第43話 同穴

 何故、『独占』したくなるのか?

 …つまり、自信が無いからか?


 性交が生殖のためにあるというなら、パートナーの固定化は非効率だ。性差は遺伝子撹拌のための機構であり、ならば性交の都度、パートナーを変えた方が撹拌は促進される。

 結果、多様な遺伝子が組み合わされ、環境の激変にも耐え得る可能性が出てくる。

 それが、生存戦略上の最適解であろう。


 パートナーを固定化したいとする願望が、生殖機能からの発露ではなさそうだということは、推測できた。

 では何故。パートナーの固定化、すなわち相互独占を良しとするのか?


 闘争の回避。妥協的な分配。

 『牽制と妥協の産物としての社会的システム』として、パートナーの固定化が進んできたのではないか?


 生殖という機構から考えれば、共有シェアという形態こそが最も合理的だろう。

 生殖の結果生じる子供の養育においても、共有シェアし合う者たち同士の共同体が、皆の子供を皆で育てる方が合理的かつ理想的だ。

 ・・ならば当然、人類はパートナーを相互共有シェアする社会を形成しているはずなのに、実際はそうなっていない。どうしてだろう?

 ・・共有シェアという形態には、非常に高度な社会性が求められるからだ。

 利用や処分の権限は実に限定的であり、全ては相互尊重の上での理性的な協議に委ねられる。また、多様な価値観を受忍することを前提に設計された、厳格なルールに基づき行われる必要がある。互いに信頼し、安心できる共同体。

 ・・そのような社会性を保持できなければ共有者間の均衡は失われ、寡占や独占が始まってしまうだろう。信頼は崩れ、安心は霧散する。その先は、闘争だ。

 つまり、本来目指すべきは共有シェアを可能とする高度な社会性の獲得であった。しかし、殆どの人類はそれを諦めてしまった。そして寡占や独占、それを起因とする闘争を回避するために『社会的システム』が構築された。それが『パートナーの固定化』というわけだ。


 いや。・・社会性の欠如、そればかりが理由ではあるまい。

 そもそも、均衡などしていない。

 性的魅力の差異。個人差は、小さくない。

 どれだけ社会性を高めても。

 相互尊重の上で理性的に振る舞っても。

 多様な価値観を受忍しても。

 厳密なルールを設定しても。

 魅力的な者には群がり、乏しい者は疎らとなる。・・共有の輪にも入れない、そんな事態すら生じかねない。

 それを恐れる以上、やっとの思いで構築した社会的システムを、敢えて崩そうなどとは思わないだろう。


 ・・だが、それらはみな誤りなのだ。


 性、とは。

 その意味は?



 性は、性交のためだけにあるのか?

 性交は、生殖のためだけにあるのか?


 ちがう。

 単なる増殖と撹拌の為にだけに、性が生まれたわけではない。

 生命、いや物質は。世界が単一では無いことを、おそらく知っている。発生と消滅を繰り返してきたことを、おそらく知っている。


 散らばり繋がり伝える為に。

 おそらく。命は、創られた。


 空間に於ける存在とは、奇跡なのだ。

 だから、繋ぐ為に奏でる。

 多様な響きの中で生み出された、かなで

 次元の彼方へと。

 その為の、門。

 玄淵へと続く、道。


 深く、冥い。

 一人では、とても至れない。

 強く繋がった者同士が、手を取りながら降りていく。その、続きから。繋がりが強ければ強い程に、手と手は固く握られ、その続きも探し易かろう。入り組む道は分岐も多く、袋小路も多かろう。だが、強く繋がった者同士なら、繰り返し繰り返して進むだろう。

 最も、強い繋がり。どうじようと欲し、相手も自らも取り巻く事象をも、堅く信じることができる想い。それが、愛だ。

 囲うことではない。閉じ込めることでもない。自分の為などでは決してない。

 今、振り向いて貰えないのなら、振り向くまで自らを高めたらいい。

 時の流れが二人を疎らにするなら、その時時に自らを変えていけばいい。

 他と交わり変わるというなら、その交わりも含めてどうじたらいい。

 相手を想う耳を。相手を包むまなこを。

 性のすべは多様で、その魅力は無限の広がりをもつだろう。探究し、味わい磨け。恐れることなく、信じて進め。

 

 真に愛し合う者同士ならば。・・或いは。

 深淵へと至り。

 その奏を、届けられようか。


 そう。生殖の為などでは、ない。

 繋がり。愛を育みたいと欲するために。

 それは、深淵へと至るため。


 幾度、世界が繰り返されても。

 その手だけを、握りたくなる理由わけ





 汗を流し終えた勇者は、シャワーを冷水に切り替えた。熱する頭を冷やすためだ。

 理性では呑み込めた。感情の操作は肉体への化学的措置が有効。・・あとは、意志。

 光を宿しながら滴る雫。その流れを目で追って、勇者は想う。


―― アストヘアが、リンちゃんに何をしようとも。・・リンちゃんはリンちゃんで。

 いや、アストヘアが高めてくれるリンちゃんとなるのだろう。


 ・・僕は。

 受け止められるだろうか・・


 無論。

 相手が、リンちゃんである限り。

 僕が、僕である限り。

 障壁など、ない。

 全ては二人を取り巻く環境でしかない。

 我が身を捧げることに、変わりはない。


 見よ 我が熱り立つ金剛を

 聞け 弾けん益荒男の雄叫びを


 他者が露払いをしてくれるなら

 零れた露諸共舐め尽くそう

 他者が揉みほぐしてくれるなら

 その美肉を隅々まで噛み尽くそう

 二人を繋ぐ他者こそが

 二人を高みへと導くだろう



 曇りなき眼で 赤心を見詰めよ




 待っていてくれ

 リンちゃんっ!――



 祓われた。

 小さな我欲は常々に溜まるだろうが、勇者は祓う技を得た。一歩を踏み出す準備は、整ったであろうか。

 シャワーを止めて、濡れた身体にタオルを当てる。アストヘアは既に館だ。身も心も彼の者にも、風を通してやりたい気分だった。

 タオルだけを肩に引っ掛け、一礼して板張りの道場に入る。

 深々たる間。時を経て和魂にぎみたまと変じたものたちが満ちる空間。素肌にそれら清涼なるものが触れる。ゆっくり浸透していく。微かな振動と共に心身が洗われていく。腰に手を当て、ぶらぶらしてみる。

 いつも以上に、玉は嬉しげにぶらぶらしていた。


 ・・背後、気配。

 咄嗟に振り向く。


 目を見開く女神。

 楚楚たる佇まいのまま、そこにあった。

(つづく)

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