第39話 帰還
荒涼とした景観。
どこまでも続く、岩と砂の荒野。
薄暗い。
遙か遠くに。
夜明けか、夕暮れなのか、判然としない。
いつから、居るのだろうか。
ずっとずっと彷徨っていたようにも思われるし。たった今、来たようにも感じる。
ふと、気がついた。
手。・・足も無い。
首を回しても、自分が見えない。
気付いた途端、視界はぼやけた。
思考が、結ばない。
・・断片的な、思念だけ。
何処かを、漂っている。
いや、自分だ。
すぐに解けて、ぼやけて漂う。
ぶつかり結ばれるのは、自分の欠片ばかりではおそらくない。様々なものとぶつかり結ばれ、様々なものを感じ、様々に思う。
・・そして、なにより。
誰しもが繋がりたいと、願っている。
断片で。
繰り返される。
積まれていく。結ぶ。
霧散する。漂う。
ずっとずっと彷徨い。
たった今、現れる。
・・遙かに続くならば。
やがてこの世界は極点へと収縮していくのだろう。
零の、極点。
そこには、全てが揃う。
現れた全ての断片が、集う。
結ばれる。繋がる。
やがては。弾けて。
遙かへと、拡散してゆく。
故に。
思念の欠片に過ぎなくても。知っている。
・・荒涼は。
みちのなかばだ。
◇
ぴとん
ぴとん・・・
雫の、滴る音だろうか。
ぴとん
ぴとん・・・
一定のリズムで、静かに繰り返される。
雫の一つ一つは、異なるものだろうに。
ぴとん
ぴとん・・・
光が無いというよりも。
・・自身が、希薄なのだろう。
でも。
静かで、温かい。
振動。
ささやくように、密やかに。
何かが、ゆれて。伝わる。
ぴとん
ぴとん・・・
繰り返される、雫の音。
妙な安心感を、齎してくれる。
雫の一つ一つ。
異なるものであったとしても。
恰も同じ瞬間が繰り返されるように。
雫の音は、途切れることなく、続く。
ぴとん
ぴとん・・・
・・薄れても。
次なるものが。また次に。
波紋のように。
一筋の流れへ。
ぴとん
ぴとん・・・
異なるものが。
同じように。
繰り返し
繰り返して・・・
◇
それは、香りだった。
甘いミルクのような
ユリの花のような
香りは、太古より刻まれし生命の記憶を呼び覚ます鍵である。
量子を震わせ、熱を創り流れを作る。
やがて、歯車は動き出す。
奥深くに仕舞われてきた
やがて、明かりが生じた。ぽつぽつと、あちらこちらに灯されていく。今まで占めていた闇が駆逐されていく。
ぱあっと、見渡す限りに明かりが拡がっていく。闇が去ったあとには、ぽつぽつと灯火の続く伽藍堂が残った。洞窟のような
やがて。小さきものらが飛び交い始めた。密やかに振動し、互いに衝突し合って、新たな光を創生する。
・・
「あっ!・・勇者さまっ!」
ベッドに横たわったまま、三日三晩眠り続けていた勇者が、微かに目を開いた。気付いた従者は慌てて声をかけた。
勇者の瞳が少し揺らいだ。しかし、それ以上の動きはみられない。
「ゆ、勇者さま・・」
「もう大丈夫じゃよ、従者殿。今の勇者殿は疲労の極限に達しておる。指の一本も動かせまい。もうしばし、眠らせてやろうぞ」
勇者の瞳に外界からの光が射す。明るい。
だが、像を結ばない。白くぼんやりしている。顔の近く、佳い匂いとともに柔らかな息が耳朶に触れた。従者だ。
頭上から、ウランの声が降ってきた。
「勇者殿、聞こえるかな?傷は、既に完治しておる。じゃがな、そなたの肉体は限界を超えてしまった。・・生きているのが、不思議なくらいでの。・・生き物は、命の水を湛える器のようなもの。器が割れ、水がこぼれてしまったなら、器を直しても無駄なのじゃ。今、そなたの身体には、ごく僅かの水が残るばかりだ。危うい。・・溜まるまで、ゆっくり待つしかない。今は、休みなされ・・」
勇者の頬に、温かいものと冷たいものとが触れた。
