第178話 無意識

「ダル絡みはやめろ、シンシア。そういうところが彼氏が出来ない理由…ボガッ!」


 シンシアと呼ばれた女性は、仮にもS階級冒険者であったゴルバルドの顔に、パンチを入れ込み気絶させた。

 油断していただろうが、ゴルバルドが一発でのされるのを見るにシンシアの実力は相当高いと分かる。


「でぇ、グリーンドラゴンを討伐したいんだってぇ?荷物持ちを探してたところだし、行こうかぁ」


「あぁ。それでいい」


 俺はそれを了承する。

 今はただこのどうしようもない気持ちをぶつける相手が欲しいだけだ。


 ―――


 ふむ、この少年…。

 筋力や魔力量は相当あるようだが、それでもS階級依頼を受ける程の実力者ではないな。

 自分の実力を過信したバカか、なにか勝てる勝算があってそう言っているのか…。

 どちらにせよ、私がこの少年の年齢くらいの時はこの子ほど強くはなかった。

 だからこそ、未来ある若者の芽を早々に摘ませる訳にはいかない。

 荷物持ちとして同行させて相手の実力を分からせてやらないと理解は出来ないだろうと思い、私は適当に嘘を付いて荷物持ちにさせた。




 準備が出来て、解毒魔法でアルコールを抜いた私たちパーティはギルド前に集合にした。

 グリーンドラゴンはS階級冒険者なら少数で倒せる相手だが、AやA+階級冒険者は大人数での討伐が義務付けられている。


「私はシンシア。A階級冒険者だ。そして、後ろにいるのが、私がさっきかき集めたA階級冒険者や荷物持ちのメンバーだ」


 少年は驚いた様子で私の話を聞いていた。

 酒を飲んだ時と飲んでない時の口調が違うからか?まぁ、いいや。


 私の後ろで待機していたメンバーは「おう!」や「よろしく!」などと言って少年を優しく迎え入れてくれている。


「ノア。よろしく」


 だが、少年…ノアは素っ気ない態度で返事を返した。


「ふむ、では依頼の詳細を話しながら行くとしよう。徒歩で3日程かかるが、荷物持ちで大丈夫か?」


「あぁ、全て持つよ。みんなの荷物を俺の前に置いてくれ」


「は?そんな持てるわけ…」


 グリーンドラゴン討伐メンバーは20人を超える。たとえそれを持てる程の筋力を持っていたとしても、物理的にその量を持つのは不可能だ。


 誰もがそう考えた時に、ノアは徐に私の床に置いていた荷物を手に取った。


「こんなふうに」


 そう言うと、ノアは空間に穴を開けて私の荷物を放り込んだ。


「空間収納か!こりゃあいい!みんな、ノアに荷物を渡してやってくれ!」


 空間収納を使える者がいるとは驚いた。今回はノアに甘えさせてもらおう。


 私たちは荷物を全てノアに預けて、無駄な体力を消耗することなくグリーンドラゴンの討伐に向かうことが出来た。


 ―――


 3日かけて山が連なる森林にやってきた。

 ここにグリーンドラゴンが生息しているらしい。

 最近、そのグリーンドラゴンの生息域が王国に近づいているということなので、討伐の依頼が出されたらしい。


「離れず行動しろ。体調不良などがあったら遠慮なく言ってくれ。では、辺りに注意しながらグリーンドラゴンを探す」


 グリーンドラゴン。

 それは体が緑色の鱗で覆われたドラゴンだ。

 なぜ緑なのか、それは擬態するためらしい。

 確かに、図鑑で見たグリーンドラゴンは想像していた色とは違い、少し濃い緑だった。

 それは森林を生息域にしているためであろう。


 しかし、何故生息域を拡大しているのだろうか。

 なにか異常なことが起きている気がする。


 グリーンドラゴンの生息域を散策して数時間。

 パーティの後方で大声が聞こえてきた。


「いたぞ!陣形を組め!」


「ノア、我々の戦いを見ていてくれ」


 そう言うとシンシアはパーティメンバーに指示を出して陣形を組んでいく。

 それはグリーンドラゴンを囲むように魔法使いと近接武器使いを左右で分けて、間に回復魔法を使える者を置いた安定感のある陣形だ。

 この陣形で、どんなに凶悪な魔物をも狩って来たとシンシアは自慢するように言っていた。


「グワァァァァァァアッ!!!」


 だが、それはあくまで魔物が1体の時限定の陣形である。


 擬態するグリーンドラゴンがなぜ王国に生息域を広げていたのか。


 それの理由は…。


「グリーンドラゴンが5体だと!?」


 グリーンドラゴンが目の前に5体現れたのだ。

 恐らく、体数が多くなり食料が少なくなったのだろう。


「みんな!逃げ…」


「――眠りを誘う子守唄ヒュプノス・インバライト


 俺の魔法はグリーンドラゴンには力が及ばなかったのか、効果はなく、シンシアのパーティメンバー全員が眠りに落ちた。


「…俺の魔法は本当に世界の均衡を壊しかねないほどの力なのか…?」


 俺はあの夜のユウキの言葉を思い出す。


「…本気を出したことがない、か。確かに、俺の力は底知れないかもしれないな」


 俺の魔力量は今なお増え続けている。

 スキル「紫瀾洶湧」の力で水系統の魔法も威力が上がり続けている。


「今までもしかしたら無意識で力をセーブしていたのかもな」


 5体のグリーンドラゴンが俺に向かって一直線に向かってきている。

 それら1体1体がS階級冒険者ですら苦労をする強敵だ。


「―― 海内紛擾の死せる大渦巻メイルストーム・エンド


 グリーンドラゴンの中心に、水玉が浮かぶ。

 その玉に急激に重力が発生する。

 それは死の渦。


 ジェンドマザーですら制御が出来ず、詠唱を必要とするその強大な大渦巻はグリーンドラゴンごと地形を飲み込んだ。



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