Ⅰ - 傲慢の檻 -

白亜の教会

逃げる獣は天の僕

堕ちれば地獄の皿の上

悪魔が狙うは神の子羊


― prison of pride ―


都心から離れた県境にも近い場所。

そこには小さいながらも、立派な教会がある。

この教会の所有者は、43歳の男性。名は巳崎 良司といい、ペンションを営むその傍ら、休日には教会で礼拝を行う神父をしている。

良司には、6歳年下の妻の架帆、8歳になる双子の息子とその1つ下の娘がおり、まさに絵に描いたような幸せな家庭を築いていた。


その教会はペンション裏手の木々で囲われた広い庭の中に佇んでおり、こじんまりとした見た目ではあるが、陽の光を受けて輝く白磁の壁と天井に張り巡らされたステンドグラスが自慢だ。このステンドグラスは、上から陽が差し込むと白い床に色とりどりの光が映し出され、光のカーペットが現れる。

この教会に訪れた人が投稿した写真がネット上で有名になり、毎週日曜日の朝から行う礼拝には、近所や遠方からも人が訪れている。


そんな彼にとっては、いつも通りの日曜日。

良司は礼拝を終えた後、何気なく数人が座っているチャーチチェアに目を向けた。

そこには近所の顔見知りに紛れて、今までに一度も見かけたことが無い青年が座っていた。

遠方から人が来ることは珍しくは無いため、いつもなら気にもとめないが、その青年は一目見ただけでも、とても目を惹く容姿をしており、白金に近い色素の薄い髪はステンドグラスから落ちる光を取り込むように、キラキラと輝いている。

その瞬間、良司の目にはその青年の周りだけが暖かく穏やかな光に包まれて見えたのだ。


人々が次々と席を立つ中、良司が見蕩れていた青年も本を抱え席を立とうとする。


「あっ、君…!」


良司は思わず反射的に青年に声を掛けてしまう。


「…はい?なにか?」


白金の髪がサラリと揺れ、そこから覗く赤褐色を帯びた薄茶の瞳と目が合う。

外国人かハーフだろうか。人形の様に整った顔立ちといいスラリと伸びる長い手足といい、その容姿は完全に日本人離れしていた。


「いや、申し訳ない。外国の方かな…この辺りでは日本人がやってる教会に外国の方が足を運ぶ事は滅多にないので、つい気になってしまって 」


青年は首を振るとこう答える。


「いえ、どこの国籍であっても信仰の自由はありますから。……ああ、コレ目立ちますよね。私は父親が北欧人なんです。今日は大学でやってる宗教の課題の参考にしたくて、少し寄らせて頂いただけです。こちらこそ、冷やかしみたいになり、すみません 」


青年は自分の髪を軽く一房掴んで、はにかむ様に笑う。


「良ければ、また立ち寄らせて下さい 」


「え…ええ!是非!是非!」


良司の返事に青年はほっとした様な顔を見せ、会釈をして教会の出入口へ歩いていく。


その出会いは良司にとって、いつもの変わらない日常の中に、突如として滑り込んできた非日常感だった。


去っていく青年の後ろ姿を、天井から差し込む光が後を追う様に照らしている。その姿はまさに、天からの使徒を彷彿とさせた。


誰もいなくなった礼拝堂に残った良司は、その場から暫く動けずにいた。


空になった教会の中は、元の静けさを取り戻し外から聴こえてくるセミの鳴き声だけが、かすかに室内に反響してていた。

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