第12話 授業

 ・・横たわりし艶体

 

 背後から覆い被さり

 胸の前で祈るよう 合わさる手を

 上から拘束するよう ぎゅっと締め上げ

 脚は内腿に絡ませて

 がっちり固めては 離さない

 身動きできぬ

 生け贄の

 汗を涙を流しつつ

 きらきら 濡れて

 ぬらぬら 輝いて

 甘く匂う

 首元に 顔を潜らせ

 ナメクジみたいな舌を伸ばせば

 執拗に執拗に 舐め上げて

 いやっと叫んでも 離さずに

 やめてと乞うても 許さずに

 ぶるぶる身悶え 熱を帯び

 食い縛っても吐息は洩れて

 溢れる液は

 自他の境を曖昧に

 擦る動きに 音は変じて

 くちゅくちゅと滑り合い

 ぴちゃぴちゃと液を飛ばし

 恍惚たるぬくみに 流れ混じりながら

 痛みや苦しみは溶け 快楽は 収斂し 


 畢竟すべては

 生の煌めく発露と知り







 夢は現し世 現し世は夢幻

 円環する


 快楽の絶頂は涅槃へと続き

 円環する


 色佳き香りは蠢動を促して

 円環する


 胡蝶の姿で恍惚に微睡んで

 円環する





 


 ・・・・・・・・







―― あれ?・・左腕、重い? ――


 勇者が目を薄く開けると。


 腕のなかにくるまるように。

 従者はすやすやと寝息を立てて。


 あまりにも、無垢な。

 無垢という概念が実体化したような姿で。

 微かな寝息と、僅かに上下する胸の動き。

 抜けるように白い肌は静かに安らぎ。

 長い睫毛まつげはときより揺れて。


 勇者は今来し世界を断片的に思い出す。

 勇者のなかで広がった姿と、眼前の姿。

 あまりにも、違う。

 ・・いや、しかし。


―― どちらも、リンちゃんだ。

 おそらく。

 僕の夢に現れたリンちゃんも。

 ・・いる。

 作ったんじゃない。


 おそらく、なにかが繋がって。

 僕らは、そこで・・ ――

 



 付加も剥落もない。

 あるがままの。無垢。

 全ての始まりのような姿。

 真っ白な、雪原のような。

 だが。

 雪の下には沢山の蕾が夢に微睡まどろみ。

 目覚めの春を待ちわびて。

 ことによると、蠢動しつつあって。




 生命の偉大さは、円環にある。

 無垢なるものは世界と接合し、妖艶なる色を纏う。妖艶たるは力を発し世界を振動す。

 振動せし世界は妖艶なる者に豊穣を齎し、彼のものを満たし輝かす。

 光は全てを与え全てを奪い。再び無垢なる姿へと回帰する。

 

 それは。生命そのものの姿であった。



 ごくりと生唾を呑み込む勇者。

 白く柔らかそうなその頬に、唇を当てたくなる。しかし。


―― ・・いまは。

 今は、留めよう。


 この無垢に出逢えた僥倖を。

 全きなる世界を。


 じっくり。堪能させて貰おう・・ ――



 勇者は目を細めて娘を眺めた。

 微かに揺れる睫毛。

 柔らかそうな頬。

 艶やかな唇。

 見飽きることのない造形。

 全きなる世界。

 

 香る柔らかな空気のなかで。

 ・・いつしか。

 勇者は夢中に回帰していった。





 朝食後。勇者は従者を連れ教会へ向かった。神父に獲得経験値EPを視て貰うためだ。level は自ら感知できても、その基となる経験値は『測定』のスキルがなければ読み取ることができない。神父は、このスキルを有する。

 神父の前で膝を折りこうべを垂れる従者。敬虔なる姿は芳しく美しい。


 神父が厳かに読み上げた。・・僅かながらも、従者は経験値を得ていた。


 一度も戦闘に参加していない、従者。

 従者は、真っ赤な顔をして硬直している。


 蓋然は、必然に転じた。


 いつまでも俯いている娘の手を強く引き、勇者は教会を出た。娘は憂いを帯びた顔つきで、しかし大人しく勇者に手を引かれた。

 受け入れ難い。だが受け入れるしかない。神父の言葉も、自身に生じた反応も。信じ難き勇者の言葉が、どうやら正しいことを示していた。

 頬を火照らせ睫毛を伏せて。

 娘は強く引き歩く勇者に抗いもせず、震えそうになる膝を懸命に動かし付き従った。



 勇者は小さな雑貨屋兼武器屋の前で足を止めた。そして、従者を見詰めて言った。

「弓矢で武装しましょう」

 勇者の言葉に従者は目を丸くした。

「私が、ですか・・?」

「はい。戦闘に参加すれば、更に経験値が得られる。でも、近距離で戦うのは危険です。僕が物質構成変革クラスチェンジして魔物と対峙する際、後方から弓で支援攻撃してくれれば。リスクを抑え、経験値を得られる」

