第37話 火龍

 繰り返されることが重要なのか。


 変化することに意味があるのか。




 末端に付着する我々には、知る由もない。

 ただ。ごく限られた視野で来し方を見詰めるなら、我々の歴史は変化の歴史であるように思う。

 食うために。喰われぬために。生への渇望が変化を促した。皆が変わっていくなかで己だけが変わらなければ、食えなくなるし容易く喰われる。

 仮に。食うことが『ありふれた日常ルーチン』になってしまった者がいたとする。彼らは食物連鎖の頂点にあるのだろう。しかし、彼らは変化の機会を喪失した者である。世界の変化から落ち零れた者である。早晩、彼らは滅びて連鎖の構図は入れ替わろう。変わっていくことが、個々の生を繋いでいくからだ。

 結果。生命に満ちた世界では、より早く広く変化が進んでいく。

 轟々と渦巻く変化のうしお。永劫に繰り返されていくこの世に於いて、それがどんな意味を持つのかは解らない。

 道具は、与えられた役割を知らない。知らぬが故に、道具として留まり得る。


 しかし。

 目覚めてしまったモノは。

 自らを分け隔ててしまったモノは。

 知りたい、解りたいと励む。

 自我を得てしまったモノの、宿命さだめだ。


 それが、神に挑むことであろうとも。

 棘の道を、進むしかない。 


 



 勇者は『視覚送信スキャン』を終えると、オークの死骸を物色し始めた。それぞれのポケットには、汚れた悪銭や萎びた木の実があるばかりで、貴鉱石の類いは見当たらなかった。

 転がる武器を手に取ってみた。鉄の槍。一本は柄が折れてしまっていたが、もう一本は使えそうだ。長槍は嵩張るが、いざとなれば捨ててもよい。

 術者のオークの顔面に食い込む両刃斧を、めきめきと引き剥がす。緑色の血を拭うと鈍く光る刃が見えた。しかし、それは酷くこぼれていた。残念だが使い物にならない。

 続いて悪魔の鎧を慎重に確認する。下手に触ると呪いを貰いかねない。聖水で濡らした布を掌に巻き付け、バラバラになった鎧の周囲を物色する。

 ポーチの中に『兎の尻尾』が入っていた。魔除けの品だ。


―― 悪魔の鎧が、魔除け? ――


 勇者は思わず笑みを浮かべてしまったが、すぐに首を振り頭を垂れた。


―― いやいや・・


 僕らは、彼らについて何も知らない。


 彼らが、何を恐れて。

 彼らが、何を愛していたのかも・・ ――



 勇者はバラバラになっていた鎧の欠片を慎重に集めて山にした。その上に兎の尻尾を置き、黙祷を捧げた。

 オークらの亡骸はそのままにした。すぐに掃除屋たちが綺麗にするだろう。

 

 少し離れたところに、大振りな剣と鞘が転がっていた。悪魔の鎧が用いていたものだ。刃はぬらぬら黒光り、鞘には見事な装飾が施されていた。一目みて業物だと分かる。同時に、呪われた剣だとも確信できた。時折カタカタと揺れて、幾多もの聲でヒソヒソ囁いている。


―― 相当厄介なモノが憑いている。

 ・・もしかしたら、悪魔の鎧はこの剣に使役されていたのかもしれない。とんでもない妖気がびんびんくるもの。

 教会に持っていけば祓ってくれるかな?

 並みの憑き物じゃなさそうだけど、オーラル教会ならなんとかしてくれるだろう ――


 聖水で濡らした布で包むと、剣は動きを止めて静かになった。見た目以上に重い。勇者はそれを背負袋バックパックに仕舞った。



 森が、妙に静かだ。

 日中とはいえ、魔物達の気配が異様なまでに少ない。勇者は槍を手にして慎重に樹々の間を進んだ。小一時間も彷徨い歩くと、妙な音が聞こえ始めた。くぐもった重低音。大地に響くような音。

 『気配遮断』を発動し、樹々に隠れながら音源を求めて進む。

 褐色の巨体。・・火龍。

 5メートルを優に越えるが10メートルには満たない。亜成獣だろう。音の正体はこいつだ。樹々を薙ぎ倒してちょっとした広場を森に出現させた若い火龍は、その真ん中で大鼾をかいていた。『亜成獣の火龍ヤング・ファイアードラゴン』。

 火龍の棲息地はゾルドの森の遥か北、『アルブルズ山脈』又は『北部』だと云われる。しかし、ごく稀にゾルドの森に遊ぶことがあると聞く。幸か不幸か、勇者はそれに出くわしてしまったわけだ。

 よく寝ている。龍は一度寝ると三日三晩、眠り続けるという。夜中にこの辺りを歩いたときには居なかった。つまり、こいつが寝入ってから、さほど時間は経っていない。ちょっかいを出さなければ、おそらく起きることはないだろう。


 間近で火龍を観察できる機会などなかなかない。勇者は、先程level up した際に獲得したスキルを試してみることにした。『殺視』。相手の急所を知る技である。

 火龍を含め、龍の弱点は『眼球』と『逆鱗』の二ヶ所と云われる。龍族のうろこは強靭無比で、殆んどの攻撃を跳ね返す。つまり、鱗に覆われていない『眼球』は龍族の弱点だ。

 もう一つの弱点である『逆鱗げきりん』は、龍の首元にある一枚の鱗のことだ。この『逆鱗』は、他の鱗とは逆方向に付いている。流れに逆らうよう逆向に付くため、その一枚だけが浮き上がる。故に、僅かながらも皮膚が露出している。

 もっとも、この二つの弱点は龍も熟知しているので、そう簡単には晒さない。だから、他に弱点はなかろうかと勇者は火龍の回りを彷徨うろついている。

 ごつごつとした鱗。亜成獣ながらも、鱗の厚みは30cm以上ありそうだ。まるで岩石である。実際、成体の龍だと苔むして草木が生えたものもいると聞く。

 慎重に、その体表を観察してまわる。顔付近には極力近寄らない。火龍の鼻息は皮膚を焼く程の高温だからだ。

 ・・丁寧に観て回ったが、新たな弱点は見つからなかった。残念ながら『殺視』に反応するのは、眼球と逆鱗だけである。


 突如。

 火龍がむぐーぅんっと唸りながら身体を動かした。

 勇者は飛び転がって草むらに伏せる。

 息を殺し、滴る汗が眼に入るのも構わず火龍を見詰める。

 ・・火龍はそのまま動かない。どうやら、単に寝返りを打っただけらしい。

 ・・悠久の眠りを貪りながら、時折胎動する古き神の様だ。・・見つかれば、直ちに死の扉が開くであろう。


 かたかた震え制御の効かなくなった身体を強引に動かして、勇者は這うように森のなかに潜った。

 森は静かに、勇者を包んだ。

(つづく)

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