第23話 従服
機能性を追求した道具が、得も言われぬ美しさを放つことがある。
目的達成への道筋を模索し、そこへ向かって叡知を絞り込み削り出された姿。作為的な装飾美とは異なる、物それ自体が発する不思議な美しさだ。
このような美の存在を知ると。
やはり我々には目的があるのだろうか、とつい勘繰ってしまう。
懸命に生きる姿には。
その美が宿り、煌めくからだ。
勇者が指差す一点に目を向けたパコ師匠は、黒縁眼鏡をくいっと上げた。
「・・なかなかに、お目が高い」
「え?」
「あの一角は
「異なる?」
「はい。・・あれの素材がなんなのか、我々には理解が及びません」
「どういうことです?」
「あれの素材が動物性繊維なのか植物性繊維なのか、それとも全くの別物から組成されたものなのか。まるで解らない。・・この世界で創られたものとは、ちょっと思えないくらいに」
「この世界で作られたものじゃない?」
「・・伝わる話では。・・異次元から齋されたもの、とか」
「異次元?」
「あり得ない。・・しかし、あれの素材が我々の知る物質で組成されていないことは、おそらく確か」
「・・存在しないはずの、物質?」
「・・そう言いたくなるほどに・・」
変な話だ。『この世界に存在する物』が『物質』なのだ。存在している以上は、四の五の言わずに『物質』である。
だが、『物質』には厳格な法則性がある。パコ師匠がいうあれは、その法則性から大きく逸脱した存在、なのだろうか?
「水軍式乙型制服、と呼ばれます」
パコ師匠は
「水軍?これ、軍服?・・でも、下がスカートですね?」
「軍服ではなく制服。軍服を模し、学生用の制服にしたものだとか。甲型は男子学生用、乙型は女子学生用、丙型は両用」
「乙型、女子用だからスカートか。それにしても、なんだか変わった形ですね」
「襟が広くて大きいのは、風の強い甲板で声を聞くための工夫です。これを頭の後ろに立てて広げると、集音器の役を果たします」
「なるほど、水軍式だ。・・首もとに可愛らしいスカーフが見えますが」
「赤と白、二色のスカーフが備わります。一枚は首もとに、もう一枚は胸ポケットに収納します」
「二色のスカーフ?」
「手旗信号に用いるのです」
「なるほどっ! 見事に実用的ですが、・・なんだかその、とってもチャーミングで」
「故に。水軍式甲型制服は廃れ、乙型ばかりが発展したそうですよ」
「男子制服はなくなった?」
「陸軍式甲型制服が多用されたとか」
「なるほど。でもこれ、異次元から齋されたって。そんなに沢山の制服が異世界から?」
「見つかっているのはこの一点のみ。しかし、古代文献にその記述が非常に沢山出てくるのです。遥か古の失われた文明世界で用いられたものなのか。・・それとも、異次元世界のものなのか」
「ふうん。・・なんだか妙に、ロマンを感じるなあ」
「水軍式乙型制服。別名、『セーラー服』」
「セーラー服?」
「セーラーとは、水兵のことです」
「ああ、確かに。言われてみればそのまんまですが、・・なんだか妙にドキドキする」
勇者がそう言うと、パコ師匠は頷いた。
「軍服という、単に機能性を追求するツールが他に転用されたとき。偶然にも全く違う機能を発揮するに至ってしまった。・・我々はその可能性を見出だし得ることを知り。そのために、高揚感を覚えるのでしょう」
パコ師匠はそういうと、白い指を突き立て黒縁眼鏡をついっと上げた。分厚いレンズがキラリと光る。
例えば、鳥の羽根。非常に巧妙な機構を有し、驚異的な能力を発揮する。そしてその形状は、溜め息が出るほどに美しい。飛翔を求め辿り着いた、究極の機能美である。
だが。この羽根はもともと、飛ぶための機関として備わったわけではない。
古代爬虫類に、原初の羽根を持つ種が現れたという。彼らが有した羽根は、綿毛のような形状だったらしい。いわば、ヒヨコの体毛のようなものだ。
その効用は諸説あるが、保温のため、もしくは異性を惹き付けるディスプレイとして用いられた、とする説が有力だ。
保温もしくはディスプレイとしての機能を高めていくなかで、それが全く別の機能を発現し得ることに、彼らは気付いてしまった。
保温性を保持するために湿気を取り除こうと、それを大きく動かしたのか。
異性を惹き付けるダンスを踊るなかで、それを激しく上下させたのか。
『羽ばたく』という行為を見出だした時、何らかの可能性を彼らは嗅ぎ取った。体にもたらされる不思議な感覚。浮遊感の発芽となる微細な体感。
おそらく。彼らのうちのごく一部の者が、その可能性に惹き付けられた。高揚した。『羽ばたく』ことに執着した。その高揚は、世代を越えて継続した。羽根は、その動きによって削られ進化した。
やがて、羽根は。全く違う機能を発揮するに至ってしまった。
「でも、それだけではありません」
「というと?」
「外観の素晴らしさだけでなく。・・この服には驚異的な力が宿るそうです」
「驚異的な力?」
「まず。着衣者は『
「テンティーン?・・聞いたことのない魔法ですね」
「先史魔法。遥か昔、ごく一部のエルフのみが用いた魔法だと云われますが、真相は不明です。伝わるところでは、
「マジですかっ?
「『
「そんな凄い服。だったら、魔王討伐に活用すべきだ!」
「・・この服は、着衣者を選びます」
パコ師匠は、勇者を見据えるようにして言った。分厚いレンズに隠され、その表情は実に解りにくい。
「選ぶ?」
「資格がない者が着衣しても、この服は沈黙を保つのです・・」
心なしか、消沈したような口調。
「資格がある者がこれを纏えば、服は応え、力を与える、と謂われます」
「資格、ですか?」
「服を魅了せし者は、この世を魅了す、と」
「・・つまり。服に気に入られ服を魅了しちゃう子は、服を使って世界を魅了しちゃう」
「おそらく。そのような意味でしょう」
パコ師匠は硝子箪笥の中から『セーラー服』慎重に取り出し、恭しく差し出した。勇者は緊張の面持ちで、おずおずと受け取る。
なんとも清涼な薫りがする。
しかし。ずっしりと、重い。
潔癖なくらいに清廉で。
しかし。
狂おしいほどの妖しさを秘めるような・・
―― 服を。
服すらを、魅了しちゃう子。
・・いる。
いるじゃないかっ・・ ――
そのとき。
清涼で軽やかな声音が、麗しく響いた。
「あっ、居たっ! 勇者さまーっ!」
(つづく)
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