第14話 越界
この世界は、おそらく多層だ。
世界と世界とは、『膜』のようなもので隔てられている。
しかし、往々にして我々は『膜』を認識できずにいる。
もし、『膜』があることを知ったら?
もちろん。『膜』の外を見てみたい。
外の世界に、触れてみたい。
もし、『膜』を越えられたら?
世界は、広がる。
今の世界と膜外の世界とが繋がって。
交じり合って。
新たな世界は、この足元に在ろう。
・・生命とは。
その促進を担う存在なのだろうか?
故に。
勇者が『膜』の奥を覗きたいのは、自明の理なのだ。
―― こ、この。
このスカートの下にはっ・・!
幾度となく夢見たっ!
夢見た花園がっ!
リ、リンちゃんの花園っ!
リンちゃんの花園がひっそりとっ!
ひっそりと息づいているっ!!
息づいているのだっ!
・・わが手には。
『あれ』が、未だに。
つまり。
直だぞ!ジカっ!! ――
従者の太ももに顔を
従者は相も変わらず優しい歌を
当の勇者は痛みなどすっかり忘れ、『膜越しの世界』に夢中なのだが・・
―― どうしたものだろう・・? ――
勇者の思案は。
『膜越しの世界』を覗きたい衝動と。
献身的な従者に対する遠慮と。
二項対立。
―― こんなに素晴らしい女の子に、だ。
・・どれほど魅惑的な選択肢だとしても、越えてはならぬ一線というものがあるだろ?
心優しきリンちゃんの心情を、踏みにじることになるかもしれないんだぞ?
・・越えてはならぬ、一線?
そんなものがあるのか?達してはならぬ世界など、我々にあるのか?我々は、凡そあらゆる世界を踏破し押し広げるべく、日々を生きているのではないのか?
彼女は健気で無垢で清浄だ。
白き心を、踏みにじるなっ!
踏みにじるのではない。決して。
身を挺して受け止めにいくのだ。
何故、花園に魅了されるのか。花園が待ち侘びているからだ。全てを捧げ切り開く者を欲しているからだ。
我は其に応えん。全身全霊を以て応えん。
血肉の全てを、捧げよう。
待て。
彼女の心は?
もしも求めていなければ・・
勝手な理屈など、暴虐に過ぎぬだろう。
否。
心は揺れて虚実模糊。
実は体にこそ在り。
体が許すのならば。
心も。いつか開眼しよう。
体が許すだと?
どうして判ろうか?
香り。
高貴なる香りこそが、その左証。
溢れる泉を、知らせたるもの。
・・・・・・・・
目覚めを、促せ。
払暁を知らせよ。
その朝を、迎えさせん。
・・覚悟あるべし。
表層を打ち破れ。
世界を獲得せよ。
安寧を保全する善人たるべきか?
否。
我、回天の戦士たらん ――
風が、鳴る。
蒼き草原に道が流れる。
刹那。鳥が歌を止めた。
牧歌的な景色に差し込まれた一瞬の、間。
がばっと身を起こす勇者。
かっと眼を見開き、叫ぶ。
「リンちゃんっ!!」
勢いに圧され従者は仰け反る。後ろに手を付き体を支える。正座位のまま
「大好きですっ!全てを!捧げたいっ!」
娘は瞬時硬直する。
勇者のセリフと行動とが、整合しない。
彼は愛を告げるような言葉を叫びつつ、スカートを捲り上げようとしていた。
娘の混乱は、極まる。
ぶわっと広がり上がるスカート。
真っ白い太ももが光っていた。
艶々としてしっとり柔らかそうな太もも。
太陽の光を浴び、溌剌と光っていた。
その奥。
見えた。
三角の。
黒。
瞬時だ。
しかし。
それは永遠のようだった。
ぴっちり閉じたる太ももに。
恥じらい茂る若草に。
守られたるは神秘の門。
何故であろう。
愛おしきものに優しく丁寧に接したいと欲するとき。人は、口づけを以て為したいと思うものだ。
自らの最も柔らかい感覚器官を用いて、可憐なるものに触れたいと欲するから。
自然と勇者は顔を突き出す。
その唇は鏃のように尖り。
その瞳は夢見し少年のように輝き。
吸われるように、飛び込んでいく。
花園の中心が隠れるであろう、閉じられた太ももの間、薄い茂みの下。
神秘の門目掛けて・・
どぐしゃっ
世界は 暗転した
◇
「あっ、勇者様・・・」
ふっくら豊かな双丘が見え。
その奥に、従者の顔。
背後に、抜けるような青空。
―― これは・・対面型?
