第37話 火龍
繰り返されることが重要なのか。
変化することに意味があるのか。
末端に付着する我々には、知る由もない。
ただ。ごく限られた視野で来し方を見詰めるなら、我々の歴史は変化の歴史であるように思う。
食うために。喰われぬために。生への渇望が変化を促した。皆が変わっていくなかで己だけが変わらなければ、食えなくなるし容易く喰われる。
仮に。食うことが『
結果。生命に満ちた世界では、より早く広く変化が進んでいく。
轟々と渦巻く変化の
道具は、与えられた役割を知らない。知らぬが故に、道具として留まり得る。
しかし。
目覚めてしまったモノは。
自らを分け隔ててしまったモノは。
知りたい、解りたいと励む。
自我を得てしまったモノの、
それが、神に挑むことであろうとも。
棘の道を、進むしかない。
◇
勇者は『
転がる武器を手に取ってみた。鉄の槍。一本は柄が折れてしまっていたが、もう一本は使えそうだ。長槍は嵩張るが、いざとなれば捨ててもよい。
術者のオークの顔面に食い込む両刃斧を、めきめきと引き剥がす。緑色の血を拭うと鈍く光る刃が見えた。しかし、それは酷くこぼれていた。残念だが使い物にならない。
続いて悪魔の鎧を慎重に確認する。下手に触ると呪いを貰いかねない。聖水で濡らした布を掌に巻き付け、バラバラになった鎧の周囲を物色する。
ポーチの中に『兎の尻尾』が入っていた。魔除けの品だ。
―― 悪魔の鎧が、魔除け? ――
勇者は思わず笑みを浮かべてしまったが、すぐに首を振り頭を垂れた。
―― いやいや・・
僕らは、彼らについて何も知らない。
彼らが、何を恐れて。
彼らが、何を愛していたのかも・・ ――
勇者はバラバラになっていた鎧の欠片を慎重に集めて山にした。その上に兎の尻尾を置き、黙祷を捧げた。
オークらの亡骸はそのままにした。すぐに掃除屋たちが綺麗にするだろう。
少し離れたところに、大振りな剣と鞘が転がっていた。悪魔の鎧が用いていたものだ。刃はぬらぬら黒光り、鞘には見事な装飾が施されていた。一目みて業物だと分かる。同時に、呪われた剣だとも確信できた。時折カタカタと揺れて、幾多もの聲でヒソヒソ囁いている。
―― 相当厄介なモノが憑いている。
・・もしかしたら、悪魔の鎧はこの剣に使役されていたのかもしれない。とんでもない妖気がびんびんくるもの。
教会に持っていけば祓ってくれるかな?
並みの憑き物じゃなさそうだけど、オーラル教会ならなんとかしてくれるだろう ――
聖水で濡らした布で包むと、剣は動きを止めて静かになった。見た目以上に重い。勇者はそれを
森が、妙に静かだ。
日中とはいえ、魔物達の気配が異様なまでに少ない。勇者は槍を手にして慎重に樹々の間を進んだ。小一時間も彷徨い歩くと、妙な音が聞こえ始めた。くぐもった重低音。大地に響くような音。
『気配遮断』を発動し、樹々に隠れながら音源を求めて進む。
褐色の巨体。・・火龍。
5メートルを優に越えるが10メートルには満たない。亜成獣だろう。音の正体はこいつだ。樹々を薙ぎ倒してちょっとした広場を森に出現させた若い火龍は、その真ん中で大鼾をかいていた。『
火龍の棲息地はゾルドの森の遥か北、『アルブルズ山脈』又は『北部』だと云われる。しかし、ごく稀にゾルドの森に遊ぶことがあると聞く。幸か不幸か、勇者はそれに出くわしてしまったわけだ。
よく寝ている。龍は一度寝ると三日三晩、眠り続けるという。夜中にこの辺りを歩いたときには居なかった。つまり、こいつが寝入ってから、さほど時間は経っていない。ちょっかいを出さなければ、おそらく起きることはないだろう。
間近で火龍を観察できる機会などなかなかない。勇者は、先程level up した際に獲得した
火龍を含め、龍の弱点は『眼球』と『逆鱗』の二ヶ所と云われる。龍族の
もう一つの弱点である『
もっとも、この二つの弱点は龍も熟知しているので、そう簡単には晒さない。だから、他に弱点はなかろうかと勇者は火龍の回りを
ごつごつとした鱗。亜成獣ながらも、鱗の厚みは30cm以上ありそうだ。まるで岩石である。実際、成体の龍だと苔むして草木が生えたものもいると聞く。
慎重に、その体表を観察してまわる。顔付近には極力近寄らない。火龍の鼻息は皮膚を焼く程の高温だからだ。
・・丁寧に観て回ったが、新たな弱点は見つからなかった。残念ながら『殺視』に反応するのは、眼球と逆鱗だけである。
突如。
火龍がむぐーぅんっと唸りながら身体を動かした。
勇者は飛び転がって草むらに伏せる。
息を殺し、滴る汗が眼に入るのも構わず火龍を見詰める。
・・火龍はそのまま動かない。どうやら、単に寝返りを打っただけらしい。
・・悠久の眠りを貪りながら、時折胎動する古き神の様だ。・・見つかれば、直ちに死の扉が開くであろう。
かたかた震え制御の効かなくなった身体を強引に動かして、勇者は這うように森のなかに潜った。
森は静かに、勇者を包んだ。
(つづく)
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