温かいものは、柔らかく香った。おそらく従者の頬だろう。冷たいものは、清廉なる光を感じた。従者が流す涙だろう。
春風渡る
蒼き草原を眺めるような
果てしなく広がる心地良さに汎ゆるすべてが転換されていく。
世界との境が再び曖昧となっていくことを遠くで柔らかく眺める心地。
再び静かな眠りへ。
勇者は潜っていった。
◇
―― ・・痛ててっ・・ ――
体が軋む。
錆び付いてしまった関節がギシギシと音を立てる。猛烈に喉が渇く。なんとかして身体を起こすと、ベッドの脇に水を張った
・・げほっふげほっ・・げふっっ
・・・げほっっ
咳き込む。
暫く機能していなかった喉は、流れ込む水をうまく通せずに一部を逆流させた。鼻の奥へと入り込んだのだろう、涙が滲む。
・・だが、頗る美味い。
活き返る。
飲んだ水が体内をめぐり始めた頃、漸く心が落ち着いてきた。
室内は、薄暗かった。
頭上にランプが仄かに灯っている。
窓の外は暗く、だが、遙かな先に紅の空が低く見えた。夜明けか、夕暮れなのか、判然としなかった。
勇者は、軋む身体を少しずつ動かしながら周囲を見渡した。
一瞬、夢かと思う。
幾度となく繰り返し夢想した、その
神々しいまでの、
―― え?・・リンちゃん? ――
勇者の隣のベッドには、従者が寝ていた。
こちらを向いて甘く香しい寝息をすうすうと立てていた。手を伸ばしたなら、ほわっと柔らかそうなその頬にも、触れることが出来そうだった。
―― ああ。・・戻って、来た・・ ――
意味がある。存在することの意味が、眼前にある。悩ましい問題を、霧散してくれる。
生きることは、瞬間だ。
今、この時を知ることだ。
勇者は佳人を眺めながら、深く深く息を吸った。歓喜が体内を巡っていった。
精神が活性すれば準じて肉体も活性する。
肉体は、精神のそれよりも単純明快だ。動けば、欲する。
鉛のような身体を懸命に引き起こし、ベッドから足を下ろして立ち上がろうとした。
日常の何でもない行為は、その実、大層な機構に基づき執行されていることを改めて知った。
指令が届かない。届いても処理できない。様々な集合体である肉体は、疲弊すれば原始的状態へと徐々に回帰する。つまり、ばらばらになる。それぞれの集積となる。
下ろした足はその一歩を踏み出すことが出来ずに、その腰は背負う荷物を前方へと放擲した。
ガシャンッ!
派手にすっ転ぶに際し、サイドテーブルを押し倒してしまった。
「勇者さまっ!」
飛び起きた従者がすっ飛んできた。
「大丈夫ですかっ!」
「あ、ああリンちゃん、ごめんね。起こしてしまったね。転んじゃってテーブルを倒してしまったけど、・・すみません、飾り石に
「テーブルのことなんていいのっ!怪我・・されてませんね、良かった・・勇者さま、まだ寝ていなくてはいけません!私の肩に、手を掛けられますか?」
従者は手早く勇者の上体を引き上げると、その上体の下に肩を入れ彼を立たせた。訓練された者が持つ、洗練された動きだ。ぴったり密着する柔らかな感触に、勇者の鼓動はばくばく高まる。
「さ、ベッドに横になって下さい」
「いやあの、おしっ、・・トイレに、行きたくて」
勇者の言葉に従者は頬を染めつつも、毅然とした態度で勇者を制した。
「勇者さまは重体なの。寝ていなくちゃ駄目なんですっ」
「でっ、でもっ!トイレっ!」
「大丈夫。・・私に、任せて下さい」
従者は大きく息を吸ってから、静かにそう言った。勇者は呑まれるように、こくりと頷いた。
「今、
「え?尿瓶?」
勇者の戸惑いもよそに、従者は素早くゴム手袋を装着すると、ベッドの下から奇妙な形のガラス瓶を取り出した。
「大丈夫ですからね!私、パコお師匠さまに教わって何度も練習したんです!最初は失敗もしましたけど、もう大丈夫なんですっ!」
「・・失敗?」
従者は自身の緊張を