「あ・・はいっ!・・・でも。私、弓なんて扱えるか・・」

「心配しないで。僕が弓士アーチャーの職位を伝授し教えるから。この先のピジョンの草原で練習しながら進みましょう」

「はいっ!」


「もちろん、『儀式』もね」

「・・・・・はい・・・」


 



 チピリの町の東にはピジョンの草原が広がっている。この草原を北東に進めばオーラルの町に辿り着く。

 ピジョンの草原には、かつて王立の牧場が存在した。沢山の馬を育て調教し、強壮な騎馬軍団を支えた。

 魔軍にオシリス神殿を攻め潰されたとき、王立牧場も灰塵に帰した。王都が西へ移ったため、この草原に牧場が再建されることはなかった。以後、ここは魔物の棲息地となり、狩人の狩り場となった。


 膝下くらいの草がどこまでも続く。ぽつんぽつんと見える大樹はブナの木だろう。

 時折、風が吹く。風が草原に道を作る。見えない妖精が元気に走り回っている様だ。牧歌的な景色を前にして、いつしか従者の顔もほころんでいた。


「この辺でいいでしょう」

 勇者は荷を下ろし、先を進む従者に声を掛けた。

「まだ朝のうちですから、魔物はなかなか出てこない。丁度よいので、あの樹を標的にして弓の練習をしましょう」

 大きなブナを指差す勇者に、従者はこくりと頷いた。

 勇者は従者をじっと見詰めると、背負袋バックパックから縄を取り出した。

「・・縄なんて、どうするんです?」

「しば・・いや。リンちゃんの服、少しダボついているからね。襷掛けにして弓が引っ掛からないようにしましょう」

「ありがとうございます。・・そのタオルは何ですか?」

「胸当て代わりです。これを胸の上に巻き付けます。胸当て、さっきの店には無くてね。オーラルに着いたら買いましょう。胸当てをしていないと、弦が胸に当たることがある。リンちゃん、大きいから」

「・・・・」

「さ、万歳してごらん」

「自分でやりますから」

「駄目だよ。ぎゅっと抑えないと。弦が胸に当たったら痛いよ。・・上級編だ。ちょっと早すぎる」

「上級編って?」

「こっちの話さ。・・さあ、痛いのが嫌なら万歳して」

「・・むぅーっ・・」

 従者は不満げに唸りながらも、揃えた指をピンと伸ばして万歳した。




「身体に型を覚え込ませることが重要です。矢を放とうとするのでなく、矢を放つ発射台になろうとすることです。無駄な力は抜き、振動は抑えて。意識は身体にではなく、矢の先に置くように。力は丹田に溜めるように」

「・・たんでん?」

 従者の後ろで、手を添えながらその姿勢を指導する勇者に、従者は首を回して尋ねた。

 勇者は妙に真面目な顔で頷いた。

「そう、丹田。お臍と胯間の間にある」

 そういって、勇者は娘のお臍の下あたりに手を置いた。

「あ、あのっ!」

「動かない。集中して。姿勢を伸ばし、顔はほら、的の樹を真っ直ぐ向いて。・・僕の手のひらの、親指が当たるのがお臍だね?・・小指の先が、胯間辺り?」

「・・・・」

「どうなの?」

「は、はい・・そうです・・・」

「よし。この掌が当たる辺りが、丹田だ」

「わ、分かりましたからっ、もうっ」

「動かない。僕の掌をしっかりと感じて。ここに力が流れ込むようにイメージするんだ。丹田に力が流れ込んで、温かくなるように」

「・・はい」

「まずは弓だけ構えてみよう。矢は下に置いていいから。足をもう少し開いて。六十度の角度で」

 そう言いながら勇者は左右の掌を従者の内腿にそれぞれ当て、ぐっと開かせた。

「ちょっ!ちょっとっ!!」

「遊びではない。リンちゃんのlevel up は僕らの命運を左右する。僕は持てる全てを駆使してリンちゃんに弓士アーチャーの職位を伝授する。しっかりと受け止めて欲しい」

 妙に真面目な顔つきで言い放つ勇者に、従者は思わず「はいっ」と応える。



―― 私。・・ちょっと考えすぎ・・?

