だ。あとはお父さんがやっておくから、早く家に戻りなさい 」


「はーい…」


強風に微かに揺れ動くいつもより重みを増した教会の扉を開くと、朝だと言うのに曇天により辺りは暗く、雨も降り出していた。


扉の外へミツルを連れ出した良司だったが、ふと、中庭へと視線を移す。

良司が家族にも触らせない程に、手入れを行き届かせた自慢の庭も、強風に煽られた木々や草花が葉や花弁を散らしてしまっている。


「いや、大丈夫か… 」


ポツリとそう呟き、中庭から目を逸らし帰り道の安全を確認しようとした瞬間、その目に見覚えのある姿が映り込んで来た。


強まってきた雨風の中、傘もささずにそこに佇んでいたのは、良司が ”天使” と揶揄していたあの、青年だった。


「ああ、今日は流石にやって無いですよね……すみません。また、出直します 」


ずぶ濡れになりながら、そう言って踵を返す青年に、良司は慌てて声をかける。


「ちょ!ちょっと待ってくれ!この雨風の中帰るのは危ない!!車で送るから、ひとまず建物の中へ!」


良司は元来た道を戻っていく青年を呼び止め、一度教会の中に入る様に促す。


「…!ありがとうございます 」


その提案を素直に受け入れた青年に、安堵の表情を見せた良司は、彼を教会の中へと招き入れた。


ゆっくりとした足取りで教会の入口へと進む青年は、強風に掻き消されそうな小さな声で呟く。


「……貴方が招いたのは、招かれざる客かもしれませんが 」

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