「そうなんです!勇者さまったらひどいんだから!いきなり出るから顔に・・いえ、でもごめんなさい、勇者さまは悪くないんです。意識もなく寝てたのですから」
「顔に・・?」
「わ、忘れて下さいっ!・・もう、大丈夫なんですから!私、何度も練習したんですっ、任せて下さい!」
従者は自らを鼓舞するかのように勇ましい顔つきで、勇者の顔をしっかりと見詰めた。
死の淵から戻った勇者を看護するのは自分の責務だと、上気した顔で訴えていた。勇者は勢いに圧されるように頷き返した。
「・・あの、勇者様。ちょっと目をつぶっていてくださいね。・・あの、ごめんなさい、おズボンと下着をちょっと下げますが、・・怖く、ありませんからね」
従者は看護師然としたことをいう。いや、まさに勇者のための看護師であろうとしている。勇者はその決意に感動を覚えながら、こくりと頷く。
従者はしずしずと蒲団に手を差し入れ、勇者のズボンとパンツに手を掛けた。
冷たくも柔らかい指が腰の部分に触れた。勇者の肌はぞくぞくと蠢動した。
―― ・・顔に?
それって、・・つまり?
おいおい!あっちじゃなくて、いきなりそっちかよっ!
リンちゃんに?
・・こんな、超絶別嬪さんに?
ぶっかけちゃったって?
ああ・・なにやってんだ!ばかっ!僕の大馬鹿野郎っ!最悪すぎるぞっ!
・・なんで気を失ってんだっ!!
永久保存版の瞬間じゃないかっ!!
いや。落ち着け・・落ち着くんだ。
そう、今。
常々の今、この時こそを、
僕らは獲得すべきなんだっ! ――
静々と蒲団の中に手を差し伸べていた従者が、突如、きゃあっと声を上げた。
「どうした!リンちゃん!」
「・・な、なんで・・・?」
「どうしたというのだ、リンちゃんっ!」
「あっ、あの!・・へ、変なんですっ・・・か、形が違うのっ」
なるほど。意識喪失時は『
勇者は透かさず言った。
「ゴム手袋が。・・おそらく、ゴム手袋がヒンヤリと冷たいが故に。そんなになってしまったのではないかと。・・もしも可能なら、ゴム手袋を外して貰えると・・」
「あっ!ごめんなさいっ!私ったら気づかずに!」
「・・いやそんな。謝らないで」
従者は蒲団から腕を抜き、急いでゴム手袋を脱いだ。素早くアルコール液で両手を消毒すると、躊躇うことなく再び布団の中に潜り込ませた。
「あっ、いけない!冷たいのが駄目なのに、アルコールで手を消毒しちゃいましたっ・・どうしよう・・」
「大丈夫。その程度なら心地よいくらいだ」
「え?」
「いや、つまり。・・ゴムの触り心地が、引き攣るような摩擦を生むのかも。・・素手ならば、大丈夫だと思います」
「・・・で、でも。・・まだ、あの」
「膨張は、やがては治まっていくはず。・・しかし、まずいな」
「ど、どうしました?な、何が、まずいのでしょうか?」
「膨張が治まるのを待っていては、・・つまりその、膀胱が決壊してしまいそうで。なんとかして、
「あ、ごめんなさいっ!そうですよね、急がないとっ」
「だがっ!・・強引に押し曲げると海綿体組織が破壊されます。・・慎重かつ、迅速に」
「あっ、はいっ!・・」
従者はほっそりと柔らかな指たちで、おずおずと
熱く滾る
「下には、あまり動かない」
「えっ?」
「水平より上、すなわちお
「・・本当だ。・・上には動きますっ!」
「よし。その特徴を活かせば」
「・・でもどうしよう、上じゃ困るんです、下か横でないと。・・勇者さま、仰向けでは上手くいかないみたいです。ごめんなさい、横向きになって頂きますね」
従者は勇者の上半身に掛かっている蒲団をその腰上まで剥ぐと、勇者の肩と腰の下に手を入れ、その腕に自らの身体をぴったりと密着させた。「えいっ」と可愛らしい掛け声が上がる。と同時に、勇者はコロリと横向きになった。
従者が、看護の訓練を熱心に受けたらしいことはその動きからも分かった。腕力だけでなく、体全体を用いた介助法。お陰で勇者は腕に従者の