 勇者様、真剣に指導してくれている。

 勇者様の言うこと。いつだって最終的には正しいのよね・・


 私を、強くしようとしてくれている。

 ・・私だって、お荷物になりたくない。


 ちょっと手付きが。・・いやらしい感じがしちゃったけど・・


 私の、過剰反応?

 子供じゃあるまいし・・


 よし、頑張らなきゃ・・ ――



 従者の顔つきが変わった。

 少し前に出て、そして勇者に向き直った。

 美しい眉毛をキリッと立てて。円らな瞳を真っ直ぐ勇者に向けて。凛とした視線は潔癖なくらいに。清涼なる風を纏いながら、従者は勇者にすっと頭を下げた。黒髪がさらさらと流れ落ちた。


「ご指導、宜しくお願い致します」


 美しい音が空気を振るわせた。

 勇者はゴクリと喉を鳴らす。

 その清らかなるものに。

 畏怖と欲情とを同時に覚え。

 しかし、勇者も懸命だ。

 その表情を寸分も動かすことなく、静かに目を閉じ、ゆっくりと頷いた。・・目の中の光は、隠せたであろうか?




「・・足を開き、その上に腰をのせ、腰の上に上半身をのせる。僕の右の掌、ここが丹田だね。ここに力を溜める。力むのではなく、力が集まるよう意識して。僕の掌を温めるイメージでもいい。・・肩や腕の力は抜いて。腕の力で弓を引くんじゃない、身体を開くことで弓が引かれるんだ。ほら、動かないで。僕の左手に、胸を押し付けるようにしてごらん。胸をしっかりと張って。もっと押し付ける。ぎゅっとだ。・・よし、そこから胸を開いていく。胸が開き身体が開いて、弓が引かれていく、そうだ。意識は的に。ほら、動かない。胸に意識があっちゃ駄目なんだ。矢の先、的の内にこそ意識を置く。集中して。僕の手がどこを触れようとも意識は的に。意識を細く絞るんだよ。矢、そのもののように。身体は空っぽにして。腰を引かない。僕の手ぐらいで意識がそれちゃ駄目だ。丹田の下に意識があっては駄目。ここは通り道でしかない。意識は的へ、力は丹田へ。弓士アーチャーに最も必要なのは、冷静沈着な心だよ。魔物が目の前に襲い掛かってきても、いつも通りの動作をいつも通りに行う。30メートル先でも、30センチ先でも。変わることなく撃ち抜くんだ。いいね?・・よし、ではもう一度最初から。足を開く角度はそれでいいが、筋肉の使い方が大切だ。僕の掌が触る、そう内腿、こちら側に少し絞る感じで。力まずに、そうだ。・・そして丹田に力を溜める。僕の掌を温めてごらん・・」


 勇者は娘の身体に、いちいち掌を当てながら指導する。そう、指導だ。指導なのだからと受け入れ、従う。羞恥にまみれながらも懸命に「はいっ」と応える。時折、硬く熱いものが娘の腰に当たる。やっぱり変だと思っても。もう取り返しがつかないくらいに勇者の指導は熱を帯びていた。娘は、呑み込まれていた。顔を真っ赤に染めながら、ただ懸命に樹を見据えるしかなかった。

 掌はだんだん大胆になっていく。て、ふれれて、さわり、掴み、揉んで。娘は抗議するようにチラリと勇者を見上げるが、その真面目で厳しい眼差しを浴びると、すぐに顔を伏せた。そして、ますます赤面した。


「力が入っている」と言っては触られ。

「すっと伸ばす」と言っては撫で上げ。


 緊張すれば、揉みこまれて。

 太い指が食い込み、甘く痛んで。

 縮こまると、撫で上げられ。

 鳥肌立つくらいにびりびり痺れて。


「大きく開いて」と言っては掴み。

「集中して」と言っては押し付け。


 羞恥に戸惑えば、ぎゅっと絞られ。

 強く荒々しい手。全てを奪われそうな。

 抗おうとすれば、押し付けられて。

 熱いしるしが。身体に染み込みそうな。

 


