第34話 為成

 為すべきことを、為す。

 自らが何を成す存在かも解らぬ以上は、五里霧中を進まざるを得ない。目前に見えるものを、手当たり次第触れてみる。それで何かが響くなら、それを頼りに進むまでだ。

 進めば腹が減る。腹が減れば食う。食えば眠くなる。

 殺掠と怠惰とを繰り返す中で、その歩みに虚無を覚えよう。

 無意味、と断じてしまえば楽だ。

 たが。

 ならば何故。その響きに、美しい調べが混じるのか。どうして虚無にまみれた世界が、これほどまでに美しいのだろうか。


 成すから、ではあるまいか。


 解らない。

 今はその響きに耳を傾け、光を求めて進むのみだ。





―― 何か、食べておこうかな・・ ――


 勇者は辺りを見回した。オーラルには食事処も沢山ある。昼時のため、うまそうな匂いがあちこちから漂ってくる。魅惑的な定食屋。がっつり食べられそうなどんぶりめし屋。


―― ・・いや。

 食べ過ぎ注意だ。・・悔しいけど、軽めに済ませよう ――


 アストヘアの館へ赴けば、彼女の指導しごきが待っている。胃袋に溜め込むのは危険だ。

 勇者は、普段なら素通りするであろう『スープ専門店』なるものを見つけ、入った。

 入り口すぐ近くの席に座り、一番安い『日替わりランチセット』を頼む。店員は上品に微笑み去っていく。店内は、若い女性ばかりだった。

 頼んだ『日替わりセット』は直ぐに出てきた。トマトベースの野菜スープに、2種類の小さなパン。加えてデザートにリンゴとオレンジがひと切れずつ。いや、皿は小綺麗だし色彩は豊かだ。お洒落で健康的なランチ、ということになろう。しかし。どれだけ見詰めても野菜スープにパン二切れ、リンゴとオレンジがあるばかりだ。


―― ・・これで、9ギル?

 丼めし屋なら半額で、この倍の量は食べられるぞ?

 でも。リンちゃんなら喜びそうな店だな。


 いろいろと。

 世界は、多様だな・・ ――


 勇者は店内を見回した。客たちは皆、朗らかに食事を楽しんでいるようだった。

 壁に大きな地図が貼ってあった。ややデフォルメされた世界地図だ。

 ・・大海に浮かぶアイレリオン大陸。


 南端のオンパレス。その上に並ぶメンヒルとドルメン。更にその上に、一面真っ白に塗られた土地が広がる。魔軍の支配地『北部』である。昔、『北部』には四つの王国があったが、全て魔軍に滅ぼされてしまった。


 この地図では、オンパルス王国が一番大きく描かれ、『北部』が最も小さく描かれていた。しかし実際には、大陸の半分以上を『北部』が占めている。

 南方三か国のうち、最大の面積を持つのは『騎馬の国』とも呼ばれる東のドルメン王国、次いで『学究の国』と呼ばれる南のオンパルス王国、最も小さいのが『鍛冶の国』、西のメンヒル王国だ。

 ドルメン王国は国土の殆どを草原と沼地が占めており、名馬の産地として名高い。人々の気性は荒くて喧嘩っ早く、『武士もののふの国』などと云われている。

 一方のメンヒル王国は山岳地帯に位置し、希少な鉱物を多く産出する。ドワーフたちも少なからず居て、優れた武具や法具を作り出している。気性は頑固で偏屈、『たくみの国』と呼ばれるのを好む。

 最後に勇者たちのオンパルス王国だが、大陸一の穀倉地帯を有し人口が最も多い。アルブルズ山脈に守られ外敵の侵入が少なかった為、産業や学問が発展した。気性は軟弱でいい加減と嗤われつつも、『賢者かしこしの国』と頼られている。

 まあ、隣国同士というのは、互いに貶し合ったり馬鹿にしたりするものだ。兄弟と変わらない。だが対『北部』に関しては、三国で揺るぎない同盟を結び、がっしりと共闘していた。

 今もオンパルス王国軍の数師団が、数多くの軍船を引き連れ、ドルメン騎馬軍の支援に向かっているはずだ。


 勇者はパンを齧りつつ、地図を眺めた。

 南下を目論む北部。守る三国。北部との間には『イルミンスルの森』が広がるが、魔軍がこの森の支配権を得てから随分経つ。

 魔軍との戦闘は、三国の『軍隊』が担う。

 勇者の仕事は、『魔王』討伐だ。

 三国の兵士たちは、魔軍を構成する魔物らを倒すことができるが、魔軍の統帥たる魔王は倒せない。魔王を斃せるのは勇者のみ。そう謂われている。

 一方、勇者は魔物にも殺され得る。だが、勇者は魔王が有る限り幾度も現れる。勇者に討たれれば消滅するらしい魔王とは異なる。


 勇者が『勇者』となり、名を失ったのは数ヶ月前だ。そのとき、『前勇者』が死んだ。

 老衰か病死か事故死か、もしくは魔物に喰われたか。皆目分からない。前勇者の死は、いやその生涯全てが、伏せられてしまう。

 何故なら、『新しい勇者の物語』が必要とされるからだろう。古より続く、魔王を核とした伝承ではなく。常に『勇者』の視点で、『最初から』この世の全てが語られなければならないから。

 分断しながらも。常に始まる。

 繰り返し、繰り返し。



 このような営みが何故あるのか。

 魔王を倒せばどうなるのかも、本当のところは皆目不明だ。

 だが、魔軍が北方の四王国を滅ぼし、更に南下を目論んでいるのは事実である。故に、闘う。理由なんて、後付でしかない。

 相手ある限り。干戈の交えもまたこの世の響きであり必然となる。

 


―― ゾルディック橋やムサの洞窟。

 その異変は、他でも起こっているのか?

 ・・魔軍の、仕業なのだろうか? ――


 勇者はぼんやりと地図を見詰めた。これが『世界』なのか。解りはしない。知る限りにおいての世界に過ぎぬのであろう。

 店内が徐々に混み始めてきた。

 勇者は急いで果物を口に放り込むと、そそくさと立ち上がった。

(つづく)

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