従者の白魚のような指が、熱した金剛を優しく包み込む。まるで、雪の女神が荒ぶる火竜を抱擁し落ち着かせるように。
従者の指は
「・・もう大丈夫ですよ!いつでも出して頂いて大丈夫です!」
「・・うん。・・ごめん。凄く出したいんだけど、・・緊張しちゃって、出ない」
「あっ、ごめんなさい!・・私が居ると、だめですね?」
「いや、そうじゃない。・・リンちゃんに支えてもらうと、安心する」
「少し、時間を置きましょうか?」
「いや。出そうなんだ。むしろ、膀胱は破裂しそうで。・・でも、出口の部分が緊張して
「・・どうしたら、良いでしょう?・・ごめんなさい、看護する私がこんなことを聞いてしまって」
「こちらこそ、本当に申し訳ないよ。・・あ、あの。先っぽの方をね、その。・・ちょっと
「
「うん。以前、看護師さんに聞いたことがあるような気がして。・・先端の辺りを、ちょっとマッサージしてやると緊張がほぐれて、出やすくなるみたい」
勇者の言の真偽は解らない。だが、少なくとも従者は信じた。むしろ無為無策から脱出するための言葉と捉えた。
「やってみます!」
従者は、勇者が目を瞑っているらしいのを確認すると、その掛け布団を手早く剥いだ。
やはり。隆起、していた。
意を決し、その前に跪く。
金剛を握る手を左手へと握り変え、右手の人差し指をそっと伸ばして、その頭をつんつんと触った。
「こ、こんな感じでしょうか?」
「ありがとう。・・左手で幹を掴み右手の指先でマッサージする、その体勢は完璧です。あとはマッサージの仕方だけど、先端に縦スジがみえますか? うん、それが尿道口。その左右と下を、指の平で円を描くようにマッサージしてみてもらえると・・」
「はいっ」
「ありがとう。・・うん、そんな感じです。痛みが、少し解れてきた」
「痛むのですかっ?」
「うん・・したいのに、出ないから・・」
「ごめんなさいっ、私が下手だからっ」
「全然。・・指の平を、・・少し湿らせてもらうと、なお良いかも・・」
「え?」
「乾いていると、・・少し痛むから」
「あっ、ごめんなさいっ」
勇者の言葉を受け、従者はサイドテーブルの上を見る。しかし、盥に張られていたはずの水は消えていた。
「・・お水。汲んできていいですか?」
「すまない、あまり時間がなさそうだ。このままだと膀胱炎になってしまう」
「ど、どうしようっ!」
「・・リンちゃんの
「えっ!・・私の、ですか?」
「うん。・・ごめん、いやだよね」
「ちがいます!・・あの、私の唾なんて、そんな、きたないから」
「まさか!リンちゃんの唾がきたないわけないよ!」
「・・いいんですか?」
「うん。そうしてくれると、助かる」
従者は、勇者の頭頂を触っていた指を口にもっていき、舌で舐めて唾液をつけた。その指をまた勇者の頭頂へと戻し、ゆっくりと撫で回した。
「・・どう、でしょうか?」
「ああ、かなりいいよ。・・もうちょっと、湿らせることは、できる?」
「はい」
少し粘りのある液が、脈打つ熱塔に絡まっていく。熱塔の内部からも、粘りを持つ液が呼応するように滲み出てくる。
「出そうになったら、教えて下さい」
「うん。・・お陰で、痛みが相当解れてきたようだよ。先程教えた尿道口、先っぽにある縦線だね、そこをよく見ていて。そこが開いてきたら、おそらくもう少しだ」
「はい、わかりました!」
もはや恐れることなく。
従者は、顔を近づけた。
「・・・まだ、開かないです」
「もう少し、湿らせてみてもらえますか? 幹の方も、両手で下から上に優しく絞るようにマッサージしてくれると。・・そうです、ありがとう。・・あと、尿道口から下に続く裏側の筋、ここをたっぷりと湿らせた指で擦るようにマッサージしてもらうと。緊張がとれて、たぶん出るようになるかと・・」
「はい・・・こうですか?」
―― こ、これは!