 あまりの恥ずかしさに眩暈がするが、身体が揺れれば折檻される。

 そのたび懸命に「はい」と応えて、真っ直ぐ前を見据える。ぼやける視界のなか、必死に眼を凝らす。


 掌は。様々に形を変えて。

 指導と愛撫と。意図はともかく、形に差異などあるのだろうか。


 やわやわと吸い付き。

 ぎゅっとつまみ。

 ぐっわと食い込み。

 むんずと挟み込み。



 感性は想像を生む。想像は感性を育てる。

 虚実は混然となる。


 服で隔たれているはずなのに。張り詰めた神経が。空間を超えて空間を繋いで。掌を、肌を。ぴたりと直に合わせんばかりに。

 腕が。肩が。内腿が。

 前後の双丘。谷間は。

 思念が重なり。合わさって。熱を帯び。

 発汗する。潤う。

 水気を帯びる為か。

 抵抗は失われ。

 びくんと響く電撃は強くなるばかり。表面をぴりぴり広がり走り、やがて身体の芯をびりびりと貫き通る。

 雷撃は更なる潤いを呼ぶ。稲妻のごとく。貫かれる度に、ぬるぬると溢れる。穴という穴から、溢れてくる。

 その潤いは、更に雷撃を強くして。

 


 火照った頬に汗を光らせ、身体中をしどしどにして。

 それでも懸命に、娘は弓を握った。

 美しい眉を苦しげにひそませ。

 白い顎から汗を滴らせ。

 やり方に疑義がある。しかし、方向は的確らしい。それは辛うじて娘にもわかった。

 もはや。やりきって終わらせるしかない。活路はそれのみと悟る。



 牧歌的な草原は。午前の清涼な空気の中、どこまでも爽やかに柔らかく。


 ただ。ここに。

 甘く淫々たる分厚い空気が、まるで空間を歪ませるよう超然と立ち上ぼり。

 どこまでも、立ち上ぼり。

 やがては周く敷衍せんと。

 高みへ絶頂へ、昇りいく。

 幾度となく。

 軽やかな光とともに・・



 さすがに困憊か。従者が熱い息を吐く。

 勇者は従者から掌を離し、数歩下がって言った。

「よし。一度、目を瞑って。目を瞑ったまま最初からやってみよう。頭で考えるのではなく。身体に聴いて。僕の掌を、思い出して」


 勇者の言葉を受け、娘は目を瞑る。

 ・・掌。撫で上げ揉み上げ。肌がびくびくとざわめく。


 娘は、耳を澄ませた。

 掌に呼び覚まされた様々な感応。

 掌により導かれた、沈着たる姿。

 どちらも共に、起動して。

 相反するような、感覚。


 いや。

 目覚めれば目覚めるほどに。

 それらは声を発する。耳に届く。


 娘は、それらを。

 聴き取り、受け入れた。


 それらは渦巻く。

 大きな流れとして。

 それらは娘を巡る。

 娘を核として巡った。


 そして、収斂した。


 

 ・・すっと伸び、力は抜けた。



 娘は目を瞑りながら、顔の先にあるはずの樹に意識を集中する。身体の動きは、身体に任せて。矢は手にしていないが、右手につがえているようイメージする。自らを矢そのもののようにイメージする。身体が開く。弓がしなる。そして、右手は離れ。

 自らを放った。


「見事だっ!」


 勇者が叫ぶ。素人ととは思えぬ、実に美しき弓士の姿。



「リンちゃんっ!とんでもないよっ!たった一時間程度で会得しちゃうとはっ!」


 諸手を上げて喜ぶ勇者に、従者は困った顔をした。「勇者様のお陰です」と言いそうになり、慌てて呑み込んだ。

 娘の瞳が、揺れた。

 


 頭でなく、身体で。

 声でなく、掌で。

 羞恥は五感を研ぎ澄まし。

 官能は五感を敏感にして。

 其のモノたちへ、直に。

 其のモノたちを、引き出し。

 其のモノたちを、合わせて。


 勇者に、導かれた。



 娘は俯く。嬉しそうに笑っている勇者に、恥ずかしくて顔を向けることができない。



「よし、最後に一回だけ矢を射ってみよう。今やったとおり。ただ矢を加えるだけだよ。実際に矢を射るとどうなるか、体験してみよう。それが終わったら休憩だよ」

 勇者の言葉に、従者は頷く。

 そして。

 矢を手にして、構えた。


 凛として、美しく。

 一枚の鮮やかな絵画のよう。



 ・・突如。

 草原の向こうで響く遠吠え。

 絵は、破られた。

(つづく)

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