一体・・
何が、・・起こった? ――
そのとき。
勇者の顎に響くような痛みが走った。
「痛ててっ!!」
慌てて勇者は顎を押さえる。
従者はぷんと
「だって。勇者様、急に襲ってくるから」
正座位からの膝打ち。
局部に顔を突っ込んできた勇者に対し、従者の体が咄嗟に動いた。膝を合わせた。艶やかな膝が勇者の顎を撃ち抜いた。
・・肉体もまた多層的で、必ずしも統一されてはいないらしい。
「頭の方は回復魔法を施しました。腫れもひいたようです。でも顎は・・ちゃんと目を覚ましてからに、しようと思って・・」
従者は目をそらしながらぼそぼそ言った。
勇者は顎を押さえながら笑った。
「つまり。・・顎は、お仕置きなんだね」
勇者の笑顔に、従者の顔が漸く綻ぶ。こくりと子供のように頷いた。
「そうです、お仕置きです。・・反省して、くださいね?」
「うん、するする。反省しますっ!」
「もうっ!口ばっかりなんだからっ」
従者は勇者を膝枕しながら、ぷんぷんと口を尖らした。しかし、柔らかい手のひらが勇者の顎をそっと覆う。勇者は沸き上がるような心地の中で、従者を見上げた。鳶だろうか、一羽の鳥がぴいーと高い声を上げながら高い空を駈けていた。
勇者は、そっと尋ねた。
「あの」
「はい?」
「・・穿いたの?」
「・・穿いたわよ、もう・・ばか。・・」
◇
起き上がった勇者は従者の手を取った。そして、優しくもぎゅっと握り締めた。従者は驚いたような顔をして勇者を見上げたが、掴まれるままにした。そして、従者もまた、ほんの少しだけ握り返した。
「リンちゃん、ありがとう」
「・・はい」
優しい風が、二人を吹き上げた。
「あつっ」
手を取る勇者が従者を立たせようとしたとき、従者は声を上げ顔を歪めた。
「ど、どうしたリンちゃんっ!」
「あ、あの・・足をつってしまったみたい」
「なにっ!」
勇者は慌てて屈み込む。従者の足をぐっと押さえ、静かにゆっくりと伸ばしていった。
「・・ふうっ・・ありがとう。・・もう大丈夫です。・・治まりました」
「ごめんリンちゃんっ!長いこと膝枕をさせてしまったっ!」
「ううん」
勇者が畏まって謝ると従者は首を振った。
「・・なんだか私、膝枕しているのが楽しくなっちゃって。調子に乗っちゃいました」
ころころと笑う娘を勇者はガン見する。
「・・膝枕が・・楽しい?」
「え?・・その。・・そうじゃなくてっ・・いいのっ、気にしないでっ!・・もうっ!」
顔を赤くした娘は、再び口を尖らせて頬を膨らませた。そんな娘を勇者はふわりと持ち上げる。いわゆる、お姫様抱っこだ。
「なっ!なにっ?・・勇者さまっ?」
抱き上げられて身を固くする娘に、勇者は優しく微笑んだ。
「今度はね、僕がご奉仕する番だよ、リンちゃん」
「えっ・・でも、・・重いから」
「全然重くないよ。・・僕に安らぎを与えてくれる、素敵な実感だ」
「・・・魔物が出てきたら、困ります」
「大丈夫!ダイレクトに嗅ぎますっ!」
「ばかっ!」
「う、うそですっ!うそうそっ」
抱き上げられながら、勇者の頬をむんずと捻る従者。抱き上げつつ、従者に折檻されて泣き笑う勇者。
『膜』を一枚、越えていた。
従者は楽しそうに声を上げ、勇者は幸せそうに笑ってた。物が物に作用することの不思議さ。存在の妙だ。
勇者は従者を包むように抱き歩く。
従者は勇者の首に手を回して笑う。
生じた波紋は世に周く。
連鎖していく。
ドミノ倒しのように、小さな変化が大きな変容へと連なっていく。
二人の旅は始まったばかりだ。
しかし。
確かに二人は。
世界を、越えはじめていた。
(つづく)
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