ま、まずい。
いけないっ!
流石にあっちを出すわけにはいかないっ
き、切り替えねばっ ――
従者は、床に立膝になって金剛立像を両手で掴みながら、懸命にそれを揉み解した。
自愛に満ちた眼差しを向けながら、勇者が痛みから開放されるよう、その口が開くのを待ち願った。
使命感に満ちた凛とした表情。
緊張と恥じらいから赤らむ頬。
そこに薄く光る汗。
あまりにも敬虔で、艶やかな姿。
――・・なんて、綺麗なんだろう・・ ――
自身の前に
これ以上の美など、あるまい。
どこまでも清楚で凛とした女性が、禍々しい瘴気を吐き散らかす汚濁の神に傅き、融解して解そうと励む。
対極的な存在が放つ光は平行を突き進む。
だがやがて、最奥に於いて必ず交わる。
この世が非ユークリッド幾何学で構成された世界であるが故の帰結だ。
聖と淫との、結合である。
圧倒的な官能美に突き上げられ、尖塔はびくんと跳ねた。
誰しもが、繋がりたい。
残滓で、あろうと。
重ねた我慢は崩れ去り、瞬時に決壊した。
「あっ出るっ」
「えっ」
びゅしゅっっ
金剛状態では、道が狭まっているため最初に出る水量は少ない。しかし、その少量は、非常なる勢いで空宙へ飛び出した。
尿道口を懸命に覗いていた従者。しかし、それは開口の気配も見せず、突如として飛び出してきた。それは。彼女の秀でた美しい
勇者は「目を閉じて」いることになっている。だから、沈黙を守った。
従者はそれを拭う間もなく彼を尿瓶へと導き、被害の拡大を防いだ。
彼女の覚悟が彼女を沈着にした。激しい放出を目の当たりにし、むしろ噴出の被害が少なく済んだことにほっとしたくらいだった。
むろん、額を濡らし眉間から鼻筋へと下る雫は気になった。だが、勇者のものと尿瓶とで両手が塞がれている以上、どうすることもできはしない。勇者が目を瞑ってくれていたのが救いだった。
「ご、ごめんなさい、リンちゃん。いきなり出てしまって。・・体の感覚が鈍くなっているみたいで・・零れて、しまいましたか?」
「・・・・・・いえ・・・ちょっとだけですから・・だ、大丈夫・・・」
放出は、終った。
従者は尿瓶を慎重に床へ置き、勇者の下着とズボンを直した。
勇者は目を「ちゃんと」開けた。
従者は目を伏せた。
「・・お布団は、汚れていませんから。・・こぼれたの、ちょっとだけですから。・・・これを、トイレに流してきますね」
従者は困ったような表情を浮かべつつも、懸命なる微笑みをつくって言った。天使の微笑みとはこれだと知った。
天使の前髪は、濡れ光り。
額にひたりと張りついていた。
つつと流れて。
艷やかなる頬から桃色の唇を濡らしつつ。
白磁のような首筋から服に隠れし胸元へ。
さらなる奥の深淵なる園に向かわんと欲するように。
ゆっくり静かに。光る道を創りつつ。
最果て求めて。
流れ、流れていった。
(つづく)
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